ライブインタラクション®コーチのまぁこです。

ライブインタラクションは3要素から成り立ってます。

1つ目はプレゼンス。

プレゼンスは「自分の存在価値。自分を信じる力」です。

ある時私はそれを失くしました。

適応障害になるまで

研究所で部長を務めていた時、次期所長、ゆくゆくは会社初の女性取締役とか言われて、男社会の中で必死でした。

丁度、会社の大改造があって、中枢部署の部長として異動しました。そこは以前私自身が部員として働いていたところで、もちろん先輩社員も居て、その時から彼らは部下になりました。

数十人の部員と面談して、部署の問題を洗い出し、個々人のキャリアプランを考えて、会社の発展の為に部長会で取締役陣と喧々諤々やって、取引先とも色々渡り合って・・・。

事実、部下や取引先からは頼られていたし、他の部長とも連携を取って、先頭を走ってました。


でも、体が段々おかしくなっていくのです。寝れなくなって、原因不明な痛みとか。医者を受診しても疾患は見つからなくて。

更に、会議中に自分の意志とは関係なく涙は出てくるし、過呼吸を起こすし。

管理者だからもちろんメンタルヘルス研修を受けていたんです。でもそれは部下がそうなったら上司としてどうするか?

まさか自分がそうなるとは思ってもなくて。

だから、私会議中に泣いてるのに心の芯は冷えてると言うか、

「今泣いているのは会議内容とは関係ありません。お手元の資料の方をご注目ください。」
とか言ってました。

(今考えるとホラーだなww)

その後、人事部に強制的に心療内科を受診させられた時も、
「先生、私は今日『全然大丈夫ですよ。異常はありません。』と診断してもらうために来たんです!」
と言い寄ったりして。

ま、結局、休職勧告されて強制終了です。

あー、自分のキャリアは終わったな

と思いましたよね。

休職の始まり

色々あってメンタル疾患にかかり休職しました。

仕方なく休むことにしましたが、その時の上司との面談で、

「こう言う事で休む奴は心が弱い奴だ。一ヶ月後の復帰後は挽回するつもりでバリバリやってもらう。」

と言われまして、安堵しました。

「あー、良かった。上司に見捨てられてない。」

だけど、一ヶ月後全然回復せず、会社に面談に行ったけど、震えや過呼吸等々、やっぱり起きました。

その後も症状は改善せず、中々復帰に至らない。うつに関することとか色々読んだり、カウンセリング受けたり、薬飲んだりしてたけども。

やっぱり心の何処かで

「私、甘えているんじゃない?怠けているんじゃない?」

って思っていた。

回復に向けて

休職期間中はとにかく過敏になっていて、テレビとか情報量の多いものは受け付けられなかったので、もっぱら本読んだり、体験談をネットで漁ったり。

これとか、

https://www.amazon.co.jp/dp/4860639707/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_HTUFFb8ZZP3MD 

これ読んだり。
https://www.amazon.co.jp/dp/4041037085/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_5QUFFb6F2CGKP 


うんうん分かる。此のまま死ねたらなとよく思いました。

でも、まだ、心の何処かで「私は甘えているんじゃない?怠けているんじゃない?」って思ってしまう。周囲の人の「あなた、ヤバイよ」って言葉がどうしても信じられない。こんなになってる自分が赦せない。何処で間違えたんだろうと。


そして、いつ自分を赦して、今まで頑張って来たね、って言えるんだろう。今でも発症した自分が赦せなくて、認めたくなくて、私こんなに大丈夫ですと、ゾンビみたいになりながらも、強がって崩れる。その度、自分に絶望する。こんなの私じゃない。もっと出来るはずと思い、悔しさで号泣する。


こんな感じでした。

好きなもので自分を取り戻す

本を読んだりする中で、好きなもの、楽しめるもの、そういうものが救ってくれると書いてあったので、

自分の好きなものって何だろう?

