60年代、黒川紀章らメタボリズムのメンバーは建築を社会と開いて、都市、外から建築にアプローチした。そこには高度経済成長期の光り輝く、明るい未来像があった。
 ところが安藤忠雄や伊東豊雄、藤森照信の世代になると、一転して「自閉症」を引き起こす。
 伊東豊雄の「中野本町の家」は何も無い中庭をぐるぐる回るような家で、外に向かって窓はなく外界と隔絶している。
 また安藤忠雄の「住吉の長屋」も、外側には玄関さえ引っ込んで、中庭から光を採っている。
社会に向かって開く建築が反転して社会に向かって閉ざされた建築の時代になった。
 社会からではなく、自分から生み出される建築を目指してた。

考えて見れば、「引きこもり」が社会問題化して、さらに晩婚化・非婚化している現代の日本は、まさに国全体規模で「自閉症」に陥っているのかもしれない。彼らはそんな日本社会を先取りして映し出していたのかもしれない。

そして再び、建築は社会に開き出す...
それは単純にガラス張りにしたりすることではなくて、どう外とコミュニケーションするか、時には受け流したり、自分の世界に篭るスキルも必要だと思う。

これからは社会と自分の交点に立つ建築の時代じゃないかな。

参考文献
住宅の射程/磯崎 新

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