順天堂大学の躍進とその背景 ~凋落の兆し~
気がつけば、順天堂大学は偏差値の面で私立医学部の雄・慶應義塾大学医学部に迫る存在となっている。
この躍進の背景には、小川理事長の存在が大きい。前理事長・石井氏(京大出身・脳外科)から順天堂の生え抜きである小川氏へとバトンタッチされたことで、順天堂は本格的な改革を進めてきた。かつては鉄門(東大医学部)出身者が教授を占め、どの診療科を回っても東大派閥が支配する状況だった。しかし、小川氏が皮膚科教授から学長、そして理事長へと昇進するにつれ、少しずつ生え抜きの教授が増えていった。
順天堂の名を一躍高めた要因として、心臓血管外科の天野教授(元・日大医学部)を一本釣りし、現上皇陛下の心臓手術を成功させたことが挙げられる。しかし、順天堂の実力の基盤は、それ以前から築かれていた。たとえば、順天堂初代膠原病内科教授の塩川氏(東大出身)が日本初の膠原病内科を設立し、その後、免疫学の奥村康教授(千葉大学出身)を迎えたことで、免疫学と膠原病内科の連携が進んだ。これにより、順天堂は基礎医学の分野でも鉄門派閥に匹敵する存在となった。
また、病院としての順天堂の躍進には、VIP病棟の設立が大きく寄与している。山内整形外科教授が病院長に就任した際、特別病棟を整備し、多くの著名人が順天堂に入院するようになった。山の上ホテルを招致した食堂は、病院とは思えないホスピタリティを提供し、病院の評価を飛躍的に向上させた。
この時点では、病院の格は一流だったものの、医学部としてはまだ二流扱いであり、慶應、慈恵、日医には及ばなかった。しかし、病院のステータスは高まり、多くの政財界・芸能界のVIPが順天堂を選ぶようになった。小渕総理が搬送され、美空ひばり、渥美清、森光子、本田宗一郎、井深大など、多くの著名人が入院したことで、「富裕層の病院」としてのブランドが確立された。
とはいえ、課題もあった。一般外来は比較的利用しやすいものの、新病棟建設後は大部屋が激減し、庶民が急な入院をすると1泊3~4万円の個室しか選べないという状況になった。私は「一般の人は国公立や公益病院を選ぶべき」と常々考えていたが、その理由の一つがここにある。
また、当時の順天堂は、名医が揃っているとは言い難い面もあった。例えば、小渕総理が脳梗塞で倒れた際、記者会見を開いたのはパーキンソン病の専門医であり、「もし徳洲会のような高度な脳卒中治療を行う病院に運ばれていれば助かったのではないか」という声もあったほどだ。
この状況を打破すべく、小川理事長は天野教授を招聘し、心臓外科のブランドを確立。さらに、大学改革にも着手し、学費を約1,000万円引き下げたことで、一気に偏差値が上昇。これにより、長らく私立医学部の序列を形成していた「慶應、慈恵、日医」の枠組みに変化が生じ、今や「順天堂が慈恵を抜いた」とする意見すら出てきている。
順天堂の成功は、単なる心臓外科の躍進だけではなく、基礎医学、臨床医学、病院経営、大学運営の多方面にわたる改革の成果であるといえるだろう。
現在、順天堂は、本院、練馬病院、浦安病院、静岡病院、越谷病院、その他も含めて、直轄の大学病院を有している。その中ではポストも多く、ほとんどが生え抜き(順天堂出身)で固められつつある。
しかし、元々順天堂は「名医より良医」という発想で、開業医を育成する大学としての礎を築いてきた。そのため、開業医向けの大学としては偏差値が高いという声もあり、また開業医としての基盤も旧医専である慈恵、日医には及ばないのが現実である。
例えば、慈恵は港区、目黒、世田谷などの山の手地域で開業医が多く、日医は下町方面では「国立の東大、私立の日医」と双璧をなしている。開業医は下町関係では日医の強さが際立っており、医局の応援もあるため、開業のしやすさでは順天堂より優位にある。
一方、順天堂が偏差値を上げても圧倒的に不利な点がある。それは、順天堂本院や各大学病院以外には、大学や病院の実績(ジッツ)が極めて少ないことである。これは慈恵や日医には太刀打ちできない要素であり、また、慶應のように北里、東海、聖マリアンナ、埼玉医科などの関連病院網を持つわけでもない。
総合すると、順天堂は今や偏差値だけで評価される大学となりつつあり、内部での出世か開業医の二択の選択肢に限られている。東大、慶應、千葉大学の医学部には到底かなわず、旧医専である慈恵や日医にも病院の実績や開業支援の面で劣る。
順天堂は、数十年前は平凡な開業医養成大学だったが、今では慶應を追う私立医学部のトップに近い存在となった。しかし、歴史ある慈恵、日医には及ばず、国立旧六医専には遠く及ばない。
最大の懸念点は、首脳陣の高齢化である。順天堂を躍進させた小川理事長、免疫学の奥村特任教授なども80代中盤であり、数十年も同じメンバーで支えてきた。この世代交代が訪れた際、順天堂の未来がどうなるかは未知数である。
順天堂の出身医師たちも、今後はより謙虚な姿勢を持つことが求められるだろう。
もちろん、病院のジッツは、昔よりは大学、教授、医局からの派遣の力は弱くなり、フリーエイジェントで、病院は選べる時代となったので、順天堂が慈恵、日医よりジッツがないといっても、大した問題ではないという意見もあります。
しかし、はやりまだまだ有名病院は、国立旧帝大、旧国立六医大、私立御三家(旧私立医専)慶應、慈恵、日医の色々な地域でのネットワークにより医学界は支配されていることを知るべきである。
そんなことを書いている間に、順天堂がかねてから予定していた、埼玉の800床の病院計画が頓挫したことが決定となりました。
順天堂も偏差値に奢らず、土台を固めておかないと、順天堂バブルと言われないように感じます。
常に何事にも歴史と伝統があります。そのことを見て、受験生も医学部の選択をして欲しいと思います。