山幸彦と海幸彦の話はご存じでしょうか?
山幸彦は山や野で弓矢を使っての狩猟が得意な弟、海幸彦は釣りの得意な漁師の兄の話なのですが、ある時山幸彦は…どーしても釣りをやってみたくて兄を説得して道具を借りて(自分のを兄に貸して)道具を交換して釣りに出掛けますが、全く釣れないどころか終いには釣り針を亡くしてしまいます。それを兄の海幸彦に怒られ釣り針探しに海へ行き、海の国に向かったことにより運命が大きく変わっていく話です。
ここで登場する山幸彦と海幸彦は、天照大神の孫にあたるニニギノミコト(邇邇芸命)の三兄弟の長男と三男ですが、お母さんは誰かと言うとコノハナノサクヤヒメ(木花之佐久夜毘売)という山の神様の大山津見神の娘で、富士山の女神様です。また、桜の神様でもあります。
古事記では、山幸彦と海幸彦の話は日向(宮崎)でおきた話としていますが、富士山の女神が日向に嫁ぐというのは…無理がありませんか?
また、コノハナノサクヤヒメは三兄弟を産むときに旦那のニニギノミコトに疑われたので、火の中で出産を強行しています。
一万年~五千年前はけっこう中部エリアの火山の活動が活発だった時期でもありました。当然富士山も噴火している予測と測定結果が出ています。そして諏訪エリアを中心にそれを取り巻くように南に御岳山、西に焼岳、北に浅間山と活発に噴火していた代表格とも言える火山が火を吹いていました。東に位置する富士山が噴火していた頃に産まれたので、コノハナノサクヤヒメは火の中で出産したと伝えられた。と考えられます。また、諏訪大社の神様は狩猟の神様でもあります。山幸彦は狩猟が得意です。
諏訪市の東隣に茅野市があります。茅野という語源は茅(かや)が広がる土地(野)です。茅は萱、葦にも置き換えられます。葦(あし)だとすると、古事記で出雲に話が行く前に人々や国つ神が住む所として葦原の中つ国として天の高天原と地下の根の堅州国の間に位置する国(場所)として記述されています。
葦原=茅野
諏訪市北部の山あいに諏訪大社(下社)の奥宮と言っても過言ではない神社があります。旧御射山神社と云う名称ですが、旧(もと)が付くのは、江戸幕府により御射山神社が八ヶ岳の山麓に移された為で、もともとはここが由緒正しき諏訪大社直轄の競技場の跡地でした。どれくらい前からここ御射山で相撲や弓術の競技が行われていたのか不明ですが、古い諏訪大社に残っていた文献では、鎌倉時代辺り迄は全国から腕に自信のある武士達が御射山に集まり技を競いあったと記述されています。そして旧御射山神社の所には、かつて観覧席だったとされる人工的な雛壇状の跡が残っています。
旧御射山神社は、古代~中世における日本初の国立競技場だったと言えます。
黒曜石採掘と加工に重点をおいていた時代におそらく諏訪の権力は膨大なものになっていったものと推測します。ここから、貿易と対外に重点がおかれる状況になるとき、内陸部にある諏訪では不便になり、政治の中心は移動せざるをえなくなっていきます。
ですが、諏訪は諏訪のまま。後の権力の都合により歴史の表舞台から消される事によって、諏訪大社は地方のイチ神社で在りながら、一目おかれる存在として現在に至るのではと考えます。
次回は、古代の首都の姿を想像してみます。
「首都諏訪」