毎年9月28日は、アーノルド・キアリI型症候群の国際デーです。この日は、この神経疾患に対する社会的認知を高め、科学的研究を促進するとともに、患者さんやそのご家族を支援することを目的としています。

 

当研究所およびキアリ&脊髄空洞症&脊柱側弯症基金は、アーノルド・キアリI型症候群および関連疾患の診断、治療、研究に取り組む医療専門家、患者団体、各種機関とともに、この国際的な取り組みに参加しています。

 

アーノルド・キアリI型症候群は、キアリ奇形I型とも呼ばれ、脊髄に他の奇形を伴わず、小脳扁桃が大後頭孔を通って下垂することを解剖学的特徴とする疾患です。その発症原因については、現在も研究が続けられています。

 

この記念日の目的は明確です。疾患への理解を深め、研究を促進し、患者さんを支援することです。

アーノルド・キアリI型症候群に対する理解を深める

多くの人々は、アーノルド・キアリI型症候群について十分に知らず、この疾患が脳のみに影響するものだと考えている場合があります。

 

しかし、この疾患の症状や臨床的な現れ方は、患者さんによって大きく異なります。無症状のまま経過し、別の理由で受けたMRI検査によって、偶然、小脳扁桃の下垂が発見される患者さんもいます。

 

一方で、生活の質を大きく低下させる症状を引き起こし、場合によっては重大な障害につながることもあります。

症状は神経系の様々な領域に影響を及ぼす可能性があり、以下のようなものがあります。

  • 頭痛、頸部痛
  • めまい、回転性めまい
  • 四肢の筋力低下
  • 感覚障害、神経障害性疼痛
  • 平衡障害
  • 嚥下障害
  • 睡眠時無呼吸
  • 不眠症
  • 記憶力や集中力の低下
  • 発話障害
  • 背部痛、腰痛

患者さんによって症状や経過は異なるため、診断および治療は、それぞれの状態に応じて個別に検討する必要があります。

アーノルド・キアリI型症候群に関する当研究所の研究

研究は、当研究所の活動における重要な柱の一つです。

 

キアリ&脊髄空洞症&脊柱側弯症基金の支援のもと、当研究所の研究部門では、終糸病と、アーノルド・キアリI型症候群、脊髄空洞症、その他の神経疾患との関連について研究を行っています。

 

この研究では、牽引理論が提唱されています。この理論では、先天的な異常により過度に緊張した終糸が、中枢神経系全体に持続的な牽引力を及ぼす可能性があり、それが小脳扁桃の下垂や特徴的な症状の出現に関与する可能性があると考えられています。

 

この考え方に基づき、「終糸システム®」という低侵襲神経外科治療法が開発されました。この治療では、病的な牽引を解除し、疾患の進行を抑制することを目的として、終糸の切断術が行われます。

 

当研究所の臨床経験によれば、この治療法は、アーノルド・キアリI型症候群の治療に従来用いられてきた大後頭孔減圧術や、その他の外科的治療法と比較して、神経外科手術に伴うリスクを大幅に軽減することができるとされています。

 

当研究所のミゲル=B・ロヨ=サルバドール医師(Dr. Miguel B. Royo Salvador)の医療チームは、この病態生理学的仮説について研究を継続し、科学論文を発表することで、この疾患に関する知識の発展に貢献しています。

アーノルド・キアリI型症候群の患者さんを支援するために

キアリ&脊髄空洞症&脊柱側弯症基金では、患者さんの生活の向上を目指し、以下の活動を行っています。

  • 科学的情報の普及
  • 医療従事者の教育および患者さんへの情報提供
  • 研究活動の支援
  • 終糸病に関連する疾患を持つ方々への社会的支援

多くの国では、公的医療制度ではカバーされていない高度な専門治療へのアクセスが困難な患者さんがいます。その一例が、終糸システム®による治療です。

 

キアリ&脊髄空洞症&脊柱側弯症基金では、皆さまからのご寄付を通じて、経済的な理由から治療を受けることが困難な患者さんに対し、当研究所で専門的な治療を受けるための経済的支援を行っています。

 

この支援活動にご協力いただき、より多くの患者さんが専門的な治療を受けられるよう支援したい方は、キアリ&脊髄空洞症&脊柱側弯症基金へのご寄付をご検討ください https://chiarifoundationbcn.com/donar/.

