今夜も開店時間となりました。
今夜のお客さまは、紅山さんご夫妻。
建築デザイン会社の、若きオーナー夫妻です。
居酒屋「華ちゃん」を開業する際にお世話になった広瀬デザイン事務所に、ふたりはかつては勤務されていて、そこで知り合って結婚し、独立して新事務所を設立した優秀なご夫婦です。
まずは、生湯葉をどうぞ。
自家製の味ポンで味つけしているので、あっさりと美味しいですよ。
寒くなってきたので、温かい椀物も召し上がってくださいませね。
蓮根真薯に、名残りの松茸と菊花を添えました。全て手作りです。
おふたりには、何の不幸もないように見えますが、実は相談ごとがあって来店されたのです。
紅山夫人☆ 「私たちが広瀬デザイン事務所に勤めていた頃に勤務していた、川島さんと言う女性の消息を知りたいのです」。
華ちゃん☆ 「どのような事情があるのか、まずは少し教えてくださいますか? お役に立てることであれば、全力でお手伝い致します。
次の料理は、フキとトマトのじゃこサラダで、当店のおすすめ料理です」。
紅山夫人☆ 「川島さんは、私たちが広瀬デザイン事務所に勤務していた頃の先輩でした。
ひどいブスでした。(あらら〜と驚く華ちゃん)
ご主人も、あいづちをうちます。
ああいうブスを、1円玉ブスというのだな。
もうこれ以上、崩しようがない。笑
〜あらあら、お酒の席とはいえ、ずいぶんな言葉です〜
いわゆる「お局さん」で、当時すでに40歳近かったので、今はもう50歳くらいになっているはずです。
ブスの上に仕事もできず、まともに電話も受けらないので、社長にもしょっちゅう叱られて泣いていました」。
紅山さん☆ 「その川島さんが、あろうことか、ライバル社のデザイン事務所に移籍するという噂が流れたのです。
彼女の能力で、務まるはずはないと思いました。
後で聞けば、そのデザイン事務所のオーナーの後妻に入ることになったと言うのです」。
華ちゃん☆ 「あら! それは良かったですねぇ〜」と言ったら、
紅山夫人が素早く、「それが、、、実は、結婚詐欺だったのです。
そのデザイン事務所は、様々な事業にも手を出していて、資金繰りに困っていました。
その事務所に用事で訪れた川島さんに目をつけ、社長は甘い言葉で巧みに、自分の事務所に入って共同事業主になって欲しい。
妻とは離婚しているので、あなたと結婚したい。かねてから、あなたが気になっていたのだと。
しかしそのデザイン事務所の社長は、彼女がコツコツと貯めていたお金を巻き上げ、その挙句にあっさりと捨ててしまった。言語道断の話です」。
お話の合間に、ローストビーフのオニオンソースをお奨めします。
クスクスのサラダもどうぞ。
世の中には、そんなひどいことをする人がいるのですねぇ〜! と華ちゃんは、悲しくなります。
紅山夫人☆ 「お金を取られ、捨てられたのですから、死んでしまいたくなるのも当然で、ある時、彼女が池のほとりのベンチで泣いていたのを、見た人がいると聞きました。
たしかにブスでしたが、私たちに少しは仕事も教えてくれたし、クライアントの事情などもそれなりに教えてくれました。
能力がないのでバカにされまいと、虚勢を張ってイジワルになっていたのかも知れません。
本当は、心の優しい人だったと思います。
川島さんはどうしているでしょうねぇ。何のお礼もできなかったので、気になって仕方ないのですよ」。
華ちゃんは、「池のほとり」と言う言葉でハッとしました。
もしかして。。。
さあさあ本日の締めは、蟹の押し寿司ですよ。
もう蟹の季節なのねと、パクパクと召し上がるお二人。
華ちゃん☆ 「その池のほとりと言う言葉で、思い出したことがあります。
2か月ほど前に、華ちゃん居酒屋を訪ねてきた男性が、僕は「泣く女に弱いのです」と、言われたのです。
男性☆ 「僕の妻は、直ぐに泣くのです。
ブスで色気もないのですが、何か失敗をしたり困ったことがあると、直ぐに泣くのです。
もう10年も前のことですが、僕がジョギングをしていたら、池のほとりのベンチでさめざめと泣いている女性に会いました。
自殺でもするのではないかと気になり、声をかけたのです。
聞けば、悪い男に騙されて貯金も全て無くしてしまった。
生きて行く価値のない人間だと。
泣いている姿が何とも愛らしく、お付き合いを始めました。
今さら前の会社にも戻れないと言うので、わずかばかりの謝礼をはらって、両親の介護を手伝ってもらいました。
僕は年老いた両親の介護で疲れ果てていて、結婚もせず、ヤケになっていた頃だったのです。
話をするうちに、その可愛らしい性格に惹かれましたが、見れば見るほどブスです。
ただ料理上手で、僕や両親のために、寒い季節には関東煮を煮込んでくれたりしました。
ただの炒め物でも、うまいのです。
子どももできて、今はそれなりに幸せにやっています。
今も時々、さめざめと泣きますが、その度に、あ〜! 男は女の涙に弱いものだと、自分でも呆れます。
鈴代と言う名前のごとく、まるで鈴が響くように澄んだ声で泣くのです。
〜紅山さん夫妻が、目を丸くして、鈴代さん! 鈴代さんです!! 川島鈴代さんです!!!と叫びます〜
男性☆ 「彼女のその泣き声は、いつも僕の胸に沁み込みます。何だか、癒されるのです。
人は弱いもので、僕も会社勤めでいろいろ思い余って泣きたくなる時もあるのですが、彼女が泣くと、人は悲しい存在なのだと共感を覚えると共に、僕が彼女を守ってやらないといけないと奮起します。
泣く女は、いいものです」。
〜鈴代さんは、幸せに暮らしていらっしゃるようです〜
紅山夫妻と華ちゃんは、良かった良かったと繰り返し頷きます。
〜このお話はフィクションであり、実在の人物及び団体とは、一切関係ありません〜







