■プロローグ
学生時代はバイクに乗ることが楽しく、通学も含めてほぼ毎日バイクに乗っていました。
1983年~1988年ごろですから、バリバリ伝説のようなアニメが生まれたり、
鈴鹿8時間耐久レースの来場人数が10万人を突破してNHKで終日ライブ放送されたり、
というバイク全盛時代のちょっと前、先駆けあたりかな?そんな時代でした。
ちょうどカワサキのFXやヤマハからRZが出始めた頃~レプリカバイクがピークになる頃でした。
ホンダの阿部選手やヤマハの平選手が2スト250ccの新車を筑波サーキットで乗ったタイムが、
1分13秒ぐらいでしたら、今から考えるとかなーり平和な時代でしたね。
バイクに乗っているというだけで周りの目も厳しく、アウトロー的な見方をされていました。
なのでこちらも、「車は動くパイロンだ!」ぐらいの勢いで公道はジムカーナ場としか見えず、
某当局や白いオートバイとの追っかけっこなんて当たり前。
峠では4輪だろうが2輪だろうが「オレの前を走るヤツは許さん!」の意気込みで、
走り屋連中としょっちゅうバトルしてました(特に早朝の箱根は最高に楽しかったー)。
そんな走り方してたので、当然ながらクラッシュして2台も廃車にしてしまいました。
しかも一台目は新車で買ったRZ250R(初めてYPVSが付いたモデル)を、
翌日の赤城山ツーリングでクラッシュ=廃車。(泣)
怪我も絶えず、擦り傷どころか手足の骨折も当然あり、松葉づえで学校に行たこともありました。
そんなある日、所属する大学のレーシングチームの友人が限定解除を取ったとのこと。
しかも2回で!えーーーーーーーーーーーーー、という驚きとともに、
ヤツが取れるならオレに取れないわけがない、と自分勝手な自信とともに結局6回で合格。
これで夢のナナハンじゃーと思いVF750Fを激安(投げ売りしてた)で購入。
これがまた訳の分らんホンダの16インチハンドリングで、コーナーで勝手にフロントが切れ込み、
接地感が乏しく怖くて峠を攻められない。コーナーを楽しめない。
ただ公道は普通(?)に某当局との追っかけっこをしてたので、
自宅にしょっちゅう電話がかかってきてました。(笑)
最初の頃は知らぬ存ぜぬで通してたものの、そのうち電話がだんだん脅迫めいたものに変わってきて、
後輩が捕まって白状してしまったことも手伝い、こりゃ逃げ切れんと悟り、最後は出頭しました。
すると、「オメーか!○○(僕の名前)ってーのは!」と机や椅子を叩かれ、「ここはヤ○ザの事務所?」
と間違えたほど青と白の制服を着たこわーい人たちに囲まれお説教を食らい、指紋とられました。(^_^;)
■バイクからポルシェへ
そんな無茶なことをずっと続けるわけにもいかず、ある日ちょっとした車との接触事故を機に、
「車を運転するドライバーの動きを予見できなかった」自分のライディングスキルに疑問を持ち、
このまま乗り続けたらいつか死ぬな、と思い直してバイクを降りることにしました。
その後は、就職→退職→留学→帰国→転職、といった流れのなかで、バイクに戻るのもなんだよなー、
と思ってた矢先、ポルシェの試乗ができる機会に恵まれて、乗せてもらったところ、
「なんじゃこのエンジンレスポンス!バイクと一緒じゃん。」
「そこに移動したいな、と思った瞬間その場所にワープできるじゃん!」
「ブレーキ最高。宇宙一素晴らしい。」
と一発で購入決定!翌日には現金で○○○万円払ってました。
続く。。。
学生時代はバイクに乗ることが楽しく、通学も含めてほぼ毎日バイクに乗っていました。
1983年~1988年ごろですから、バリバリ伝説のようなアニメが生まれたり、
鈴鹿8時間耐久レースの来場人数が10万人を突破してNHKで終日ライブ放送されたり、
というバイク全盛時代のちょっと前、先駆けあたりかな?そんな時代でした。
ちょうどカワサキのFXやヤマハからRZが出始めた頃~レプリカバイクがピークになる頃でした。
ホンダの阿部選手やヤマハの平選手が2スト250ccの新車を筑波サーキットで乗ったタイムが、
1分13秒ぐらいでしたら、今から考えるとかなーり平和な時代でしたね。
バイクに乗っているというだけで周りの目も厳しく、アウトロー的な見方をされていました。
なのでこちらも、「車は動くパイロンだ!」ぐらいの勢いで公道はジムカーナ場としか見えず、
某当局や白いオートバイとの追っかけっこなんて当たり前。
峠では4輪だろうが2輪だろうが「オレの前を走るヤツは許さん!」の意気込みで、
走り屋連中としょっちゅうバトルしてました(特に早朝の箱根は最高に楽しかったー)。
そんな走り方してたので、当然ながらクラッシュして2台も廃車にしてしまいました。
しかも一台目は新車で買ったRZ250R(初めてYPVSが付いたモデル)を、
翌日の赤城山ツーリングでクラッシュ=廃車。(泣)
怪我も絶えず、擦り傷どころか手足の骨折も当然あり、松葉づえで学校に行たこともありました。
そんなある日、所属する大学のレーシングチームの友人が限定解除を取ったとのこと。
しかも2回で!えーーーーーーーーーーーーー、という驚きとともに、
ヤツが取れるならオレに取れないわけがない、と自分勝手な自信とともに結局6回で合格。
これで夢のナナハンじゃーと思いVF750Fを激安(投げ売りしてた)で購入。
これがまた訳の分らんホンダの16インチハンドリングで、コーナーで勝手にフロントが切れ込み、
接地感が乏しく怖くて
ただ公道は普通(?)に某当局との追っかけっこをしてたので、
自宅にしょっちゅう電話がかかってきてました。(笑)
最初の頃は知らぬ存ぜぬで通してたものの、そのうち電話がだんだん脅迫めいたものに変わってきて、
後輩が捕まって白状してしまったことも手伝い、こりゃ逃げ切れんと悟り、最後は出頭しました。
すると、「オメーか!○○(僕の名前)ってーのは!」と机や椅子を叩かれ、「ここはヤ○ザの事務所?」
と間違えたほど青と白の制服を着たこわーい人たちに囲まれお説教を食らい、指紋とられました。(^_^;)
■バイクからポルシェへ
そんな無茶なことをずっと続けるわけにもいかず、ある日ちょっとした車との接触事故を機に、
「車を運転するドライバーの動きを予見できなかった」自分のライディングスキルに疑問を持ち、
このまま乗り続けたらいつか死ぬな、と思い直してバイクを降りることにしました。
その後は、就職→退職→留学→帰国→転職、といった流れのなかで、バイクに戻るのもなんだよなー、
と思ってた矢先、ポルシェの試乗ができる機会に恵まれて、乗せてもらったところ、
「なんじゃこのエンジンレスポンス!バイクと一緒じゃん。」
「そこに移動したいな、と思った瞬間その場所にワープできるじゃん!」
「ブレーキ最高。宇宙一素晴らしい。」
と一発で購入決定!翌日には現金で○○○万円払ってました。
続く。。。