こんにちは。

 

ブランディング戦略家の鈴鹿久美子です。

 

 



 

今朝のニュースに

しみじみと思うことがありました

 

 




今日はその話をしますね

 

 

 


ハンセン病訴訟の

控訴断念が

発表されたこと

です。

 


 

 

 

 

ちょっと難しそうな話に見えるかもしれませんが

 

 




これは

私が秘書時代に関わった

仕事のひとつでした





ニュースを見て

当時のいろんな顔が浮かんできて

涙がこぼれました





 

当時

私に

この問題について教えてくれたのは

ある新聞記者でした。

 

 




その記者は

秘書になりたての無知な私に

 





ハンセン病の差別が

どんな風にして生まれたか

それが誰のどんな言葉で増長していったのか

国の施策と間違った制度が

どんな悲惨な状況を生み出していったのか




 

 

外見をも変化してゆく

この病気になったことだけでも

苦しいのに

 




家族と引きはがされ

家族に迷惑をかけたと言われ

存在を消され





たとえ

死んだとしても

家族の墓にも入れない





存在を消された人々への

残酷な差別について



その記者は

私に

余すところなく

教えてくれました。

 

 

 

 

 



 

その

当時の国の判断

について


今朝

今の総理が

 

我々は本当に責任を感じなければいけない


控訴しないことを決め

発表たのです。

 





 

 

 

秘書になりたての頃

私は

このような場面で



今の総理が決めたことではないのに

どうして謝ったりするんだろう

不思議に思っていましたが

 

 

 

国の責任者としての立場


そこからの判断であり

言葉なのですね。

 




 

参議院選挙向けと

揶揄する声もありますが

 


90歳を超える当事者の年齢から考えても

何とかして

終わりにしなければならないことだったと

思います。




 





 

 

「らい」と呼ばれ

強制的に施設に隔離され

家族も差別をうけ 

生きる人々を描いた

 




「あん」という映画

 




ご覧になった方も

多いのではないでしょうか







亡くなられた樹木希林さんが

ハンセン病の当事者を演じた作品でした







樹木希林さんの

当時の言葉です。

 





 

映画の中に出てくる





「世間は怖いよね。

でも、一番怖いのは俺だ」





という台詞について

 





「一番怖いのは自分だ、と。

世間の何かを糾弾するときも、

常に自分を疑って見る。

これを私のこれからの、

指針にしていこうと思いました」

 

 

と。







 

 

私は

議員秘書という仕事のなかで

様々な事実に

出会ってきました





差別は

心の弱いところ

見えない不安に

潜んでいるのだということも

教えてもらいました






国を相手に戦う

国賠訴訟なんて

ただの無謀だと言われていた時代から







薬害エイズも

薬害ヤコブ病も




そしていま

ハンセン病が



戦いの終わりを迎えます。









ニュースを見て

新聞記事を読んで






当事者の方々の顔が思い出され





今朝は

泣けて泣けて

仕方がありませんでした。







もう二度と

同じ間違いが繰り返されませんように