自分の人生にとって、何が影響といえば、多くの方は、自分の努力とか、また素質とか、いろいろな、捉え方があるでしょうか。

まあ、何にして、「健康なら、頑張ればなんとかなる」ということも、よくいわれます。

しかし、二十歳前後から、強直性脊椎炎という病、当初は不明の病気、カリエスとか

いろいろな疑いをかけられて、始めは段発的に起こるから、怠け病という、そしりもうける。

私の若い頃は、インターネットなどないし、勤務の仕方も、毎日、満員電車に揺られ

額に汗して生きてくことが、生きる印のように思われてきた。

 

今みたいに、オンライン勤務のようなことも、在宅勤務なども認められることもなく

いろんな意味で、自由でなかった。

平日の昼間にぶらぶらしているのも、失業者、無職のようなあつかいで、迫害もされていたといえよう。

 

若い頃から、with強直性脊椎炎と出会った私は、まさに強直性脊椎炎という生き方をせざるをえない、状況にいつもあったといえよう。

 

今、ほぼ還暦ですから、ほぼ半世紀近く、病気が人生の目標ではあるはずもないが、共に生きるという方法しかなく、今日まできている。

 

しかし、年と共に、その他多病に悩まされ、年と共に、色々な病気と共に生きなければならず、人生の方向性は、常に病との共存共生でしかない。

 

これらのハンディをもちながらも、よくぞここまで生き延びられたのは、ある面で、

自分なりの勲章でもある。

よく生きるための、金銭の問題が、多くの問題の最重要課題に取り上げられるが、確かにその通りでお金がなければ、生きていけない。

しかし、それより大切なのは、人に頼るとか、行政に頼るとかと言うことも大切なのだとおもう。

他人は、頼りならないなんて、ことはない、行政だって、他人だけど、使い方しだいでもある、親の加護から、抜け出して、一人住まいの難病患者もよく拝見するが、

分からないでもない。

親族は、時に、難病の犠牲者になったりもするが、友人知人は、そうはならない。

もちろん行政もそうでしょう。

人に頼ったらいいとおもう、そしたら、なんとか生き延びられるかもしれない。

そして、額に汗などと、バカなことをいわれても、ドンマイだ。

 

反社会的なことは、もちろんNGではあるが、しかし、地を這っても生きて行く、

見栄など捨てることで、なんとか人生最後までをまっとうできるのでは。

難病人として社会的弱者であることは事実ですが、極端に人や社会に甘えるのはよくないが、だいたい社会(他人や行政)は、何もしてくれないということを言う人は人間不信ではないだろうか。

そして、助けられたら助けてあげることだ。

その前に、人の力になることが先決ではないだろうか、それが自分にかえってくることが、あるかも知れない。ということでもある。それを見返りにしてはいけないし、

もちろんかえってこなくてもいいと、無償の愛をもつことでもある。

誰も助けてくらないという人に限って、助けてもらうことギブ、ギブに熱心である。

まず、自分に余裕などなくても、人を含めた社会に貢献することでもある。

 

もともと生産性が高いか低いかで、人間の価値が、決まるわけでもないだろう。

人望は大切だが、それを得たら恩返し、それが大切なんだろうと。

もう少し頑張って見るか、どこまでいけるだろうか。

 

同病相憐れむは、やめて、もう少し視野を広く、生きてみよう。