アーノルド・キアリI型症候群国際デー:疾患への理解を共に広げましょう

アーノルド・キアリI型症候群国際デーは、現在も十分に知られておらず、診断に至っていない患者さんがいるこの疾患について、改めて社会的な関心を高める機会です。

 

科学的研究、正確な情報発信、そして医療専門家、研究機関、患者さんの協力は、診断の向上、新たな治療法の開発、そして患者さんの生活の質の改善に不可欠です。

 

この9月28日、当研究所およびキアリ&脊髄空洞症&脊柱側弯症基金は、アーノルド・キアリI型症候群に影響を受けるすべての方々のために、研究、専門的医療、そして患者支援への取り組みを改めて継続していくことを表明します。

 

 

 

 

症例番号:18155

診断名:アーノルド・キアリI型症候群(小脳扁桃下垂)、脊髄空洞症、歯突起後屈、複数の椎間板症、神経頭蓋脊柱症候群、終糸病

終糸切断手術施行日:2017年2月21日

手術時年齢:11歳
術後経過観察日:2026年7月24日
経過観察時年齢:21歳

9年間の経過観察における臨床経過

症例番号18155の患者さん(本人の希望により氏名は非公開)は、11歳の時にロヨ医師率いるチームによって、終糸システム®を用いた終糸切断手術を受けました。手術から9年後、術後の経過を評価するため、当研究所で経過観察を受けました。

 

治療前には、さまざまな程度の頭痛があり、身体的な負荷やバルサルバ法(いきみ動作)によって誘発されていました。頭痛は頻繁に生じ、主に後頭部および前頭部に認められ、吐き気、光過敏、音過敏、前向性記憶障害を伴っていました。

 

また、身体的な負荷の後に肩の痛みが生じるほか、ときどき上肢全体の力が抜けるような感覚や、歩行時に生じる左鼠径部の痛みも訴えていました。さらに、下肢の突然の脱力発作や、手足の熱感、腫れたような感覚、かゆみを伴う症状もあり、これらは手術前の数か月間にみられていました。

 

術後数年間に行われた複数回の経過観察では、症状にいくらかの変動が認められたものの、臨床経過は良好でした。現在では、症状が大幅に軽減し、その中には何年も前から消失している症状もあるとのことです。

神経学的所見の改善

術後の経過観察時に実施された神経学的検査では、それまで認められていた客観的な神経学的所見の大部分について、完全または部分的な改善が確認されました。

 

具体的には、眼振、下肢に対するミンガツィーニ徴候およびバレー徴候、腱反射、足底反射、腹壁反射などの改善が認められました。

手術前後のMRI画像

2016年に撮影された術前のMRI画像では、患者さんの臨床像に関連するとされる複数の所見が認められました(図1、図2)。

主な所見は以下のとおりです。

  • 頸椎の生理的前弯および胸椎の生理的後弯の消失
  • 小脳扁桃下垂:環椎後弓下縁の中央付近から軸椎後弓上縁まで
  • 歯突起後屈
  • 椎間板症:C3-C4、C4-C5、C5-C6、C6-C7、T8-T9
  • 第2頸髄における脊髄空洞症、ならびに頸髄および胸髄における虚血・浮腫(第10胸髄まで確認)

Descenso de las amígdalas cerebelosas y su posterior ascenso

図1 症例番号18155の頭蓋頸椎MRI画像:2016年の術前画像(左)と2026年の術後画像(右)。小脳扁桃の下垂と術後の上昇が示されています。

Cavidad siringomiélica en C2 y su desaparición en el control postoperatorio

図2 症例番号18155の頭蓋頸椎および胸椎MRI画像:2016年の術前画像(左)と2026年の術後画像(右)。第2頸髄に認められた脊髄空洞症と、術後の経過観察時におけるその消失が示されています。

