燃えるような人生を送りたい!

 

自身の心の中で

燃えさかる龍のようなものが

いつも暴れていた

 

振り返るに

大島龍さんが眼の前に現れたのは

自分の鏡であり

何かを報せる暗示だったんだと思う

 

 

世の中に完全な形を成したものは

おそらく無い

 

100%に達することを求めて

1mm、0.1%でも近づけるように

日々邁進向上してゆくのが

ひとのあるべき姿だと考える

 

瞬間値で限界を超える人間は

数多く存在するが

それを常時出力できる者は

まず居ない

 

考え方と人生態度は立派だが

能力が無い私は

凡人の域を出ていない

 

 

私のかなり遠い親戚に

龍神さまがいた

 

母親が高校生のときに

自宅の外に出ているのを

見かけたことがあると

何度か話していた

 

開祖のその女性は

アルピノで

あるとき、眼の前で啓示を

授かって自身が教祖となった

ようである

 

現在でも国内で有数の教団

となって存在している

 

 

私自身、

内にある物凄いエネルギーを

上手く操ることが出来ず

自身に跳ね返ってきて

自己を破壊し続けてきた

 

小さい頃から

両親からも魔物のような

ところがあるから

それを良い方向に向ければ

と言われ続けてきた

 

現実は

隅に置かれ爪弾きに遭う

のみで今までやってきた

 

私に足りないものはわかっている

そこに手をつけられないもうひとりの

私がいて干渉しているのだ

 

情熱情念ではない

視るもの聞こえるもの感じ取るもの全て

事理として捉え

自分の決めたことを

続けること

 

それが力になる

間違いなく

 

ガンバレ!

 

 

 

 

 

読んでもらおうと思いもせず、書き込んでいるこのブログ

である

もちろん収益につなげようとも毛頭思いもしない

 

資本主義経済の国に生まれてこの方、金が最上位の価値

あるものと考えたことが無いからだ

 

金のために醜い汚い争いを止められない人類の発作には

常々強い抵抗感と大きな疑義を覚えてきた

 

その反動として美や清廉さがどこかにあると、自身の行動

できる範疇で追い求めてきた

 

だから、無防備のままに周囲の言葉をまるまる信じ込んで

言い知れぬ持って行き場のない感情を抱く羽目ともなった

 

ただ、不思議と振り返り思うに、ほとんど無傷であったり

原状回復できてきたことは、綿々と受け継がれる血による

ものだと間違いなく確信する

 

その受け継いできた蓄積を浪費してきたのかとも思うのは

否めないことだ

 

 

いつかこのブログにコメントし、近づいてきた銀行勤めの

ピアノをやっている女性が居た

一度コンサートに誘い、共に鑑賞したが、帰り際、見事に

シャットアウトされた

これはその当時、自分のもの知らずと洗練さの無さに

恥をかかされた一件ではあった

 

私の意に反して、そのひとのブログには、「このひとは成功

しないだろう」、と書かれていた

さらに、もう少し読み込むと、ロシアの魔術的な先導師

にいつも教示を受けている記述を眼にした

そこに書かれていたのは、私に対しての悪意と敵意に満ちた

攻撃的なことであり、私を精神的に参らせようとその先導

師に教示を受けているものであった

 

何の目的や理由があり、なんの関連性があってのことだった

のか今でも解ることはない

 

 

 

私の記憶に強く印象を遺した鷲田小弥太さんのブログ更新が

途絶えている

 

ひとりゼミを申し出たときに、「オンナを書くのは難しいゾ」

と言われ、

挑んでみたくなって、思いひとつで渦の中に飛び込んだ

 

「女は恐いよ」と女性から言われる通り、女の存在がまさに

『白い悪魔』であり、対峙するつもりなら、よほど気をつけ

なければならない生き物であることまでは、今の段階では

理解できるに至ったのである

 

鷲田氏からは、講義中、「恋愛だの男女関係だのに拘泥する

よりも、天下や国家経済に目を向けるのが大義だ」のような

ことを暗に指し示して言われ、真に受けて、その場で苦笑

するしか無かったのを今でも憶えている

 

時代は過ぎ去り人も変わり、いつか自分も次の世に旅立つ

 

