鉄道体験、電気機関車と普通電車で鹿島田-沼津-川崎 | のらプログラマの独学と数独と自転車!(仮)

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2月下旬、鹿児島市吉野町に引越、
孟宗竹と雑木でアマゾン化した畑地の間伐作業、
草刈り機とかチェーンソーとか鎌とか鉈とか使ったのら仕事の毎日です。

ここでは、
アイデアや問題の解決策を書いていきたいと思います。
専門家では無いので、
テーマはネタが尽きないように
政治経済から趣味娯楽(数独)まで広く扱います。




さて、今回は「電気機関車と普通電車で川崎-沼津」についてです。



私の生まれ育ったのは鹿児島市北部の
吉野町(津波に縁の無い吉野台地)ですので、
路面電車はおろか鉄道車両には無縁の土地です。


ちなみに吉野町は広く、島津家の磯庭園(仙巌園)、

磯山公園、寺山公園(名探コナンで死者が出た)、吉野公園、御照覧公園、
ゴルフ場、滝の神、(巨大なロケットの様な鉄塔が立ち並んだ)無線基地、


(牛豚だけでなく馬も居た、今は無き)飼畜場、などの広い施設が多々有ります。
豪雨で駅が流された竜ヶ水駅も吉野町です。


ご当地キャラ薩摩剣士隼人の悪役側、

コンコン(吉野狐)の出生の地です。


そんな吉野町で育ったので,
特に鉄道車両にあこがれる事はないでした。

そんな私ですが、
電気機関車や普通電車の運転室や乗るという貴重な体験が有ります。



就職した年ですので、'78年のことです。
JRでは無く「国鉄」の時代です。
順法闘争という言葉が活きていた時代の事です。(おいおい)


そうそう、当時、南武線はお下がりの電車ばかりで、
いろいろな色の車両が繋がっていました。
色弱の私でも判るほどにカラフルと言うかバラバラ!(とほほ)



その体験乗車は
まず、貨物列車の操作場だった鹿島田駅から
EF65機関車で貨物列車を引いて沼津まで、


研修員といっしょにEF65機関車に乗車して発車、
鉄橋手間では汽笛を鳴らさせて貰いました。
不思議と感動したのを覚えています。



さて、機関車が発車すると、
すぐ、運転手さんが、
ATMのブレーカーを切ったのを覚えています。
煩いから切るのが常識とされていた時代です。(おいおい)


つまり、順法闘争が効くのはこの行為が、
あればこそと、
言う事を理解できれば事情通と言えます。




先頭車両(運転席から)の風景は今でこそ、
いろいろなテレビ番組で紹介されていますが、
当時の私には初めての風景でとてもおおきな驚きでした。


特にトンネルに入ると、内部は暗く汚く、

更に、湧き水が滝のように落ちてくる場所が、
いくつもあり驚きでした。



当たり前のように沼津に着き、
帰りは東海道線の普通電車(通勤電車)の運転室に
乗って川崎駅までの乗車体験でした。


まあ、鉄ちゃんなら嬉しいのでしょうが、
当時の私にはあまり関心が無く、社会見学と言う感じでした。


その後、関東に25年以上住み、
京浜東北線と山手線と中央線と利用していて、

何となく鉄道車両の美しさが判るようになり、


鉄ちゃん番組を見ているうちに、
あの乗車体験の希少価値が判った気がしました。(おいおい)




※ ※ 今 日 の 写 真 ※ ※

のらプログラマの独学と数独のススメ!(仮)-201210_1087



やや言葉不足ではありますが、ここで終わりとします。