こんにちは。
ブランディング戦略家の鈴鹿久美子です。
秘書が国会議員を呼ぶとき、
自分の議員には、
衆議院であれば名字を付けずに「代議士」と呼びます。
「うちの代議士さぁ」とか、
愚痴をこぼすときも、こんな風。

他の事務所の議員の場合は「先生」と呼ぶことが多く慣習となっていて
「オタクの先生、文春砲の後もお元気よねー!」
なってことも。
その「先生」の中で
今はもう
あちらの世界にいってしまわれた方々もたくさんおられますが、
中でも思い出深い、
というか
忘れられない方が何人かおられます。
そのおひとり、
中井洽(なかい ひろし)先生の思い出です。
私が就いていた議員が所属する
内閣委員会というところで、
ある法案の改正案を議論していました。
それは、
委員会の下の組織で、
政党ごとの部門会議の中の
更に小さな「死因究明PT(プロジェクトチーム)」と呼ばれる組織で
毎日のように議論をしていたことがありました。
私は秘書ですので、
所属する先生の事務所とスケジュール調整をしたり、
資料を作ったり、
会議室を押えたり、
また、
自分の代議士の代わりに他の議員に意見をお伝えに行ったり、
仕事は山のようにありました。
難題を抱えながらも
日夜努力の甲斐があり、
いよいよその法案も
委員会採決まであと一歩というところまで進んだとき、
「付帯決議」といって、
本案(法案)に運用上の注意などを決議する場面で、
難しい議論となり、
先生方も秘書も政調も
毎日
すったもんだやっておりました。
そして
やっとの思いで「委員会採決」がなされたときの
安堵感、達成感は、
今も忘れることができません。
この日、
リーダーであられた中井洽先生は
政調や秘書達をも慰労する会の
陣頭指揮を執ってくださいました。
皆笑顔の宴席で、
先生は
「キミ、ちっとも飲んでいないじゃないか。
今日は僕らが感謝する会なんだから、遠慮してはいけないよ」
と、
秘書に至るまで周囲に配慮する様子に私はちょっと感動していました。
宴席に慣れているとはいえ、
他のどの若手の議員よりも、
参加しているひとりひとりへの
目配り気配りが
細やかという他ないのです。
中井先生は、
その頑固さゆえにお名前の「洽」を「蛤」になぞらえ
「中井ハマグリ」先生
と呼ばれていました。
それは、
普段でも「ハマグリ先生、出席されるのねー」などと言われるほどに、
秘書の間でも常用語化していました。
頑固で怖そうな「ハマグリ」先生が、
出席者皆に気配りする姿に
感動して見入っていたことがありました。
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ちょっと長くなりますので
ハマグリ先生のエピソード 続きはまた明日・・・
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鈴鹿久美子著書
「会う人すべてがあなたのファンになる 一流の魅せ方」


