3月16日から、主人の実家がある島根へ帰省しました。
16日、鳥取県の米子空港へ到着し、実家に1泊し
17日は雲南市にある 「かみくの桃源郷」 へ行きました。
雲南市は、砂鉄を製錬して、鉄を作る『たたら製鉄』が盛んだったところで
『古事記』に残るスサノオノミコトによるヤマタノオロチ退治の舞台でもある
斐伊川流域場所でもあります。
山々に囲まれ、清流の里でもありますので、沢の水はとても澄んでいて綺麗でした。
この地は、ミネラルがギューっと、つまっているのを感じました。
山の栄養(恩恵)がつまっているところは、お米や野菜や果物が美味しいです![]()
桃源郷へ向かう途中、道の駅にて
地域の人達が作っているお団子を食べたのですが
お団子の皮の厚みがあり、もっちもちで、中の小豆も甘さも控えめでお味格別でした。
作っている方々の愛がつまっていて、添加物など入ってないお団子は
デパートなどで、売られているお団子よりずっと美味しいね♪と主人と話をしながら頂きました。
島根では、ペット可の宿泊先が少なくて、(愛犬と一緒なので)
泊まったところは、キャンプ地のコテージでした。
宿泊客は他にいなくて、鳥の鳴き声や、沢を流れる水の音がBGMで
車などの騒音がなく、静寂でした。
この日は寒かったので、あまり外には出ませんでしたが
もう少し暖かくなってくると野外で、水遊びや、
BBQなど楽しむのに最適なところと思います。
近くに 「おろちゆったり館」 という温泉があり
そこは、プールもあるので、水着を持ってきた主人は
プールで泳いでいました(笑)
このやまたのおろち館は広々していて
お風呂は1階に、露天風呂は2階にあり
とても解放感のある温泉処で、主人は大層気に入ってました。
ここでは、愛犬レムリーのリードをせずに過ごしました。
リードをしていると、それを持っている人のペースに沿って歩くことになりますが
つけていなかったので、主人と私の間を行ったり来たりし
自由なペースで歩いていて、気持ちよさそうでした。
そして、いつもリードを持っている私自身がとても軽くなったのでした。
リードを持っているって、こんなに意識することが多くて、緊張もするし
なにより私の自由度が解放された感じがしてびっくりしました。
愛犬を信頼することは、私自身を信頼することでもあります。
先日ブログで書いた、「共依存」ってこのリードと同じことなのだと気付きました。
共依存とは、「愛情という名の支配」 です。
相手の為、良かれと思ってしていることが、気付かぬうちに相手より自分を優先し
相手に自分を満たしてくれるようにコントロール(支配)したいと思う支配欲のことでもあります。
バンダリ(境界線)が曖昧な為、相手の領域に入りこんでしまいます。
共依存は、片側だけでは成立しません。
両者がなんらかしらの「依存」を持っていて成立します。
自分で自分を満たすことが出来ない。
自分で自分を認めることが苦手。
他者に自己の幸せや自己価値を委ね、相手に良いと思うことを言ったり、尽したりしながら
相手を思い通りにコントロールし、自分を満たしています。(操作しています)
構って欲しさに、必要以上の事をし、相手にアプローチしたり
目立つことをしたりもします。
私は、この共依存を持っているので
共依存のエネルギーを発している人を感じることがあります。
私を誉めて~
私を良く言って~
私を褒めたたえて~
と賞賛を求めているエネルギーです。
ここをキャッチした時は、
〇〇さんって素敵~
〇〇さんがいると安心~
〇〇さんは素晴らしい~
と必要以上に褒めている時があります。
本気で、そう思った時は別ですが
自分の内側から飛び出てしまったもう一人の自分が
勝手に口だけでしゃべっている・・・
心がともなっていない状態になり
その方へ依存していきます。
もっと端的にいうと
「分離した自己」です。
共依存者は群れたがります。
常に人と接していないと自分がわからなくります。
一人で何かを決められなくて
自己評価が低く、自己の確立が出来ていなく
他者とのバンダリ(境界線)が甘いのです。
誰にとっても愛する人がいます。
パートナーであったり
子供であったり
家族であったり
友人であったり
同僚であったり
愛する人に、良かれと思い尽くしたり、思いやりを持って接してしるのですが
気付かぬうちに、相手の境界線領域に入り込み
自分の思った通りに事がなるように仕向け自己満足を得ています。
この時の状態は、相手にフックをかけてしまったり
相手の首に紐をくくり、こちらから紐を動かし
思うように相手を操っています。
(愛犬のリードと同じ感じです)
この光景をチャネリングで何度かみたことはあったのですが
互いに好きでやってることだし・・・と思っていました。
(操作したい、操作されたい 関係性です)
また、褒めてもらいたい人は、褒めると喜ぶのよね~♪と
このエネルギーにノッて、それを楽しんでいました。
コントロール(支配)はされる側が大変であることはわかっていましたが
する側にも、こんなデメリットがあったことを
愛犬のリードを通して知ることが出来ました。
レムリーにとってのリードは、愛犬の安全を守る為
また、社会のマナーの為に必要なものですが
このリードで愛犬の自由を奪ってしまうだけでなく
私の真の自由も制限していたことが次々出てきて
コントロールそのものは
とても疲れることなのだとわかりました。
自分ありきの日々を送っているようで自分がみえず、
いったいどこからどこまでが自分領域で、
どこからどこまでが他者領域なのか
わからなくなっていた自分がいました。
全ては、自分が仕掛けてきたのですが
思うようにコントロールできないと(自分の思った通りにならないと)
相手のせいにしていた自分も多々あったことに気付きました。
桃源郷は私に
「もっと自由になりなさい」
と教えてくれました。
互いに自由であることは
相手との距離感、相手を尊重する愛がなにより大切です。
この尊重する気持ちは、私自身がまわりから愛されてきているかを知ることと
その思いを受け取ることで、自然に出来るのだとわかりました。
(受け取り下手だと、いつまでたっても、相手を尊重することが出来ません)
また、大切な家族、知人、友人など
愛する人が自由であることが恐いのではなく
自分が自由になることが恐かった部分もあったことがわかりました。
愛されてないとか、もっと愛が欲しいと思っていて
愛されたいが為に、良く思われたいが為に
束縛したり、コントロールしたり、必要以上の「愛」と称した行為をしてきたのだなと思いました。
(おせっかいも同じです
)
共依存は、前から自分は持っていることをわかっていましたし
その自分と向き合うことが、今、タイミングではあると思っていましたが
こんなにも自由を抑圧し、疲弊しちゃうこと、
同じ状態を、相手も感じとっていたのだとわかりました。
コントロールはする側もされる側も苦しい・・・。
もう手放そうと思いました。
新しい人との繋がり方、関係性を
出雲の地でライトワークをさせて頂き
大切な家族との時間を過ごしながら
気付かせて頂きました。
続きはまた後程~![]()