終糸切断手術から9年後の画像所見

終糸システム®を用いた終糸切断手術から9年後の2026年に実施されたMRI画像では、術前画像と比較して変化が認められました。

主な所見は以下のとおりです。

  • 脊髄空洞症の消失
  • 小脳扁桃の上昇
  • その他の所見については、術前画像と比較して大きな変化は認められない

術前・術後のMRI画像を比較することで、9年間の経過観察期間における小脳扁桃および脊髄空洞の変化を確認することができました。

治療結果に対する患者本人の評価

治療結果についての主観的な評価として、患者さんは症状の80%が改善したと述べており、この手術は非常に有用であったと回答しています。

 

また、当時はご両親が決定した治療でしたが、患者さんご本人は、もし再び選択する機会があれば同じ手術を選ぶと述べ、終糸システム®を用いた終糸切断手術を推奨しています。

長期的に見られる良好な術後経過

本症例では、小児期にアーノルド・キアリI型症候群および特発性脊髄空洞症と診断され、終糸システム®を用いた終糸切断手術を受けた患者さんについて、9年間にわたり臨床的および画像上の改善が維持された経過が示されています。

 

患者さんが21歳の時に行われた経過観察では、症状の大幅な軽減、複数の客観的な神経学的所見の完全または部分的な回復、およびMRI画像上の変化が認められました。特に、小脳扁桃の上昇と、術前に認められていた脊髄空洞の消失が確認されました。

 

本症例は、小児期に治療を受けたアーノルド・キアリI型症候群および特発性脊髄空洞症の患者さんにおいて、終糸システム®を用いた終糸切断手術後の長期的な経過を観察した一例です。患者さんご本人による治療結果の主観的評価も良好で、QOL(生活の質)の改善が報告された症例です。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

当研究所のホームページからご覧になる場合はこちらから。

夏になると、スペインをはじめ世界各地で気温が高くなります。このような高温環境は、さまざまな神経疾患の症状を悪化させる可能性があります。

 

当研究所でも、終糸病、アーノルド・キアリI型症候群、特発性脊髄空洞症、神経頭蓋脊柱症候群の患者さんから、猛暑時には症状や体調不良が強くなるとの報告を多くいただいております。

暑さはなぜ神経症状を悪化させるのですか。

一般的に、高温環境は既存の神経疾患の症状を悪化させることがあります。極端な暑さは脳の機能にも影響を及ぼし、特に神経疾患や精神疾患のある方、小児、高齢者、慢性疾患を有する方では、その影響を受けやすいとされています。

 

人体には、体温を約36.7~37℃の範囲に保つ体温調節機構が備わっています。気温が高くなると、体温調節を担う脳の視床下部はより活発に働く必要があります。しかし、暑さが体の代償能力を超えると、この調節機構が十分に機能しなくなり、体温の維持が困難になることがあります。

 

また、暑熱ストレスは神経伝達にも影響を及ぼし、見当識障害や意識の混乱、さらには意識消失を引き起こすことがあるほか、既存の神経症状を増悪させる可能性があります。

暑さとアーノルド・キアリⅠ型症候群

アーノルド・キアリⅠ型症候群では、頭痛は最も代表的な症状の一つです。

 

猛暑時には、高温によって脳血管が拡張しやすくなるため、頭痛発作の頻度が増えたり、拍動性の頭痛が強くなったりする可能性があり、日常生活への支障がさらに大きくなることがあります。

 

また、暑さは睡眠の質を低下させ、新たに不眠を引き起こしたり、もともとの不眠を悪化させたりすることがあります。睡眠不足は片頭痛発作の誘因の一つとして知られており、症状の悪循環につながることもあります。

 

さらに、暑熱ストレスによる神経機能への影響は、終糸病の患者さんにみられることのある記憶力や集中力の低下、気分の変調などの症状をさらに悪化させる可能性があります。

高温と特発性脊髄空洞症

特発性脊髄空洞症の患者さんでは、高温環境によって、慢性的な疲労感、疼痛、感覚異常、四肢の筋力低下、歩行・運動機能の低下、温覚・痛覚の異常などの症状が悪化することがあります。

 

