先日のこと・・・
有り余る時間 持て余し
ジィさん大好きなドジャースTV観戦
べッツがヒット
「さすがべッツ は ベツだね」
バンダに投手交代 の時
「次のピッチャー は バンダのバンダ」
そして
ちょうどお昼時
キケ・ヘルナンデスか打席に立った時
「そろそろお腹が ヘルナンデス」
隣で カミさんが
「もう クダラナイ ダジャレ
いい加減にしてよ!!」
「そろそろ野球見るのやめたら」
「野球見るのは ヤ〜キュウにやめられない」
「・・・・💢💢💢」
こうして 今日も続く
夫婦の
シャレ攻防
振り返れば
ジィさんの昭和ダジャレは
小学生の頃 培った(
)もの
だから
人生そのもの
もう 70年
腕(![]()
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)を 磨いてきたのだ
そもそもは
子供(小学高学年)の頃
ラジオで聞いた
四代目 柳亭痴楽さんの 綴り方狂室
という
落語に興味を持ち
それを覚え
機会があれば
・・・ 親父が家で飲み会を開いた際など ・・・
披露していた(笑)
宴もたけなわ頃を見計らい
部屋の襖を開け 座布団の上に 正座しながら
「不肖の息子が一席申し上げます」
と挨拶をして 小噺をし始めると拍手喝采
結構大ウケでした(笑)
山手線の駅名を綴ったこんな話し
プロ野球選手の名前を綴ったもの
もあった
こちらは残念ながら 今のYouTubeにはありませんでした
ラジオ放送が唯一の楽しい時間
相撲も野球もラジオ
家族の真ん中にあるラジオ
平和な時代
幸せな時代
決して生活は豊かではなかったが
家族の心は豊かだった
何度も何度も
ラジオにしがみついて
耳で覚え
綴り方狂室を練習した
そんな息子を見て
親父は
冗談半分 ![]()
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マジ半分 ![]()
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「高校進学より落語家になったら」
と 云っていた
でも我 大卒後
しがない サラリーマン になってしまったのです
それでも
継続は力なり
と
社会人になっても
ダジャレに腕を磨いておりました
そんな
オヤジの昭和ダジャレを
毎日
聞かされていた(当時20代の)息子たちから
『 オヤジ まさか そんなダジャレ
会社て言ってないよね 』
『 そんなの聞かされたら
マジ みんなひくからね 』
『 家族として恥ずかしいから
やめてくれよね 』
と
真顔で言われたものだ
実際は
会社でも
立派に続けておりましたよ 🤣(笑)🤣
あれから
20年
経った今
ダジャレは 頭を使う
脳トレ みたいなもの
ボケ防止に一番
と嘯きながら
いまだに こうして
続けているのであります
我にとっては
単なるダジャレ ではなく
立派な
“ コトバ あそび “
そんな
呆れ顔のカミさんに
『 面白い ダジャレ を
云うのは ダレジャ 』
と
結んだのでありました(大笑)
🤩
🥂
😍
🍷
🥰
🥃 ![]()
