※この文章は、私が辿り着いた個人的な結論であり、現在療養中の方や休息を必要としている方を否定する意図は一切ありません。 

2026年のどこかで、このアカウントを完全に削除します。 ここに留まり続けることは、今の私にとって停滞と甘えでしかなくなったからです。

 これまで約9ヶ月間、私はここで自分の痛みを切り売りし、不幸を盾に「悲劇のヒロイン」という殻に閉じこもってきました。自傷の傷跡を「努力の証」と履き違え、無責任な同情に依存することで、現実から目を背けていたに過ぎません。 

しかし私が「つらい」「誰か同情して、助けて」と指を動かしている間にも、私を冷笑していた連中は着実に自らの人生を歩み、力を蓄えていました。
私の人生を、これ以上彼らの酒の肴として消費させるわけにはいきません。 

「環境のせい」「誰かのせい」と被害者の立場に逃げ込めば、努力しない自分を正当化でき、一時的な安らぎは得られます。しかしそれは、自分の人生の主導権を他人に明け渡していることと同義です。

自分の人生の責任を、自傷という形で逃げ続けている、最高にダサくてつまらない人生の送り方をしていました。


これからは。私はもう不幸をアイデンティティにはしません。親がいて、家があって、学校にも行けて。こんなに恵まれていて幸せ者のくせに自傷に耽るなんて、親不孝でしかありません。

他人の顔色を窺い、嫌われないように振る舞うことを「優しさ」と呼ぶのは終わりにします。いままで私がしてきた気遣いはただの臆病の言い訳でした。私が誰かに優しくしようと、誰も喜ばないし微塵も自分に返ってきません。安売りしても擦り減るだけです。抑圧していた怒りや悲しみを自分に向けずに、外側に主張していきます。

これからは誰にどう思われようと、私自身の足で立ちます。自分の弱さからくる失敗は自分で責任を取ります。自己否定の象徴である傷跡を消し、泥臭く働き、成績を立て直します。 

私を「メンヘラ」と笑っていた者たちを見返し、自分の人生を取り戻すことが、今の私の一番の目標です。


いんてぐらる