美食時代の落とし穴 | ブーフ、ブーフ、ブフフフフ……

美食時代の落とし穴

今回は、『学士会会報』No.858から、

共立女子大学名誉教授 泉谷 希光氏の原稿を

一部構成を変えて、ご紹介します。



寿命は延びる。出生率は下がる



日本人の平均寿命は、平成12年以降、インフルエンザが

流行した平成17年を除いて、男女とも延び続けている。


しかし、そのいっぽうで、不妊症の増加など生命の再生産能力に

関わる問題が顕著に見られるようになってきた。


山梨県のある村で、3世代の婦人に対して母乳分泌の可否や

多少を調査したところ、

明治中期生まれの既婚女性の妊娠率はほぼ100%で、

明治後期生まれと大正生まれはいずれも90%以上

子供を母乳で育てた婦人の割合も90%以上を示した。

それが、昭和生まれになると、妊娠率は1歳若くなるにつれ、

数%ずつ低下母乳分泌ができる婦人の割合にいたっては、

50%以下という状況となった。


長寿化のいっぽうで進行するこのような傾向の背景には、

一億総美食時代」という言葉に象徴される美食傾向がある、

と筆者は説く。


ふたつの現象の相関関係が仮説として浮かび上がったのは、

中米の原住民(インドヘナ)の食習慣についてのある情報から

だった。


インドヘナはほとんど例外なく1年365日朝昼晩の食事が

同じであるというのだ。



とうもろこしだけで元気、の謎


彼らの90%以上がとうもろこし(トルテイリャ)と主食とし、

他はわずかながら煮豆(フリフォーレス)、サルサ

(野菜サラダのようなもの)、イナゴのようなバッタ、

雑草の新芽、サボテンの果肉などを食べていた。


とうもろこしから作るトルテイリャから摂取されるカロリーと

たんぱく質の量は、インデヘナのほとんどが栄養失調と

それに伴う疾患で生きていけない状況になると思われる

水準だった。


ところが、実際には、多少の貧血が見られる程度で、

近代社会で見られるような疾患は彼らの間ではほと

んど見られなかった。しかも、乳児を10カ月以上

母乳で育てられない婦人、妊娠できない婦人がともに

皆無だったのだ。


一般にとうもろこしのみからアミノ酸を摂取している

者は、ぺラグラという、栄養欠陥から発生する疾病を

引き起こし、死に至ると言われている。


しかし、現地ではペラグラに起因する死はまったく

見られなかった。ひょっとして、インデヘナが食べて

いるとうもろこしは、我々が食べているとうもろこし

とは成分が異なるのではないか……


分析結果は筆者の予想通り、両者の間にはアミノ酸

組成おいて明らかな違いが認められたのである。



元気の差は、完熟作物と未熟作物の違い


すべての植物は、新しい生命力をもった種を実らせる。

このような生命の再生産力をもった植物を完熟作物

いうならば、まだ生命の再生産力のない植物を未熟

作物という。


インデヘナが食べているのは前者、日本をはじめ

一般に先進国といわれる国々で好まれるのは

後者である。


日本人が好んで食べるとうもろこしも、

アメリカ人がよく食べるカットコーンも、未熟作物

からなる未熟食品だ。


インデヘナは未熟なとうもろこしは甘くて美味しいが、

それを食べても、働くのに必要な力が湧いてこないと、

口をそろえて言う。


インデヘナが食べるとうもろこしは完熟であるだけ

ではなく、トルテイリャのようにとうもろこしの実の

すべてを食べ、よく吸収できるように調理されて

いる。



たんぱく質がからだのバランスを乱す


すべての生命にとってたんぱく質とその関連物質は

生命の本体といっても過言ではない。

人間は、たんぱく質を摂取すると、アミノ酸レベルに

まで分解し、自身に適応できるたんぱく質に作り変え、

不要のものを排泄する。


こうして、からだのもつたんぱく質の構成を守っている。


従って、多種類の食品からたんぱく質を摂取すると、

人間のからだにとっていわば異物をたくさん摂取して

いることになる。


日本人の食品摂取数は3日間に72品目と、

インデヘナに比べ非常に多い。

そのぶん、多量の異物を体内に摂取していることになる。


一般に植物では、栄養条件を過剰にしていくと、

植物体は大きくなるが、花が咲かなくなったり、実が

ならなくなったりする。同様のことが動物でもいえる。

よい栄養をということで、窒素化合物(たんぱく質)を

多種多様に摂取すると、動物の再生産能力を低下

させると考えられている。


いつも同じたんぱく質を食べているならば、からだは

ペプチドを完全にアミノ酸に分解するので、からだに

悪い影響を及ぼすことはないが、多種類のたんぱく質を

たくさん摂取すると、ペプチドの量が過剰となり、

ペプチドホルモンのような余分な物質が生み出され、

生体のバランスが崩れる。


このため、いい栄養をとっているにも関わらず母乳が

でなくなったり、妊娠に関わるホルモンに異常が見られ

たりといったことが起こる。


今日のように種々のたんぱく質を摂取し、

栄養学的には優れた食事をしていても、

人間の本質的な昨日を保持するためには

決してよい栄養条件ではないのだ。