料理研究家が、日曜日の夜にのみ経営する居酒屋「華ちゃん」。

今夜も開業時間でございます。

今夜のお客さまは、某テレビ局でディレクターを務める田中さん。

地道な手法で丁寧な仕事をする、40代後半の独身男性です。

今日は「華ちゃん」に仕事の依頼で、来てくれました。

「端役で申し訳ございませんが」と。

いえいえ、ありがとうございます。


まずは、ナスと白しめじの明太子和えからどうぞ。

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実は華ちゃんは、今から15年程前、某テレビ局の料理コーナーに、毎日出演しておりました。

月曜日から金曜日まで、週に5本の料理を収録することは、それはそれは大変な仕事で、たくさんのアシスタントさんらのサポートがなければ、成り立たないことでした。

次は、ほうれん草とにんじんの白和え・梨入りを召し上がれ。

梨のシャリシャリとした、食感が楽しいでしょ?


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その料理収録の折りにAD(アシスタントディレクター)として、熱心に華ちゃんやアシスタントさんらを支えつつ、全力をあげてくれたのが、本日来店の田中さんと、同期の高橋さんという2人のADだったのです。

2人とも独身男性だったということもあり、収録日にはアシスタントさんらも、そわそわ。

私は「高橋さんが好き」だの、「いえいえ、田中さんのほうが誠実そう」だのと。

若いアシスタントさんらと、彼らの明るく賑やかな会話は、時として華ちゃんが追い詰められるよう気持ちになった際の、大きな心の支えでした。

当時、テレビでも紹介した、トンカツのおろしトマトポン酢を用意しましたよ。

バジル風味の味付けです。



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田中さんが大きなため息をつきつつ、「華ちゃん先生! 実は僕は、この業界を去ろうかと思っているのですよ」。

華ちゃんは聞かないフリをして、次のお料理をお勧めします。

玉こんにゃくの土佐煮です。
お腹の調子を整えてくれますよ。


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田中さん☆  「同期の高橋は独立して映像会社を立ち上げ、今や20人ものスタッフに囲まれて堂々と仕事をしている。

しかもヤツは、美人の妻と子どももいて、幸せ絶頂だ。

それに比べて、僕は未だに結婚もできず、仕事の結果も出せず、悶々とした気分なのですよ」。


さあさあ、おいしい「栗ご飯」をどうぞ。

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この栗ご飯は、栗を皮ごと焼いてから作ったの。

栗の下部を思いっきり切り落としてから、魚焼きグリルでしっかりと焼くと、こんな風に鬼皮も渋皮も本当にキレイに剥けるのよ。


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香ばしい香りが人気の、この季節の華ちゃん名物です。

松茸の吸い物、サンマの塩焼きも用意しましたよ。

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華ちゃんがつぶやきます。
「若い時は血気盛んで、あいつにだけは負けたくないなんて思うものよね。

華ちゃんにも、そんな時がありました。

でもね、人生は勝ち負けではないわ。主役も脇役もないの。

成功したかどうかよりも、皆さまのお役に立てたかどうかで、人としての真価が問われるのではないのかしら?

田中さんが、今の映像会社で手がけていらっしゃる、例のあのお仕事は、社会の片隅で必死に努力しておられる方々の、心の大きな支えになるはずよ。

田中さんは、確かにあの方々に光や救いを与えているわ。

自分のためだけではなく、ダレかのために生きる。それが生きるということだと思うの。

田中さんは美しく生きています。


独立することだけが、成功ではないわ。

今回も、忘れずに華ちゃんに声をかけてくれてありがとう。
田中さんの、その温かさが大好きよ」。

カウンターにもたれながら、横をむいてそっと涙を拭う田中さん。

さあさあ、 フルーツをたっぷり召し上がれ。

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あれこれと思い出話をした後、嵐のような強い風が吹く中を、去っていく田中さん。

たくさんのご支援を頂いた日々を思い出しながら、田中さんの背中に向かって深々とおじぎをする華ちゃん。

重い雲が垂れ込めて、星ひとつ見えない夜でございます。


〜このお話はフィクションであり、実在の人物及び団体とは、一切関係ありません〜