バイナリーオプションのサイトでは、世界的に見て、1,2番の会社です。創業がバイナリーオプションができ初めの頃でしたね。

この会社は、オーレンという方がオーナー兼社長兼ブローカーをやっていまして、ご存知の方も多いかとと思います。

ですが、実際に始めたのは彼のお父様でして、私はそのお父様を担当しました。

 

当初は、お父様も毎朝上機嫌でお気に入りのメルセデスEクラスに乗って会社に出張ってきていました。


はじめは会社形態事態も無く、単なるWEBサイトでした。

段々とお客さんがつくようになり始めてから法人登記したんですね。

オフィスも始めは、自宅や小さなレンタルスペースを使ってやっていましたが、BANC DE BINARYのソフトウェアー提供会社のSPOT OPTION本社と同じ場所で入り口が丁度裏側といったところに事務所を構えるまでになりました。

大体こういうビジネスをするところは、オーナーの名前など極力出さないようにしたり、顔出しなどすることは無かったのですが、バイナリー業者がFXと同じだというイメージいわゆる金融系ビジネスというカテゴリーに入りたかったからでしょう。

隠れている業者が大半ですが、BANC DE BAINARYは逆に表にだたがる体質でした。

特にオーレンははじめから企業のイメージポスターに自分を登場させていました。わたしから見れば、大丈夫なのかなとも思えるものでしたが。

当初から、バイナリーオプションにわたしは懐疑的でした。

FXとオンラインカジノの中間だといわれていましたが、個人的には思いっきりオンラインカジノだとおもっていました。

根拠は、お客さんが勝った場合は、殆ど支払いがされないというものでしたから。段々と、業者が儲かってくるに連れて評判を落とさないように支払いがされたりされなかったりと状況は変わってきましたが。

わたしは、あまりお客さんのビジネスには口を突っ込まないというか。そんなビジネススタンスで取り組んでいました。この件に限らずです。

バイナリーの会社の設立は、100件ほどやったかと思います。今でも時々ありますね。

キプロスのCySECも、女性の責任者になってからというか、2016年の中盤頃からでしょうかキレッキレッの対応をし始めていますので今後が楽しみです。

 

以前少しですが、キプロスに住んだことがありまして、その頃からの付き合いがあるので食事でもして今後はどのようになっていくのか聞いてみようかと思います。

 

イスラエルでコソコソやっていた業者などはキプロスに移住してまで頑張っていたのですが残念です。でも今はキプロスもコストが上がってきたりと色々な規制も出てきたので、2年くらい前かな、他の国に移り始めましたね。はじめは、サポートだけをそちらに移してメインはキプロスにおいているところもありましたが。最終的にはメインオフィスも移し始めていますね。

 

殆どの業者はグレーゾーンでプレイするような業者ばかりですから。

わたしが言うのもなんですがね。

IRONFXも払い出しやその他もろもろの手続き次第で、閉鎖となるようですし面白い年になりそうな予感がしますね。

少しタイムリーではありませんが、書いてみました。

 

しかし最後にあったのは、オーレンにあったのは去年の10月の終わりだったかな。

だいぶ痩せて、目が挙動不審だったのを覚えています。

 

その内、また何かやるかと思いますがね。


今回はこれで。