Googleという企業に対して個人的にすごく興味をもっている

先日の中国からの撤退のニュースに代表されるように、

その一挙一動に大きな注目が集まるほど大きな影響力をもっていると思う。


日本での一般的なイメージは、yahooの影に隠れていて、単なる検索エンジンの一つ

というものかもしれないがGoogle Map, Google Street Viewなどに代表されるように、

その実態ははるかに大きなものである。



個人的には「科学者の集団」というイメージをもっている。

yahooと同じように創立者はstanfordのコンピューター畑出身であるし、

究極的にはGoogleにはエンジニアしか必要ないという雇用姿勢が随所にあわられている。

テクノロジーの価値を信じ、知的好奇心につき動かされて新たなるサービスを生み出していく。



そんな姿勢は科学者のイメージと自分の中で重なる。(余談だが、

多重人格探偵サイコという漫画をお勧めする。

その中に出てくるガクソという集団がまさしく、Googleのイメージと重なる)




ともかく、そんなGoogleはいわゆる虚業かもしれないが、その可能性は大きなものがあるとおもう。


今、世界では全世界のGDPとはかけ離れた量のマネーが動き回っている。

デリバティブの世界だけでも全世界GDPの4倍もの金が取引されているらしい。

このマネーが一箇所に集まればインフレがおき、

逃げればアジア通貨危機のようなfinancial crisisもおきるのだろう。


何がいいたいかというと世界に金は余っているということである。

なのに貧困やinformal sectorの問題はどこまでいってもつきない。


要はマネー(富)の分配の問題である。それを是正する可能性をイン

ターネットとGoogleは秘めていると個人的には思う。



Googleはアフリカでパソコンの無料配布などをしているらしい。

これはある意味社会開発であるとおもう。

今までinvisibleであった層に情報を得る手段を与え、

自分たちの声を出す機会を与え

empowermentにもつながっていくとおもう。



そして富の再分配にも同じくつながると思う。

今ブログでどれだけ頑張っても、日本ではそれで生計を立てていくのは難しい。

せいぜい10万円ぐらいらしい。

しかしこれが他の発展途上国であったどうであろうか。


英語圏の発展途上国で、Googleの広告システムを利用しえられた10万円は彼らの生活に

はるかに大きな影響力をもつ。

こうして流れるマネーはデリバティブのマネーではないだろうが、

「虚」業としてのGoogleが直に人々の「実」の生活向上に貢献しているのではないだろうか。


今後もGoogleの動向には注目していきたい


written by Naoto




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国際的な環境問題って色々あるけど、

環境問題を経済的に捉えることって

なかなか出会わないと思う。


環境経済の命題は、「外部性」(例えば環境汚染の費用)

   を

いかに内部化(市場価値をつける)

できるかである。


より具体的に言えば


公共の池をAさんが汚染しています。

でも被害を主に被っているのは池の近くに住んでいるBさんです。


こういった誰のものでもないもの(公共財)にどのように金銭的価値をつけて

解決するかっていう学問が環境経済学!