また、高温は疲労感を増強させるだけでなく、感覚障害を悪化させ、多量の発汗や蒸し暑い環境と相まって、歩行能力や運動機能、さらには日常生活での自立性を低下させる可能性があります。

夏の注意点

暑さに弱い方々と同様に、アーノルド・キアリⅠ型症候群や特発性脊髄空洞症の患者さんには、夏の間、次のような対策が推奨されます。

  • こまめに水分を補給する。
  • 日中の最も暑い時間帯の外出や直射日光を避ける。
  • できるだけ冷房の効いた環境で過ごす。

また、終糸病に関連する疾患をお持ちの患者さんは、外出や移動の際には、できるだけ一人で行動せず、ご家族や同行者と一緒に行動することをお勧めします。万が一、安全で涼しい環境から離れた場所で症状が急激に悪化した場合にも、一人にならないよう事前に計画を立てておくと安心です。

終糸システム®を適用して終糸切断手術を受けた術後

当研究所では、ミゲル・ロヨ医師率いる医療チームが終糸システム®を適用し、これまでに2500名以上の神経頭蓋脊柱症候群の患者さんに終糸切断手術を実施してきました。その結果、多くの患者さんに症状の改善が認められ、その中には体温調節機能や血液循環の改善を実感された方も含まれています。

 

また、頭痛、不眠、認知機能や気分の障害、慢性疲労、筋力低下、疼痛、運動障害などの症状が、治療後に軽減または消失することがあります。その結果、高温環境に対する耐性が向上したと感じられる患者さんもいらっしゃいます。

バルセロナでお待ちしております

この夏、初診や定期診察のために当研究所へお越しになる患者さんは、基本的な暑さ対策を実践していただくことで、暑い季節でも安心して専門医療を受けていただけます。

 

また、診察の合間には、バルセロナの街並みや海岸、美しい地中海の景色も、より快適にお楽しみいただけることでしょう。

 

---------

当研究所のホームページからご覧になる場合はこちらから。

毎年7月22日は、世界脳の日に制定されており、世界神経学連合が2014年から推進している取り組みです。その目的は、脳の重要性、その機能、脳の健康に影響を及ぼす要因、そして正常な機能を損なう可能性のある神経疾患についての認識を高めることにあります。

 

当研究所は主に、アーノルド・キアリI型症候群、特発性脊髄空洞症、特発性側弯症など、脳幹・脊髄・脊柱に関連する疾患の研究と治療に取り組んでおりますが、この世界脳の日に際し、上記疾患の共通原因である終糸病が、脳を含む中枢神経系全体に影響を及ぼす可能性があることを強調したいと思います。

終糸病は脳にどのような影響を及ぼしますか。

終糸が神経系に異常な牽引力を及ぼすことにより、脳の構造や機能に変化が生じる可能性があります。その結果、終糸病と診断された多くの患者さんには、脳領域に起因すると考えられる神経症状が認められます。

 

アーノルド・キアリI型患者にみられる頭痛と片頭痛

 

小脳扁桃下垂を伴うアーノルド・キアリI型症候群の患者さんに最もよくみられる症状は、頭痛です。

 

主な特徴は次のとおりです。

  • 後頭部、後頭頸部、または前頭部の痛み
  • 吐き気や嘔吐を伴う片頭痛
  • 神経学的前兆の有無はさまざま

また、頭痛には以下の症状を伴うことがあります。

  • 眼窩後部痛
  • 羞明(光に対する過敏症)
  • 音過敏(騒音に対する過敏症)
  • かすみ目
  • 耳鳴り
  • 難聴
  • 言語障害(言葉が出にくい、発音しにくいなど)

頭痛の程度は軽度から日常生活に支障をきたす重度までさまざまで、持続時間も数時間から2~3日間に及ぶことがあります。薬物療法で改善する場合もありますが、一般的な治療薬に反応しにくい症例も存在します。

 

発症頻度も個人差があり、月1回程度から毎週、あるいは2週間ごとに起こることがあります。

終糸病に関連する睡眠障害

終糸病の患者さんに、生活の質に大きな影響を及ぼす睡眠障害がみられることがあります。代表的なものは以下のとおりです。

  • 入眠困難
  • 中途覚醒
  • 睡眠時無呼吸
  • 過眠症(比較的少数)

