600
レッチェ戦で、600試合出場の記録を打ち立てたカピタンのコメントです。
-ハビエル・アデマール・サネッティ選手談-
「ファケッティさんとは、共に戦ってきた関係でもありますから、
彼の記録に並ぶことは、大きな意味があります。
ファケッティさんとは、苦しみも楽しみも
共に過ごして来ました。
彼は、みんなにとってお手本のような人物だったんです。
我々インテリスタは、ファケッティさんのことを
決して忘れることはありません。
ミラノに来たときの私は、とても若く、
誰も私のことを知りませんでした。
そんな私を信頼してくれたモラッティ・ファミリーには
とても感謝しています。
バンフィールドという小さなクラブでプレーしていた私にとって、
ミラノに来るというのは、大きな賭けでもありました。
しかしながら、こうして長くインテルに留まることができ、
とても満足しています。
ダニエル・パサレラさんから、インテル入りの話を聞かされた時、
それは、全く予想していなかったことでした。
好不調の波が激しかった私ですが、
努力というものは報われるものです。
私は、私の努力が実ることを願っていました。
その結果、成功を手にすることが出来たのです。
スペイン?
確かに私は、スペイン行きが目前に迫っていた時期がありました。
しかしそれは、
私の意向では無かったんです。
私は、一度たりともインテルを去ろうなんて考えたことはありません。
インテルは、1年間で4人も監督さんが変わった時期がありました。
その時、世間様は私が議論を起していると言いましたが、それは間違いです。
その後、モラ会長と話し合ったのですが、
私を売り飛ばそうとしているという話が、全くの偽りだと知らされました。
私のインテル生活において、特に印象的な試合?
数え切れないほど多くの思い出がありますが、
パリで行われたUEFA杯決勝は、決して忘れることはありません。
その試合で、私はゴールを決めました。
そして、私にとって最初のトロフィーをゲットしたんです。
勿論、スクデットを決めたシエナ戦も忘れることが出来ません。
愛すべきインテリスタと共に、
素晴らしい記憶を残せた重要な日になったんですからね。
共に戦ってきたチームメイトのことも、忘れることは出来ません。
ベルゴミ、パリュウカ、サモラノ、バッジョやコルドバ、
多くの偉大な選手達と共にプレーできたことは、
私にとって大きな幸せです。
700試合?
そんなことより、次のダービーのことを考えたいと思っています。」
