「誰かのために生きてしまう人へ」──共依存から抜け出すために大切なこと | 知性の庭
「自分よりも、相手の気持ちを優先してしまう」
「嫌われたくなくて、言いたいことが言えない」
「助けたいのに、なぜか苦しくなる」
それは優しさではなく、共依存かもしれません。
🔹共依存とは、「相手がいないと自分でいられない」関係
共依存とは、どちらか一方が弱いから起こるのではありません。
むしろ、お互いに相手を支え合うことでしか自分を保てなくなっている関係のことです。
「あなたがいないと私はダメ」
「あなたのために生きる」
その裏には、「自分の存在価値を他人に証明してもらいたい」という深い寂しさが隠れています。
🔸“愛”と“依存”は、紙一重
共依存は一見、愛情深く見えます。
相手を助けたい、支えたい、理解したい──。
けれど、気づけば自分を犠牲にしすぎていたり、
相手のために動くことでしか安心できなくなったりする。
つまり、「愛すること」がいつの間にか「支配すること」に変わっていくのです。
🪞「相手のために動く」と「相手に依存して動かされている」は、全く別のこと。
🔹親子関係に潜む“見えない共依存”
この動画で印象的だったのは、「親子の共依存」という視点です。
親が「あなたの幸せが私の幸せ」と言うとき、
それは一見美しい言葉に聞こえます。
でもそこには、「あなたには自由に不幸になる権利がない」という圧力も潜んでいます。
子どもは無意識のうちに、親の感情を優先するようになります。
「怒らせないように」
「悲しませないように」
その結果、自分の本音がわからなくなり、
“他人の感情を読み取って生きるクセ”がついてしまうのです。
🔸回復の第一歩は、「自分の感情に戻ること」
共依存から抜け出すには、相手を変えることではなく、
自分の感情を取り戻すことが始まりです。
「私は今、何を感じている?」
「本当はどうしたい?」
この問いを日々繰り返すだけで、少しずつ“自分の心の声”が戻ってきます。
そして、他人との関係にも**境界線(バウンダリー)**を引けるようになる。
「これは私の問題」「それはあなたの問題」と分けること。
それが、優しさを保ちながらも苦しまない関係の作り方です。
⚖️「支えること」と「支え合うこと」の違い
- 支え合うこと:お互いが自分の人生を生きながら寄り添う
共依存は、前者。
健全な関係は、後者です。
相手を守りたいなら、相手の人生を奪わないこと。
自分を大切にしたいなら、相手に罪悪感を感じないこと。
そのバランスの上にしか、本当の愛は立てません。
💬最後に
共依存とは、「優しさが過剰になった結果の苦しみ」です。
だからこそ、責める必要はありません。
むしろ、その優しさを少しだけ“自分”にも向けてみてください。
「相手を救うように、自分も救う」。
それが、真の意味での“自立”なのです。