質の高い睡眠は、脳の健康維持と認知機能の正常な働きに不可欠な要素です。

メンタルヘルス・記憶・認知機能

さまざまな研究や臨床経験から、終糸病、とくにアーノルド・キアリI型症候群を伴う場合には、神経心理学的機能にも影響を及ぼす可能性が示唆されています。

 

報告されている症状には以下が含まれます。

  • 気分障害
  • 認知機能障害
  • 注意力・集中力の低下
  • 記憶障害(特に前向性健忘)
  • 言語障害

これらの症状は、患者さんの日常生活や自立した生活能力に大きな影響を及ぼすことがあります。

終糸病に関連する頭蓋頸椎移行部病変

頭蓋底および頭蓋頸椎移行部には、アーノルド・キアリI型症候群にしばしば合併するさまざまな解剖学的異常が認められます。これらは、発育過程において終糸による力学的牽引が加わることによる終糸病の現れである可能性があります。

 

代表的な病変は以下のとおりです。

  • 頭蓋底陥入症
  • 扁平頭蓋底
  • 歯突起後屈

上記病変は神経症状の発症に関与する可能性があり、専門医による適切な評価が必要です。

脳の健康を守ることの重要性

人間の脳は、身体の中で最も複雑な器官であり、中枢神経系の中核を担っています。脳内に存在する数百億個もの神経細胞は、運動、記憶、言語、感情、学習、さらには生命維持に不可欠な臓器の働きまで、さまざまな重要な機能を調節しています。

 

そのため、脳の健康を維持することは、あらゆる年齢において非常に重要です。 脳を守るためには、次のような生活習慣が推奨されています。

  • 定期的に運動を行う。
  • 栄養バランスの良い食事を心がける。
  • 知的活動を積極的に行い、脳を刺激する。
  • 十分な睡眠時間を確保する。
  • ストレスをできるだけ軽減する。
  • 神経症状がみられる場合には、定期的に医療機関で診察を受ける。

早期診断と専門医療の重要性

持続する頭痛、睡眠障害、認知機能の低下、言語障害、その他の神経症状が現れた場合には、正確な診断を受け、それぞれの患者に最適な治療方針を決定するため、専門医を受診することが推奨されます。

 

原因を早期に特定することで、患者さん一人ひとりに合わせた治療法を提示することが可能となり、生活の質の向上につながります。

 

2026年世界脳の日にあたり、当研究所は、脳の健康について正しく理解し、その大切さをあらためて認識していただくことを呼びかけるとともに、終糸病が中枢神経系全体に及ぼし得る影響についても、理解を深めていただきたいと考えています。

Pregnancy and childbirth in Arnold-Chiari I

終糸病、アーノルド・キアリ奇形I型、および特発性脊髄空洞症と診断された女性患者からは、妊娠、分娩、ならびに妊娠・分娩期に選択可能な麻酔法について、多くの相談が寄せられます。

 

これらの疾患は、妊娠中に生じ得るリスク、最も安全な分娩方法、さらに適切な麻酔法の選択に関して、患者本人だけでなく医療従事者にとっても大きな懸念事項となることがあります。

アーノルド・キアリ奇形I型、特発性脊髄空洞症、終糸病患者における妊娠

一般的に、これらの疾患を有する患者では、妊娠前に十分な医学的評価を受け、脳神経外科的治療の適応があるかどうかを検討することが推奨されます。

 

妊娠中は、産婦人科医、麻酔科医、脳神経外科医、および神経内科医による多職種連携のもとで経過を観察し、母体と胎児の双方にとって最適な個別管理計画を策定することが重要です。

 

産科的観点からは、分娩方法や麻酔法について、すべての患者に共通して適用できる単一の推奨は存在しません。それぞれの症例について、臨床症状、脳神経外科的既往、画像所見、および脊髄・頭蓋頸椎移行部の解剖学的特徴を総合的に評価したうえで、個別に判断する必要があります。