と振り返ると、そこに20年以上やっていた芝居が手を差し伸べていました。

自分の好きなもの

私はずっと芝居をやっています。

25年位前に劇団昴と駒ケ根市民(長野県)による共同公演に参加し、東京で活躍中のプロの演出家・俳優・スタッフから新劇やミュージカルの指導を受けました。以来、役者・演出助手・舞台監督などとして現在に至るまで舞台を共に創り上げています。

また、上記共同公演に参加したメンバーとともに地元劇団でも演出や役者として活動しており、年2回のペースで芝居を打ってきました。

時には英国演劇アカデミー(RADA)をはじめとした様々なWorkshopに参加して役者のスキルを上げたり、舞台装置や小道具、照明などを担当したり、飽きずにずっとやってきたものです。

様々なサポート

ちょうど休職に入った時も、実は次回公演に向けての稽古中でした。その時は既に佳境に入っていた時だと思いますが、降板する状況ではありませんでした。私自身、その稽古が無ければ引きこもったままだったと思うので、却って助かりました。

稽古も気を使っていただき、公演日数も考慮してもらって、上演した舞台は大変好評でした。

私自身が「替えの利かない存在で、皆に認められ、求められ、受け入れている」と感じましたし、

芝居があって良かった。私は芝居が大好きだ。皆と一緒にこの喜びを共有したい。と切実に感じたのでした。

その後も、「無理しない範囲でいいから」と言われながらも、後輩の指導やスタッフワークをやって、共同創作する喜びをひしひしと味わっていました。

私って何者だ?

そんな期間が過ぎ、復職を考える時期になって、色々悩みましたが復職しました。会社でも随分気を使っていただいて、普通こんなに手厚くフォローしてくれないだろうと思うような待遇で、現在も少しずつ調子を上げながら仕事をしています。

復職してみて、社の皆が本当に暖かく迎えてくれた事。思った以上に私を評価していてくれた事。こんな状態でも受け入れてくれる事。

月並みですが、私は私のままで良かったのです。

そして、古くから知っていた演出家の講座を受ける事になり、ますます自分というものを正面から受け入れる事を始めたのです。

プレゼンスを高める

休職から復職を経て、と言うか、これまでの人生の中で何度となく「自己価値」について考えました。

その時々で、親や教師、上司など周りの人達の期待に応えることで、自分は受け入れられると思っていました。

事実、変わった子供だったので、自分の興味や考えを優先すると、大抵周囲から浮いて一人になっていました。そして、それは別に寂しくもなく、気楽でした。集団行動ができないんですね。

就職してからチームワークで!と縛られ、社内通念に縛られ、一般に受け入れられる人物にならなければ!と脅迫観念のようなものがあったんだと思います。

芝居もチームワークなのにおかしいですね。

でも、そこが好きなものとそうじゃないものの違いなんだと思います。

自分の本当にやりたいこと、夢、人生の目的に沿ったものなら、自分らしくいられる。

休職してしまったのは、自分の人生の目標とは思えない道を邁進していたから、余計な労力を使わないと進めなかったんです。

プレゼンスを高めることためには、まず、人生の目的をはっきり持つことが大事です。

プレゼンスを高める方法

ライブインタラクションは私の敬愛する三輪えり花さんが、英国王立演劇学校(RADA)を教師の通訳をされながら、現場でその指導方法を見聞きされ、通訳した先生方から「あなたもこの学びをどんどんと教えてください」と言われたそうです。
私はその三輪えり花さんに役者として、演出家としてお教えを受けている時に、ライブインタラクションについて学びコーチャーとなりました。
現在は国際ライブインタラクション研究所の認定コーチです。芝居という私の大好きなアイテムを使って、周りが幸せになれたらいい。そのためにコーチになろうと思ったのです。
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国際ライブインタラクション研究所では、ライブインタラクションの基本的なレッスンを、どなたにも体験していただけるよう、無料のPDFレッスンテキストを配布しています。
https://lit.iki-world.com/japan/institute/


また、代表の三輪えり花から7日間の無料メールが受けられるシステムにもなっています。

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これをご覧になって興味が湧いた方はアクセスしてみてくださいね。