前回、古代日本の最初の首都は諏訪エリアと推測しました。首都が出来たら、統治者がいるはずですね。誰が?どんな人物が統治していたのでしょうか?
諏訪エリアに落ち着いた時、おそらく黒曜石の採掘と加工に重点がありました。そしてこの時期、諏訪エリアは火山に囲まれており東西南北どっからでも火が吹いている状況に居たはずです。当時の人々に火山活動の科学的観測や理論はありません。とてつもない巨大な力と魅力に圧倒され続けるしかない時代です。
そんなに長い期間(何百年とか)首都としてはいなかったかと思いますが、北海道から南下してきて、いったん落ち着いた所が諏訪エリアだったと考えます。
自然の脅威にさらされる人々の拠り所となるのは、自然への信仰と恐れ。そこで生まれて来るのが占いだと思います。占術を巧みに使うことが、人々の信頼を勝ち得ていたのではないでしょうか?そこに実績が伴えば伴うほどカリスマ性は高まり、中心人物となりえます。首都諏訪エリアに国主たる人物はいないと考えます。統治ではなく、コミュニティの形成を占い師たるシャーマンを中心に形成したのでは?と思います。
そこで、この異論に反発の声が聞こえそうな説を出したいと思います。
かつて、諏訪エリアをシャーマン(巫女)としてコミュニティの中心人物となっていたのは、天照大神のモデルになった占い師の女性ではないだろかと。そしてまた、この占い師の女性は邪馬台国卑弥呼の一人ではないかと。何故かと、卑弥呼を読むと「ヒミコ」なので、日の巫女と読み取れます。太古の昔から本当の名前は呼んではいけないと云う習わしがありますので、もしかしたら、卑弥呼と当て字にしたのではと思います。日は太陽。太陽の女神は天照大神です。
天照大神の説を考えた根拠が、かの有名な天の岩戸に引きこもり事件です。
おそらくこの占い師の女性の時期に西の焼岳と南の御岳山が同時か連続かで大噴火を起こし諏訪エリアが噴煙と火山灰で暗雲と化し闇の様な状況に陥り、さらに日食が重なり闇に覆われる時があったのではと考えます。この時に祈祷等の現在で云う祭りを行うことで自然災害がいったん収まり(たまたまですが…)シャーマンたる占い師の女性の手柄となり、確固たる地位と名声を得たのではないでしょうか?
多少長い年月をシャーマン(巫女)が一人でカバーする事は不可能です。占い師として、シャーマンとして才能のある若い女の子がシャーマンとして先輩のシャーマンの跡を継ぎながら、日々祈りに徹していたのではないかと思います。シャーマンは当然独身女性となります。天照大神も独身でした(シングルマザーになってますけど)
国宝に指定されている、茅野市から出土した縄文時代の土偶像はひとつが仮面の女神像でもうひとつが妊婦の像と考えられています。女神の像と考えられている土偶は、女神なのでしょうか?これこそ天照大神であり、シャーマンの女性ではなかったのかと考えます。
現在の諏訪大社の存在理由は、シャーマンたる女性を守る為の機能と、黒曜石の経済活動を管理支援する為の機能を持っていた首都諏訪エリアの重要拠点。コミュニティの中心地だったのではないかと思います。そしてシャーマンたる占い師の活動拠点は、何者にも邪魔をされない霧ヶ峰に拠点を置いていたと考えるのが、正しいのではないかと思います。
次回は、何故諏訪を出たのか。そして何故諏訪大社が残されたのか?検証です。