妊娠中および分娩時における神経学的リスク

アーノルド・キアリ奇形I型については、一部の研究者が次のように述べています。

「妊娠および分娩時に生じる生理学的変化、陣痛に伴う疼痛、ならびに血行動態の変動は、とくに併存疾患を有する患者において、頭蓋内圧に影響を及ぼす可能性がある。」

 

一方、終糸病およびこれに関連する疾患では、脊髄形成異常に伴う病態であることから、次のように指摘されています。

 

「胚発生期における脊椎形成異常に起因する病態では、脊髄円錐が通常より低位に位置していることがあり、その結果、神経軸麻酔(脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔)の施行時に脊髄損傷のリスクが高まる可能性がある。」

 

この点は、経腟分娩および帝王切開時に神経軸麻酔を選択する際の重要な検討事項となります。

終糸病患者における硬膜外麻酔および脊髄くも膜下麻酔(脊椎麻酔)

終糸病およびこれに関連する疾患は、妊婦を担当する麻酔科医にとって臨床上の課題となることがあります。その理由として、これらの疾患は産科診療において比較的まれであり、十分な経験を有する医療機関が限られていることが挙げられます。複数の研究者は、次のように述べています。

 

「これらの疾患は、分娩を担当する麻酔科医にとって課題となる。産科領域では発生頻度が低く、十分な臨床経験が得られる機会が限られているためである。」

 

このため、産婦人科医は、患者の診療に携わる神経内科医および脳神経外科医と密接に連携し、包括的かつ安全な周産期医療を提供することが望まれます。

アーノルド・キアリ奇形I型女性>患者における帝王切開と経腟分娩

分娩方法については、一部の研究において次のように報告されています。

 

「アーノルド・キアリ奇形I型と診断され、外科的治療を受けていない患者では、予定帝王切開が選択されることが多い。」

 

一方、当研究所の医療チームの経験では、終糸病、特にアーノルド・キアリ奇形I型および特発性脊髄空洞症を合併し、当研究所の終糸システム®による手術を受けた患者では、神経軸麻酔(硬膜外麻酔または脊髄くも膜下麻酔)を施行する前に、脊髄円錐の位置を画像検査などにより慎重に評価することが推奨されます。

 

その目的は、穿刺部位を脊髄円錐より尾側に設定することにより、脊髄損傷、脳脊髄液漏、その他の麻酔関連合併症のリスクを低減することにあります。

妊娠・分娩に関する医学的推奨事項

妊娠および分娩の管理は、一人ひとりの病態に応じて個別に評価されるべきです。そのため、これらの疾患を有する妊婦には、以下の事項が推奨されます。

  • 担当するすべての専門医に相談すること。
  • 産婦人科医、麻酔科医、神経内科医、脳神経外科医の間で十分な情報共有と連携を図ること。
  • これまでの脳神経外科手術歴および現在の神経学的状態について詳しく伝えること。
  • 必要に応じて、最新のMRIなどの画像検査結果を提示すること。

このような多職種連携による周産期管理を行うことで、母体および胎児双方にとって、より安全性の高い妊娠・分娩計画を立案することが期待されます。

参考文献

  1. Neuraxial anaesthesia for the parturient with intracranial pathology. C. Warrick, W. Schievink and M. Zakowski. BJA Education, 25(1): 38–45 (2025).
  2. Pregnancy complicated by neurological and neurosurgical conditions – The evidence regarding mode of delivery. Adam Morton, Obstetric Medicine, 2022, Vol. 15(1): 11–18.
  3. Epidural Anesthesia for Cesarean Section for Parturient with Recently Diagnosed Asymptomatic Chiari Malformation Type I: A Case Report. Ashie Kapoor, MD, Jon Halling, MD. HCA Healthcare Journal of Medicine (2021) 2:6.
  4. Malformación de Chiari tipo I en una embarazada. Reporte de caso. Diana Marcela Hoyos-Guerrero, Rafael Leonardo Aragón Mendoza, Michel Hernández-Restrepo, Erika Andrea Alba-Romero. Ginecol Obstet Mex 2023; 91(2): 133–139.