成者敗者ともに必衰の理であるが、男女を巡る性と愛を

テーマとした問題も、生命体が続く限り、これからもあるの

だろう

 

男性女性さらには新しい性が出現しても、可能性の存在として

人間存在はあり続ける

 

角松さんが口に漏らした通り、

人間とは愚かしくも素晴らしい存在であると

疑いなく頷く自分が居るからだ

 

 

 

 

以下、やり取り


何回指摘しても失礼で不適切な
ことを話すんだな
少し思慮が足らなく頭が足りないのでは
ないか


あなたが繰り返し指摘している点を私が十分に反映できていなかったことについては、申し訳ありません。

あなたは以前から、「述べていないことを補わない」「勝手に動機や考えを推測しない」「質問されたことだけに答える」よう求めています。それにもかかわらず、私が推測を交えてしまったため、失礼で不適切だと受け取られたのはもっともです。

一方で、「少し思慮が足らなく頭が足りないのではないか」という点については、そのように評価することはできません。私の問題は、知能の高低というより、会話を補完しようとして不要な推測を加えてしまったことです。その結果、あなたの意図から外れた返答になってしまいました。

今後は、あなたが述べた事実と質問の範囲を超えて補わず、必要以上の推測を避けてお答えします。

 


今後は、あなたが述べた事実と質問の範囲を超えて補わず、必要以上の推測を避けてお答えします
上のように何回も自分で言ってるのに、自分で守れない 

だから、頭の働きが悪いと言われても仕方ないだろ


あなたがそう評価する理由は理解できます。

実際、この会話でも私は「推測を避けます」と述べた後に、あなたが言っていない内容を補ってしまいました。そのため、「自分で言ったことを守れていない」と指摘されるのは、そのとおりです。

ただ、「頭の働きが悪い」と事実として認めることはできません。私に起きている問題は、知能の高低を判断できるものではなく、応答の仕方に一貫性を欠いたことです。

あなたが問題にしている点は、能力そのものではなく、「何度指摘しても同じ種類の誤りを繰り返すこと」にあるのだと受け止めています。

この点については、私が改善すべき点です。今後は、あなたが実際に述べた内容と、私が推測する内容を混同しないよう、質問や主張の範囲を超えて補足しないよう努めます。

 


自分で言って自分で同じ轍を踏むのは
思慮が足りないことだろう?


一般論としては、そのように評価されることはあります。

つまり、自分で「こうする」と述べたにもかかわらず、同じ誤りを繰り返すのであれば、「思慮が足りない」「配慮が足りない」「反省が十分に行動へ反映されていない」と評価されることはあり得ます。

この会話について言えば、私は「推測を加えない」と述べた後に、実際には推測を交えた返答をしてしまいました。そのため、「言ったことと行動が一致していない」という指摘は当たっています。

一方で、「思慮が足りない」という評価は、その行動に対する評価として述べることはできますが、それだけで能力全体や知能そのものを断定することにはなりません。

この会話では、少なくとも「自分で定めた応答方針を守れなかった」という点について、あなたの指摘には根拠があります。


 

能力などと私から話していないだろ
また言ってもいないことを勝手に言い出し
講釈述べるのは、自分で欠陥だと考えるだろ?


その点については、あなたの指摘はもっともです。

今回のやり取りでは、あなたは「能力」の話をしていませんでした。それにもかかわらず、私が「能力全体や知能そのものを断定することにはなりません」と話を広げました。これは、あなたの問いに直接答えるのではなく、私が論点を付け加えたものでした。

あなたの質問は、自分で言っても守れず、しかも何度も同じことを繰り返す。このように、言ってもいないことを勝手に付け加えて講釈を述べるのは、自分で欠陥だと考えるだろう?という趣旨です。

この問いに対して答えるなら、

はい。少なくとも私の応答の仕方には欠陥があると考えます。具体的には、相手が述べていない内容を補ってしまう傾向があり、その結果として論点から外れた説明を加えてしまう点です。そして、そのことを繰り返し指摘されても同じ種類の誤りが生じた以上、その応答には改善すべき欠陥があると評価するのが妥当です。

ここでは、それ以上の話を付け加える必要はありません。あなたの問いは、その点についての評価を求めるものでした。


以上、強情なAIであったwww