こんにちは。
ブランディング戦略家の鈴鹿久美子です。
先週の出張で、
ローカル電車を乗り継ぎながら原稿を仕上げなければならないことがありました。
やっと来た電車に大荷物を抱えて乗り込み
指定席を探し進んでゆくと
ちょっと
いやーーな予感・・・。
3歳くらいの子どもが
「あまーーーいの、あまーーーーいのちょーーーーだーーーいーーーーーー」
と絶叫しているのです。
いつもなら
「そんな躾のされていない子どもはガッツリ叱ってやればいい!」
とでも思うのですが
早く書いて送らなければならない原稿のことで
頭がいっぱいで
その近くの席でないことを願うばかり
だったのですが
ま、
そういう時はそんなもんです。
私の席は、
絶叫するその子どもとお母さんの真ん前。
でも、
そんな不運に身をゆだねる暇はありません。
とにかくこの電車が着くまでに原稿仕上げて
Wi-Fiが飛んでる都心にいるうちに送信しなければなりません。
頭はそれでいっぱいでした。
しかーーし、
私の「耳」は子どもの絶叫でいっぱい。
「ぎゃーーーっ!ふぎゃー!だーーっ!だめだめぇえええーー!」
ギャースカ怪獣の絶叫は続きます。
ただ、
母親は子どもを放っているわけではないようでした。
「シーーッ!静かにして」
とひたすら子どもに
「シーーッ!」をし続けています。
そのうちに静かになることを願いながら
私はPCを開き原稿を打ち始めました。
――ま、集中したら気にならないから。
ところが、
こんな時に限って
そうはいかない。
その絶叫マシーンは
ヘラヘラ笑いながら
(多分)ぐにゃぐにゃに身体をねじらせ
私が座っている座席の背を蹴り
シートを掴んで揺らし始めたのです。
ここまでくるともはや「集中」は困難。
後ろを振り返り叱ろうかと思った瞬間
お母さんが
「申し訳ありません!すみません!こら!○○君!」と
子どもを叱る様子になってきました。
私は
振り返って叱りつけようとしていた衝動を押さえ
黙りました。
しかし
子どもはおとなしくなるどころか
奇声に加えて
アクロバット的なパフォーマンスが加わえ始めました。
行動に拍車がかかっています。
お母さんの声も負けずに続きます。
「○○君、だめよ。静かに!ここはお家じゃないの」
――そうそう。
お母さん、頑張れ。
ギャーーーっ!あまーーいの!あまーーーーーいのーーー!
ふぎゃーーー!
お母さん
「○○君、ねっ!しずかに!」
「すみません、本当に」
「お母さん、メッ!するよ!」
「皆さん、すみません」
「○○君、もう、お友だちのところにいくのやめるよ。」
と続きます。
それでも
子どものギャースカ怪獣は納まるどころか
エスカレートする一方。
お母さんの声のトーンが落ちてきました。
「○○君」
――あれ?
「おねがい。おねがいだから静かにして(懇願風)」
――おねがい、ってお母さん。
「もうお母さん、困っちゃうから、おねがい、静かにして」
ギャースカ怪獣は変わらず暴れまくっています。
「○○君、おねがい。シーーッ!ね。お母さんのおねがいだから」
私は
ここで
プチっと切れました。
――「お願い」ってなんじゃ!
私は
座席の真後ろに向かって振り向き、
その母子を見やってから
お母さんに目を向け
こう言っていました。
「お母さん、
子どもを叱るなら、本気で叱らないと!
この子、お母さんのことナメてますよ。
だいたい
子どもに「お願い」なんかしたらダメよ。
電車の中で騒ぐなら電車から出す!
ひとりで帰りなさい!って言わないと。
ここは家ではないから、
静かにできない人は乗れないのって教えて、
ここから放り出すことよ。
そのくらいの覚悟を子どもに見せないから
舐められるのよ。
もっと大きくなったら
この子、手が付けられなくなるわよ。
それにこのままじゃ
この子も世間から嫌われるのよ。
頑張って!お母さん!」
私、一気に言ってしまいました。
まぁ、初めてのことでもなく
私にはいつものことなんですけど。
お母さんは驚きながらもぽかんとしていました。
でも
子どもは違いました。
速攻
椅子に座り直し
静か―――に
窓の外を見ている(フリをしています)。
静けさの戻った車内で
私も、
自分の座席に座り直し
原稿の続きに取り掛かりました。
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子どもは世の宝。
ダメなものはダメ、と教えなければなりません。
躾は
子どもに「おねがい」して、
やってもらうものではありません。
理屈ではなく
「ダメなものはダメ。できないならここから出てゆきなさい」
これを貫き通すしか、
真剣さを伝える方法はありません。
子どもに真正面から真剣に向き合うことです。
この後、
静かな環境は終着駅まで続き、
私は無事に原稿を書き終え送信することができました。
駅で降りるとき
その子と一瞬目が合いました。
「静かにできて偉かったね」
と言うと
照れくさそうにうつむいて
照れ笑いしていました。
伝えることに真剣であること。
その子には
私の言葉が通じていたと
改めて思った、
小さな出来事でした。




