今年の8月のお盆、15日に、近藤誠医師が亡くなったというニュースが、舞い込んできた(13日逝去、享年73歳)。

近藤誠、元慶應大学放射線 講師 言わずと知れた「がん放置療法」という奇想天外な理論を繰り広げていた氏なので、今回の逝去は、世間に動揺と誤解を与えている。

「患者よがんと闘うな」「あなたの癌は、がんもどき」「医者に殺されない47の心得」「どうせ死ぬなら「がん」がいい」「抗がん剤だけはやめなさい」

菊池寛賞まで、受賞した医師は、希有な存在でもある。

 

慶應内進者の超エリートである近藤氏だが、途中から出世コースから外れグレタというが。どうなんだろう。

小沢一郎が、経世会の会長選で、小渕恵三に負けて、野党となり政権をひっくりかえすことに熱意をもやす。

それに似たものがあったのだろうか。

 

私は近藤理論という、放置療法という内容については、適切ではないとおもっていますし、実は放置しながら患者を苦しみから救う、薬物療法(麻薬)、排便困難なら

ステント療法を推進したので、ほったらかしというのは余りにも乱暴な世評だとおもう。

 

私は近藤理論は、ともかく彼の功績は、医療の腐敗構造、医師の傲慢、患者の権利の主張を患者会と共におこなってきたいこと。

これは、今当たり前の、エビデンスに基づく治療、インフォームドコンセント、セカンドオピニオンなどなど。

彼がつくったわけではないが、そのあたりの認識を患者に、勇気づけた力は、唯一無二であったとおもう。

 

お医者様も、赤髭、清貧とは、かぎらない聖人君子ではない腐敗している部分、研究のための医療による犠牲。インチキの日本独自のエビデンスなどなど。

医療に纏わる、不浄な世界も暴露させた。

「魂を売れば何でもできるのが医師だと」近藤医師の明言

本当にそう感じる。

今の医者に聴かせたいものだ。

 

 

ただ途中から、様々な本を書きまくり、門外漢の話題にもふれ、行き過ぎた面はみとめるが、患者の権利を確立させたのは、氏の功績だったとおもう。

先日も紹介した、下記の本ですが、実は近藤誠氏と著者がご縁が、あったようで、結構詳しくのべられている。

 

ただ、上記の本もそうだが、自分は近藤シンパではないとかいてあるが、どこかで肯定しているようにおもう。

近藤理論の是非を問うつもりはないが、余りにも極端な理論をかみ砕ければいいが

信望した人に対して、責任は大きいのではと。

近藤誠はTVでもみないので、知らない方は知らないのですが、100万部もの本を売り、ほとんどベストセラー作家だったのでその影響は大きい。

近藤理論も、こんなことをいって恐縮だが、ご自分が平均寿命までいきこそ、医療否定が肯定される部分があるような気もする。

ご自分はご自分の信念を貫かれて逝去されたので、ある面悔いはないのかもしれない。しかし、近藤信者は、何処へ向かえばいいのか。

彼の理論は全部ウソであるという、大合唱と共に、近藤理論、そして、先ほどものべた医療の浄化、患者の権利向上への功績もが、消えて亡くなってしまうとすれば、

悲しいし残念なことである。

繰り返すが、近藤氏の功績は、閉鎖的な腐敗した医療を浄化し、患者の権利を堅持させたことにある。

これは、彼と一緒に歩んできたソレイユやイデアフォーなどの活動より、レボリューションともいえる功績であるのではなかろうか。