2018年10月6日 21時33分
私の父は癌によって他界しました。
あれから実に3年。
自分はその半年後の19年4月に社会人となりました。
また関東へ就職する事により、実家を離れました。
関東で1年9か月仕事をし、退職して大分に戻り今は大分で再就職しています。
かなり環境の変化がこの3年でありましたが、
それでもこの3年間は長かったものでした。
私にとってはもう3年以上、父の声を聴いてない気がします。どんな声だったかも忘れてしまいました。
2017年5月に癌が発見されそこから、闘病生活が1年。その後余命宣告を受け、年は越せないでしょう。と言われ。
なぜ俺の父ちゃんが死ぬんだ。と何回も思いました。
周りの友達からも、
「お前の家族、仲良いよな。」
って言われているくらい自他ともに認めるくらい仲のいい家族だったと思っています。
だからこそ、なんでうちなのか。
こんな事思ったらいけないことは分かってますが、他に仲の良くない家族や悪い事してる人たちはいっぱいいるのに。と何回も思いました。
人の死というのは綺麗なものではなく、私から見てもお母さんは本当に大変そうでした。法要は全てお母さんが喪主。10月6日当日は本当に悲しみましたが、次の日、通夜、葬儀、初七日まで一気に駆け抜けたのを覚えてます。私自身も疲れ過ぎてスーツのまま和室で倒れるように寝てたのを覚えてます。
でも、通夜、葬儀には本当にたくさん人が来てくれて。特に小中サッカー部の人は平日で県外にいた人や既に働いてた人もいたのにも関わらず、みんな来てくれて本当に嬉しかったのを覚えてます。そして、焼香をして喪主の方に礼をする時に親友がめちゃくちゃ泣きそうな顔してこっちに来て俺の涙腺が決壊して2人で抱きながらめちゃくちゃ泣いたのも覚えてます。笑
みんなが父ちゃんにメッセージを書いてくれて、その中でずっと友達でいます!って書いてたことも覚えてる。夜にそれを見て本当に崩れ落ちるようにめっちゃ泣いた。
葬儀の時もみんなで一列に並んで礼をして、棺を囲んで円陣組んで。本当はしないけどみんなで棺を持って会場から出させて貰って。
出る時の流してもらった音楽は、「ふり向くな君は美しい」でした。高校サッカーの曲です。父ちゃんが選んだ曲でした。父ちゃんらしいな。と思いました。
そして火葬の点火スイッチ。お母さんと2人で「父ちゃんありがとう!」って言いながら押しました。
火葬待ちの時も、幼馴染が来てくれてて笑って話したりと、本当は笑うの良くないんだろうけど、楽しい事や久々に会えて嬉しい事を隠すのは嫌だったし、父ちゃんが繋ぎ合わせてくれた縁でもあるので、そういう時は素直に感情のままに居ようと決めてました。
今となっては全てが良い思い出で、我が家らしさ全開の葬儀だったなと思ってます。
でも一段落ついて家でご飯を食べるとなった時に、父ちゃんが居ないのを痛感しました。日常が変わってしまった事を本気で感じた瞬間でした。あの瞬間は、死んだ瞬間より寂しかったかもしれない。
本当なら私は父とお酒が飲みたかったです。結婚も見せたかったし、祖父にもさせてあげたかった。
あげればきりがないです。
でも悪いことばかりではありません。近しい人の死を経験できました。本当は経験したくはなかったし、しなくて良かった事だったのかもしれませんが、起こってしまったものは受け止めて次に繋げていかないといけません。
経験したものは必ず次に活かせます。何事も経験と失敗。
父ちゃんの死から1番学んだと個人的に思ってる事は、「悩んでも仕方ないなら、悩まず切り替える事」かもしれません。
それまでかなりネガティブだったんですが、この3年でかなり変わりました。
お母さんも言ってましたが、
「悩んで父ちゃんが帰ってくるなら悩むけど帰ってこんやん。それなら楽しく生きようよ。」
この通りだと思います。悩む事は全く悪では無いですが、いつまでも同じ事で悩んだり、答えが出ないと分かっていて悩むくらいなら一旦切り替えて、楽しい事をしよう。と思い始めました。人生一度きり。楽しく生きなきゃ損だと思います。
「なるようになる」
我が家の家訓です。
「出来ることしか出来ない」
私の座右の銘です。
今の自分もなるようになった結果。今の自分が出来ることも過去があったから。裏を返せば出来ない事はまだまだ足りないから。
社会人としてもそうですし、一個人としてもまだまだ未熟だと思ってますが、少しでも成長したよと言えるようになりたいと思ってます。
私は、私として、父の息子として。
父から色々な事を教われた19年半という期間を無駄にしないよう、これからも自分らしく、父の息子らしく生きていければ。と思っています。
そして、我が家は我が家らしく。いつも笑顔でふざけて楽しい我が家をこれからも続けていこうと思います。
私にとっての家族はいつまでも父ちゃん、お母さん、私の3人です。
散文失礼しました。
では、また次のブログで。





