料理研究家は、今夜もキッチンでお料理作り。
若くして未亡人になった母は、実母(私の祖母)が何もかも身の周りのことをしてくれたこともあり、梅干しもぬか漬けも自分で漬ける必要がなかったこともあってか、料理は得意ではなかった。
薄く切ったかぶらが、酢漬けにすると上記のように赤々となるのは、最近の品種改良のおかげかも知れないが、母のかぶらの漬け物はそっけない色合いだったし、酸っぱくて子ども心にイヤでたまらなかった。

亡き母が見たら、あらっ! おいしそうね。私のパンに塗って頂戴!! と言うかも。


ある日「あなたのことがとっても気に入ったから」と、ご自身が使っていた包丁を「あなたに、この包丁をプレゼントするわ。頑張りなさいよ」とポンと手渡してくださった。
20人ものアシスタントがいた頃のこと。
数日後に、その料理研究家は運転中に電柱に激突して亡くなった。
形見の包丁を抱いて泣いた日。
「かづえちゃん! もしも自分にはとっても重いとかんじるような仕事の依頼があったとしても、それは私が最も得意な仕事ですと言って引き受けなさい。そしてそれから猛烈に取り組んだらいいのよ。逃げたら負けよ」と。
今も時々、その言葉を思い出して身を奮い立たせる。
その老婦人のおはぎは、見事にベタベタだった。
「粒あんの炊き方がわからなかったの。どうしてこんなものになったのかわからないので教えてください」と。
聞けば、あずきが柔らかくなったのでたっぷりの茹で汁の中に砂糖を入れたら、鍋からぶつぶつとあんこが飛び出してきて熱いから早く火を止めたと。あんこにならなかったあずきを、ドロドロのまま、おはぎにまぶしつけたと。
あの〜、茹で汁がなくなってから砂糖を入れるのですが。。。
思い出が尽きない。
高齢になって店を閉じたが、自分のレシピをしっかりとダレかに教えてからでないと、死んでも死に切れないからと。
名古屋を代表する中国料理レストランのオーナーが、自ら私に料理を教え込みたいと。
白羽の矢が私に当たったことを狂喜した。
今年も料理ざんまいの日が続くことに、喜びやら不安やら。。。
逃げたらダメよ!! との声が聞こえる。





