ヴェネツィアやトリノでの生活を含めると、
11年間に渡って、インテルの選手として
イタリア生活を送ってきたチーノさんですが、
1歩間違えば、縞馬の選手になっていた模様。
-アルバロ・アレクサンドロ・レコバ・リヴェロ選手談-
「ウルグアイでプレーしていた時、
2つのクラブからの申し込みが届いたんだ。
1つは、インテル。
そして、もう1つは縞馬さ。
当時の縞馬は、すげ~選手が一杯いたから、
インテルの方が、出場機会がありそうだな~と思って
インテルをチョイスしたんだよ。
その1週間後に、インテルはロナウドと契約したんだけどね。」
アッチにモラ会長みたいな人は居ませんよ。