イケメンの優秀なボーイから、「伊藤さんって何故、料理研究家になったのですか?」と聞かれました。それは私が不幸だったからですと答えました
私は生後100日で父を亡くしました
父の死因は感染症・肺結核でした。※当時は伝染病と呼ばれていて当時の日本人の死因の第2番目です
29歳という若さでした。父は薬を調合する問屋の長男で、今でいう薬剤師の仕事をしていたようです。大勢の使用人がいたと聞いています。
母からは、男なんかはアテにならないから職業をを持って強く生きるようにと洗脳されました。
母の口癖(くちぐせ)は、「良家子女のように涼やかに生きよ❗️」でした。←良家子女には、なれませんでしたが、職業を持って強く生きました😎😎😎
日本育英会から奨学金を受け、進んだ道が公立短大で栄養士課程でした。卒業時には母子家庭である事からほぼ就職先がなかった私を、「父親がいなくて苦労したであろう、その娘を採用しよう」と言って拾ってくれたのが地元の有力新聞社でした。1か月に3千人という日本最大級の生徒を持つマンモス料理教室でした
喜びに泣きました
新聞社が経営するカルチャーセンターの料理教室に勤務を開始したのが20歳の春の事です。料理研究家としての第1歩を踏み出した日です。
次回に続く😅😅😅
