アダルトチルドレンとは | -でくのぼう日記-

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生きづらさ。
最近になって強く感じます。

僕なりに言葉を選んで、相手のことを考えて、感情をぐっと堪え、嫌な空気にならないように話して…。

我慢している。
本音を言わない。

そんな毎日のような気がして生きづらくなっていることに最近気づきました。

ネットを通して生きづらさを感じる人は多くいて、いろんな事例も読みました。

その中で前々から気になる言葉がありました。
アダルトチルドレンという言葉。

なんだろうと一瞬思うのですが、調べると妙に当てはまることがありました。

僕なりに解釈した内容は
「子どものころに家庭環境の事情がきっかけで、大人になっても生きづらさを抱えていること」

いろいろなケースがあるようです。
実際は英語の言葉なのでしっかりとした定義がありますが、僕はこう解釈しました。

僕も子どものころから、実家での環境はほかの家庭とは異なっていました。

毎日のように両親のケンカがあり、僕は本音はぐっと我慢。

学校では「頑張り屋さん」「まじめ」とは言われるものの、本当はそうしたくありませんでした。

それから学校を卒業し社会人となっても変わらず。
常に人の顔色をうかがって生きてきたようなものです。

そう生きてきたことに今になって気づきました。

今まで、やってみたい仕事、やりたいことはあるにはあったのですが、なんだか仕事しづらい。

何か僕だけが主体的に考え、行動しないといけないときに、何もできなくなるのです。

そう。人の顔色をうかがおうとも、いざ僕が主体となって動かないといけないときには、顔色をうかがう人がいなくなる??

だから、どうしたらいいかわからない。

病気ではありません。
でも、克服したい。

いろいろ調べてみると、まずは客観的に分析して僕自身を受け入れることなのだそう。

今まで人の顔色をうかがい我慢した本音。
まずは心の中で言葉にしてみる。

そして、本音を言わないこと、それが僕自身なのだと認めること。

言わないのがダメだと僕が否定してしまいそうになりますが、「これが僕なんだ」と思うようにします。

じゃあ、それ以外にどうしていけばいいのか。
そこはこれから考えるところです。

本音を我慢すれば外面はいいのですが、もう限界に達し生きていけなくなります。

まだ僕自身、専門家にみてもらったわけではありません。アダルトチルドレンの定義からすれば僕は違うのかもしれません。

ちょっと最近は辛いなと思ったので、僕なりに客観的に分析してみたかった。ただそれだけです。