五才の時に両親が離婚して母親がいなくなった私は 祖母に育ててもらったのだが
戦争や関東大震災の話をよく聞かせてもらった。

話が上手だったので引き込まれて 私はいつも自分がその景色を見ているようになり 寒さや痛みも感じた。

自分の「母親」が「体験したこと」を繰り返し話してくれる。
学校で教わるより先に。
それは まるで自分も体験したかのように私に刻み込まれた。

そして それが祖母からの尊い贈り物だったと気づく。

あれがなかったら私は
周りと少し違う自分の生い立ちと傷だけにとらわれて
本来授かっている「平和で、食べていける時代に生まれた」という幸せに気がつけなかったかもしれない。

今もまだ 戦争や貧困が他の国では起きているけど 他人事としか感じられなかったかもしれない。

この時代の日本に生まれることができた。

それがどんなにありがたいことか 既に宝くじに当たったようなものなんだよ、と
今は私が息子に伝えている。

私のように感受性が強いと 気持ちが入りすぎて自分が落ち込んだり滅入ったりしてダメージを受けてしまうので いい塩梅(あんばい)で伝わってくれるといいなと思う。

なんか とっても綺麗事のような文章になってしまったけれど
辛いときは ほんとに「食べるものがあって、命が脅かされてないことが幸せ」なんだと思い出して 感謝して過ごすことが 救いになります😌

おばあちゃん ありがとう😌

はい、さぼってました、完全に。

なんなら食べたい!って気持ちにもあまりならないので 食事の回数も減ってるし😞
買い物とか料理とか 結構しんどくて(何買っていいかわからない。作るのも作業が多いとオタオタしちゃうし) 惣菜買ってきたり ほんと簡単に調理できるもので精一杯💨

けど正月くらいは それらしい物を食べないと縁起も良くない気がするので 家族が食べそうな物は買い、今年は煮しめはしんどかったので 豚の塊を2つ買って 煮豚を作りました。
あと どーしても食べたかったカニ!スーパーで冷凍のをget♪

んで 食べきれず薄く切って冷凍してあった煮豚とカニを使ってチャーハン作りました⤴️

残り物も消費できるし ちょっと豪華なチャーハンになったし 
あんまり失敗するような物でもないから息子も美味しかったようで 良かったです🍀🍀🍀

少し金欠くらいのほうが 工夫して美味しいものを食べようとするので主婦力が上がりますね💨

当然なんですが これも心の病気の人にとっては できたりできなかったり⤵️

火傷したり 食器を割ってしまったりすることもあったので 無理に作らなくても食事が成り立つご時世に感謝です😌

でも家族はやはり 美味しいものを作った時は喜んでくれているように見えるので 状態がいいときは 美味しいもの作って一緒に味わって
元気になれたらいいな🍀

友人と一時間くらい電話で話せたのも 精神安定に繋がったのだと思います😌

いつも ありがとう!


さて 無職が決定し 今後どうしたものかと(どのみち息子の進路が決まるまでは、動けませんが。) いろいろ準備や情報収集は続けているものの 
経済力も無く、うつである私がこの先も息子をサポートできるかというと 自分のことだけで精一杯なのが本音で😞
パパ(息子の父親)にお願いできることだけが大きな安心になっていました。

しかしパパも最近色々と体調を崩してきていて😞
今まで人生において あまり「大丈夫」だった事がない私は(生きては来られた訳ですが…)とてもとてもとても不安になってしまい 
弱っておりました。

しかし「はじめてのおつかい」を見て 思い出しました。

息子は 常に周りの子より小さくて 歩いたのも喋ったのもオムツが取れたのも 時間がかかりました😌
そのころいつも「ずっとこのままだったら、どうしよう」と不安でしたが 「大丈夫よ!みんないつかはできるんだから☺️」と言う励ましの通り 遅くとも追い付いてきました。

だから きっと大丈夫だよね😌
という気持ちになりました。

現に テレビを見終わったあと、家事の手伝いをしたり 私のことを気遣ったりしてくれています。

普段はほとんど無いことですが💦

あせろうが 悲観しようが 自分以外の事はどうにも変えられないですものね😞

今年を越せればいい。
それぐらいの気持ちで 時間がかかっても なんとか乗り越えなくては。
嵐の時には動かず できる備えをして じっとしているしかない。

人は皆 そうして生きているのだから😌