夜中に金沢に到着。中心市街地は駅から遠く離れているが、トコトコ歩いていく。この離れ具合は新潟と似てる。地方都市全般そうなのかもしれん。もっきりやでライブやっていたのだが間に合わず。サイモンコスグローブという人の。ええと、名前知らない人の音をどんどん聴こうという気持ちです。入れなかったで、近くのpapermoonというところでウイスキーを1杯だけ。そのあとふらふらと金沢探索。夜、新天地で客引きの婆に声をかけられる。だから今回はそういうのいらないよ。12時過ぎまで街中を徘徊して、漫喫へ。あっという間に寝る。翌朝5時起床。不思議と目が覚める。ぼやぼやした頭で街を歩く。川沿いに出る。川が巡っていることの豊かさは郡上八幡にもあったが、それは。
朝、なぜかマックが食いたくなりメガマフィン。
朝から兼六園。で、とても豊かな光景なのだけども、それを手入れしているじいさんとばあさんが光景になじんでいる。ここでも中国人観光客。芭蕉の句、赤々と日はつれなくも秋の風。金沢城への水道。芝生と苔の分布、植栽の分布。空白を埋めるかのような囲い。民芸美術館で浦和高校の池田京史君のspring chairを見て感じ入る。浦和高校は文化祭の門が有名らしい、むべなるかな、彼は門作成の隊長だった。
10時を過ぎたので21世紀美術館へ向かう。内外と半透明の概念を徹底的に推し進めるとこうなるのだなあという建築だと思います。これが成立するのは、物理性が削ぎ落とされたアートだから、なんてことを思ったり。充分なんですね、プロジェクタとモニターとがあれば。陰影効果とかそういうのあんまりいらない。空間性によるアートっていうのが、唯一ジェームスタレルとアンジェロで。彼ら建築じゃない。タレルは建築的ではあるんだけど、あまりに空白というか時間の概念がないというか。風化しちゃったら終わりというか。それで言えばスプツニ子がやっぱりトリだったのだろうな。意味がどんどんメタ化してって、作品内容よりもそれを形成した人脈や環境に話が行ったときやっぱり若い女性っていうどうしようもないアドバンテージになってく。これを俺は超えたい、超えなきゃならない、ゆえにイースタンユース。岐阜へ向かう。
郡上八幡
・岐阜からバスで2時間、郡上八幡。城下町プラザで降りて街をぶらぶらする。宿の予約取ってなかったので、何件か飛び込みで聞いてみたが、今日はもうやってない、との返事。まあそうだよな。都会じゃねーんだから。結局吉田屋で宿をとる。これがこの旅唯一のホテル泊。こういう旅って一人だよな。荷物を置いて街を見て回る。予想以上に大きく、そしていたるところ整備されていて驚く。ディテールまで気が抜かれてないの。デザインされてるというか、気が届いているというか。それは立ち寄ったそば屋兼飲み屋(俄、てなまえだったか)でもわかったが、観光客のいない平日は、街の人らが普通に寄り集まっている。ほかの店でもそうだった。地域のコミュニケーションが濃すぎるのだろう。それゆえにホールの姉さん達はチャキチャキにならざるを得ないし、ま、俺のようなどっちつかずには大変に居心地よろしくないのだろう。この土地で狂ってしまう人もいるかもしれないと思いかけたが、深夜に道を徘徊していたときに聞こえてきた歩道べりの水路のせせらぎを聞いて、これならば狂わないと思った。200年続く、ずっと続くだろう、この土地は。もともとのインフラ整備(水路、樋。下水などの水系)が歴史的に整備されていたことは幸運であったのでしょう、温泉とかの、観光資源でなく住の生活基盤が既存の財として初期装備されていたことは、必要経費のかからないくらし、として優位だった。豊かだったのだろう。加えての公益拠点としての性格から、地場の生産能力を超えて発展しえたのでしょう。そしてやはりここにもあった、ジャズの流れ。土取利行、桃山晴江の世界。正直、youtubeで探した音源は退屈極まりなかったが、それがもたらした力はなんだったのか。そしてなぜどこかしこでジャズは行われるのか。地域が文化で語られる時に、近世の為政者の影は薄くなり、そこで生きている民、じいさまとばあさまの皺があちこちに刻み込まれる。下水の整備と樋屋の稼業については興味を持ちました、この街の。
翌朝は早く起きて郡上城を見学。早すぎて空いてません。最上段の東屋の柱丸太がギミックで作られていて笑う。まあこれが食玩に起源しているわけではないのだろうけど。無駄に高いところに上り、城下を眺める。昔はこれがさぞ絶景だったのだろうけど、それは今も変わらない。土地の物語を少し教えてもらっている気になる。山を降りて街を歩く。象設計の作品も見た。水の径はかなり自然に染まっていてよかった。実に街全体が矍鑠としている。演劇もいいものがやっているっぽい。それでも俺はここに住みたいとは思えない。ミカナさんがここに住みたいと思った訳を聞きたいと思った。
九時をすぎると博覧館が開き、中国人観光客が雪崩をうって押し寄せる。いかにも富裕な人々だ。正直にいえば腹の出た醜い中高年だ。皆ろくに展示など見ていない。郡上踊りの説明をするチャキチャキの女の子が中国語を節々に交えながら郡上おどりを実演して見せていた。通訳のガイドが通訳するたびに拍手が起こる。この光景にいささか思うところはある。展示が終わり、土産物コーナーにたまっている人々を通り抜けて、表通りを歩いているとまた別の団体が。道端では、開店準備をしている喫茶店のママさんが店の前の花壇にしゃがみこみ、手入れをしていた。その横をずんずんと通り過ぎる観光客たち。やはり思うところはある。観光で生きていく、と決めた人たちの誇りの所在、というのを知りたいと思った。城下町プラザから岐阜行きのバスに乗る、途中、円空研究館を通る。



















