—“わかった気”が一番の盲点になる—
多くの人は「真実を知りたい」「本質を見抜きたい」と口にします。
しかし、実際に“真理”へ到達できる人はごくわずかです。
その差を生むのは、知識量でもIQでもなく、「思考の姿勢」です。
① 自分の見たいものしか見ない
真理を求めるとは、現実を丸ごと受け入れることです。
けれど、多くの人は「自分の信じたい現実」しか見ようとしません。
気持ちのいい意見や、自分の正しさを裏づける情報ばかりを集めてしまう。
その時点で、もう真理からは遠ざかっています。
真実は、しばしば「不快」であり、「矛盾」を含んでいるものだから。
② 反対意見を敵視する
真理とは、常に“両極”のあいだにあります。
にもかかわらず、自分と異なる意見を「間違い」と切り捨てる人は、そのバランスを見失ってしまう。
相手の考えを理解することは、自分の理解を広げることでもあります。
対立を恐れずに、「その人はなぜそう思うのか」と問えるかどうか。
ここに、真理へ近づけるかどうかの分かれ道があります。
③ 言葉の表面で止まる
多くの人は、“意味”ではなく“言葉”で判断します。
「いい言葉だ」「正しいことを言っている」といった印象で終わってしまう。
しかし真理とは、言葉の向こう側にある“体感”です。
言葉を鵜呑みにせず、その裏にある意図や背景を感じ取る感性を持てるか。
ここで、理解の深さが決まります。
④ 「自分の心」を観察しない
外の世界ばかりを分析しても、真理には届きません。
なぜなら、世界をどう見るかを決めているのは“自分の心”だからです。
怒り、嫉妬、不安、承認欲求。
これらの感情がフィルターとなって、真理を歪めてしまう。
本質を見たいなら、まずは「自分の心がどんな色眼鏡をかけているのか」に気づくことです。
⑤ 変化を恐れる
真理を知ることは、同時に「今までの自分が間違っていた」と認めることでもあります。
だからこそ、多くの人は無意識にそれを拒みます。
本当の理解には、痛みが伴う。
けれど、その痛みを避ける限り、人は「都合のいい幻想」の中で生き続けてしまうのです。
真理に近づくために
真理とは、誰かが“教えてくれるもの”ではありません。
それは、自分の中の嘘を一枚ずつ剥がしていく過程の中に見えてくるもの。
つまり、真理を求めるとは
「自分の無知を受け入れる勇気」を持つことです。