CO2の排出権取引とかもその一つである。




環境経済と経済成長っていうテーマは非常に壮大なテーマであると思う。


かっこよくいえば


Sustanable Development

「持続可能な成長」


っていう言葉は最近よく聞く言葉。


環境汚染が起きているとき、

テクノロジーの発達により解決を行うという方法がメジャーであった。

政府の政策では、いかにテクノロジーを発展させるインセンティブを企業に与えるか、

つまり、

環境税をかけて汚染を減らす努力をさせること

排出規制を行い、上記に同じ

または、排出権取引により、上記に同じ。


Copeland氏のPollution Heaven Hypothesisは

先進国による途上国への汚染の押し付けに焦点を当てている。



少し話はずれるけど、


貧困問題と環境問題って凄く密接に関連していると思う。


スラム街でなぜ、環境問題が進行するかといえば

人々のゴミに対する意識が低い、つまり処理し、再利用を行う費用よりも

捨てる費用のほうが圧倒的に安いからだと思う。


例え、ゴミを海に流し、その被害額がリサイクル費用を超えていたとしても

ミクロな視点に立ってみれば、関係のない議論である。


Copeland氏は汚染物質を出す産業を先進国と途上国に分けて考え、

さらにクリーンな物質を出す産業を先進国と途上国に分けて考えている。


仮に前者の物質をXとし、後者の物質をYとするならば


より厳しい環境規制が先進国で行われたならば、

汚染物質Xの生産が途上国へ移転するという。


具体的に言えば、


日本で重工業などへの環境税が厳しくなれば


中国での生産に踏み切る、と言ったものである。


かなりシンプル化しているが、簡潔に言えばこのようなものである。



つまり、汚染物質を出すXの生産を途上国(比較的環境政策がゆるい国)
に押し付けているといったものである。


逆にクリーンな物質を出すYの生産は先進国で増加するはずである。




結局何が言いたいかというと


先進国、途上国という国際的な環境政策は途上国へ直接投資を行う多国籍企業の存在を無視して

決めることはできないんじゃないか、ということ。


京都議定書では中国、インドなどの途上国とみなされていた国々は入らないけれども、

ポスト議定書では組み込まれているだろう。


環境経済学の視点から言えば、不公平である。



しかし、MNCs(多国籍企業)の支えあってこその

中国、インドの高成長率だという議論も可能である。



仮にも、中国で環境政策が強くなったならば、

他の国へ汚染物質を出すXなどの生産が移行するかもしれない。



うまく、地球環境問題を解決する方法はないものか。



一国のみの持続可能な発展ではなく、地球規模での持続可能な発展とはいかにして

行えば良いのか。


とても難しい議論ではないだろうか。






Written by Takeshi

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参照

Copeland, B. (2008). How does trade affect the Environment. Department of Economics, University of British Columbia.
先進国と途上国の間のボーダーラインは非常に曖昧で、有力な説ではOECDに加盟している、
いわゆるリッチカントリーが先進国で、
それ以外のほとんどの国が途上国。


でも、先進国と途上国の間にも微妙なラインが存在するのは事実である。


例えば、中国。


GDPで見れば今や世界第二位だけれど、GDP per Capita(一人当たりGDP)で見れば

90位台という数値である。

マレーシアやタイは先進国と呼ぶには早いが、途上国と呼ぶには経済規模から考えると不適当かもしれない。

そういう国々はNIEs(新興工業経済地域)と呼ばれている。


今回、書くのはNIEsではない途上国(Less developing country or Least developing country)である。



戦後の開発経済学者、Arthur Lewis は二重経済論という自身の論を用いて貧困問題にアプローチを行った。


彼曰く、途上国ではしばしば、農村部での労働者余剰による都市部への大規模な人口移動が生じ、
 生存ラインぎりぎりでの賃金で労働力が無限に供給される。


歴史的に見れば、18世紀のイギリスでの農業革命は人口爆発を誘発し、農村部での失業問題が顕著化した。そして、小作農は都市部へと仕事を求めて移動したという背景がある。

さらに、20世紀の緑の革命では欧米諸国の多国籍企業が途上国の農村部に対し直接投資を行い、労働力の余剰を発生させた。



ルイスは農業分野での成長が途上国の経済成長では不可避とし、最優先課題とした。


非常に興味深いことが、ルイスは途上国で第二次産品(Manifactuing)のみ成長を遂げたとしても、結果として国内の第一次産品(agriculture)との交換比率が変わらないので結果として経済成長は難しいとした。


ルイスの議論が正しいか、現在の21世紀にさえ当てはまるのかという議論は尽きないけれど、

確かに東南アジア諸国においても、農村部と都市部での経済格差は顕著であり、生活様式も異なるはずである。

けれども、僕が思うのは、農村部が悪くて、都市部が良いという議論ではないだろうということ。


さらに言えば、都市部が幸せで、農村部が不幸という考えは間違っているだろう。


都市部においてもインフォーマルセクター(いわゆるスラム)が形成され、生存ぎりぎりのラインで生活をしている人々はたくさんいる。

一方で、ほぼ自給自足の生活を農村部でおくり、コミュニティを形成し、ある程度幸せに過ごしている人もいる。



幸せとは何か、という議論になってしまうが、都市部では格差が顕著に現れるので、スラムで暮らしている人々はより現実視を強いられるのではないか。


それではどうすればいいのか。


僕は経済学の点から見れば、自国の農業政策の強化(例えば日本の米農家を守るなど)

が農村部から都市部への大規模な人口移動を防ぐ方法の一つであると思う。


都市部へ人口が流入してくるということは、労働力も豊富であるので、賃金の低下は必須であるだろう。



ただし、21世紀において、スラムでの貧困問題、農村部での貧困問題を経済学だけの観点で捉え、考察することは不可能だと思う。


そこには、宗教、言語をはじめとする文化の違い、政治的問題、戦争や紛争など


多種で多様な問題が混合しているから複雑なのだろう。



個人的にルイスのアイデアは途上国の状態を非常によく説明していると思う。


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Written by TAKESHI