インサイドのブログ

森の中で道が二つに分かれていた。そこで私は、人の通っていないほうの道を選んだ。全くの違いが生じたのはそこからだ。

矛盾と一貫 ~二つの点~


 ――マイクは途方にくれていた。彼は大画面のテレビがほしくてたまらなかった。友達はたいてい持っていた。今度は自分が買い換える番だ。友達のアパートでスポーツ番組を見た経験から、最低36インチの画面のものがほしいと思っていた。マイクは土曜の午後を家電チェーン店めぐりに費やした。36インチから60インチまでの大きさのテレビを見た。フラットスクリーンもプラズマ式も、前面投射型プロジェクターも後面投射型プロジェクターも見た。ソニーもパナソニックも、三菱、JVC、RCA、デーウ、フィリップス、サムスン、シャープ、東芝も全部見た。今度は図書館に行って、各機種について商品比較情報誌がどんなことを書いているかを調べた。次にインターネットでユーザー報告を読んだ。週末を3回使って、20時間以上もかけてあれこれ考えた揚げ句、マイクは待つことにした。「これは大事な決断だ。失敗はしたくない。情報と選択肢の量に圧倒された。もう少し時間をかけて考えてみよう」



 あらゆる意思決定を最適なものにしようとしても、人は普通それをするのに十分な時間とエネルギーを持ってはいないものだ。決定的に重要な決断とそうでないものを区別しなければ、真に重要なものが不当に軽視されることになる。要するに、すべての決断が同じように重要なのではないということだ。自分にとってどんな決断が重要でどんな決断が重要でないのかを自分で定義する必要がある。その上で、重要なものにより多くの時間と労力を向ける必要がある。
 では、決断の重要度の基準とは何だろう。ある決定の重要度は、その決定が将来に及ぼす効果に正比例して増大する。同じく今日行う決定でも、今後20年の人生を形づくる決断のほうが、影響が数ヶ月しか残らない決断よりはるかに重要度が高い。
 マイクが新しいテレビを買うのを延期したこと自体は何も問題ではない。だが、迷っている彼を見ると、これが果たして本当に重要な決断なのだろうかと考えさせられる。そのテレビが10年後、20年後の彼の人生に何か影響するだろうか。


 何十年も前から投資やキャリアのアドバイザーが「目標を持ちなさい!」と口をすっぱくして言ってきた。目標がなければ、いつまでたっても適切なタイミングで合理的な意思決定をすることができない。一貫性のない決定をしがちな人や、決心するまでに永遠とも思えるような長い時間ぐずぐず考え続ける人を見ると、問題はたいてい目標がないことに行き着く。レストランで注文するといった日常的な決定であろうと、職業の選択といった重要な決断であろうと、目標がなければ、ほとんどの場合不本意な結果になる。


 合理的であることは一貫性があることを意味しており、一貫性を持つには目標が必要だ。二つの点を結ぶ直線がその間の最短距離であるように、今自分がいる地点から到達したい地点までの最短距離が合理性なのだ。
 目標がなくては合理的になれないし、重要な決定事項とそうでないものを区別できない。そのため、先を見越して計画しないことが、効果的な意思決定の唯一最大の障害とされている。


 自分は何を達成したいかが分かっていないと、合理的な意思決定をすることは不可能とまでは言えなくてもかなり難しい。目標がなければ近くしか見えず、比較的確実な結果が得られる選択肢ばかりに注目し、長期的な結果を軽視しがちになる。
 したがって、自分の目標は何か、何を優先したいのかをはっきりさせておく必要がある。1年後はどうなっていたいだろうか。10年後、30年後はどうだろうか。目標がはっきりと具体的に描かれているほど、今の決断がその目標につながるかどうかが判断しやすくなる。また、その目標からそれてしまいそうな選択肢も簡単に排除できるようになる。


 まず、自分の価値観と優先事項を見きわめることから始めよう。自分にとって重要なことは何だろうか。このとき社会的なプレッシャーや社会規範に影響されてはいけない。自分の内面に踏み込んで自分は何を楽しいと感じるのかを探るのだ。たとえば、周りの人全員が、成功とは広い土地つきの大きな家を持つことだと言っても、それがあなたの成功の定義だとは言えない。都市生活の便利さを楽しめる足場のよい都心のマンションに住むのが一番幸せかもしれない。自分の価値観と優先事項が分かったら、目標を導き出すことができる。


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 あなたは、どの方向へ向かっているのか?もしも方向を変えないのならば、今進んでいる方向に行き着くことになる・・・・・・。なぜなら、人生は一つの方向にしか進まないからだ――毎日、私たちは、そうであったかもしれない状況ではなく、現実に絡み合った状況に直面する。自分がしたかもしれないことではなく、現実にあることと現実の自分に直面する。そして、その地点から歩きだすしかないのだ。かつて自分がいた場所からでもなく、また自分が望んだ場所からでもない、現に自分がいる場所から歩みだすのである。


 この世で一番大事なことは、自分が「どこ」にいるかということではなく、「どの方角に」向かっているか、ということである。


 目的を持って始めるということは、目的地をはっきりさせてから旅立つことである。目的地を知ることで、現在地もさらによく分かるようになるし、いつも正しい方向に向かって歩み続けることができるようになる。