友の会脱会は、表題の通りだったが、

還暦を過ぎた今は、バカなことをおもったと自戒の念もある

しかし、その時は若気のいたりだったし、

今も、実際、再入会したら、またそうおもうのだろうか。

 

近頃おもうことは、医者だった井上会長や田中事務局長が、

どっちが会長だっただろうか。どうされているのか、

消息がさえわからない。

ホームページはあるようだが、相変わらず、コンタクトが取りにくい

閉鎖的なのはいただけない。

無人島で、であった仲間のような感覚は希少難病同士

絆であったはずだが、もう晩年なのだから、ノーサイド

出会いたい気もするが、その中に今も飛び込めないのはつらい

東京では、三井記念、三井リウマチクリニックが、頑張っていたが、

ご高齢でしょうし、どうなったかな。

みんな、AS患者のよりどころは、友の会にあるのでしょうか。

 

若い人たちは、患者は生物製剤やジャック製剤で救われたの

でしょうか。

情報がないのです、どなたかAS友の会の消息があったら、是非

連絡がほしいと思います。

コメントください。

強直性脊椎炎にかかって、30年以上はたっただろう。

今は生物学的製剤、低分子のジャック療法があるからというか、どちらも

余り推進しない。

私は、ある医者とPT(理学療法士)協力、鍼灸士、更に再生医療も交えて

研究会を立ち上げた。

「強直性脊椎炎」緩和ケアープロジェクトというわけだ、緩和ケアーというと

末期緩和を思い浮かべられる方も多いとはおもうが、強直脊椎炎の方だったら

痛み、辛さをなんとかしたい、それが念願であったといえるでしょう。

40歳になったら、痛みは治まる、確かに痛みのピークは越えられるのの、痛みと

身体の硬さ不貞愁訴には、一生悩まされていることが多いのでは。

積極的な療法は避ける、簡単にいえば、シンプルな治療をめざすということで、

中心は、精神の健全化とプラセボ効果であります。

 

人工関節、骨切り術などは、特に異物を身体に入れると、サイトカインが暴れ出す

したがって、OAなどの関節症とは違っていることを知らないと、身体が更に固まる原因をつくることになるということで、人工物の手術は避ける。

 

おもには、理学療法やら、鍼灸師の緩和療法なのだが、できればその前に、

最新の再生医療を入れたい。幹細胞という声のありますが、高すぎる

PRPなら、一クール4回で10万代~30万ってところだろう。

もちろんPRPも、細かくいえば、何十種類もあります。

まあ、インプラント(歯科)30万~50万の時代だから、まあ、庶民にも

出せるギリギリの金額でしょうか。

お金がなければ、別にカルボカインなどの局部ブロックでもかまいません。

運動療法、自然治癒をききだせれば、変形した股関節は、骨棘に変化して

治癒にむかいます。骨棘は、決してわることではありません。

元々、骨とうには、神経は少なく決して痛みは、骨棘が作り出しているわけでもなく

多くの誤解があります。

確かに人工骨とうは、進んでおり、脱臼もほぼないですし、一週間で退院できます。しかし、強直性脊椎炎では、別のメカニズムが働き、人工物を入れることに疑問も

あります。OA患者ほどは、人工骨頭で回復できなのが、アレルギー膠原病の範疇にある強直脊椎炎の大きな問題です。

あとは、少しのビタミン剤、食事療法、近いうちに、まさかエビデンスは作れまいが、○○式、AS治療法として代替医療、自由診療としてやろうとおもっています。

実は様々な試みから、強直性脊椎炎には、実は再生医療の幹細胞もダメです。

PRPは意外に良く利いたという実感が多くの方にありました。ただ分母が数十人なのでエビデンスはできませんが。

まさに、治すという発想から、緩和ですよね。

この療法で、こんぴら宮の、あの階段を上りきったって方もいる。

走れた人もいる、痛みのない生活に多くの人が近付けたらとおもう。

ちょっとしたことで、走れる人、杖を外せる人、

毎日10000万歩、歩ける人もこの療法ででてきました。

革命ではありません、発見です。緩和です。

でも、きっと頭脳が元気になれば、痛みも歩行も治ります。

究極は脳を治すといったほうが良いのかもしれません。痛みを感じるのは脳ですから、それと不定愁訴が重なって痛みが、辛い症状がつづくのです。

リリカやデパスは、短期的には意外に聞きますが、中毒性があります。トラムセットもそうです。

自然療法で治せたらいいですね。完全はないですが。

 

近頃、何十年もかつて昔の同病仲間に会わないどころから、付き合いいわゆるLINEとかSMSでもなんにもない。

メルアドは出しても、戻ってくるだけ、まあしかたない

異端として生きて行くつもり。

とはいっても、あるドクターが、同病患者を50人ほどあつめたので、

新たな療法を試みる、エイエスミックス療法かな。

 

日本AS友の会は、どうなったいるのだろう。

脱会から何十年連絡してみたが、音沙汰がない。

電話番号ちがっているのだろうか。

ま、どうでもいい、いつかその会で発表できるぐらいになったらいいなと

春の夢のような話だが、やってみて医療機関の協力があれば、自由診療で、

一クール10万ぐらいで出来たらいいなと。

 

年があけたら、何かをはじめよう。

年末から年頭にかけて、その年の目標を漠然ときめる。

 

しかし、世の中は、コロナも収束へ向かい、回り始めてきて

どこも、ここも、活気で、溢れている。

元々、引きこもり、皆が活発に動きはじめると。

物怖じしてしまう。

どちらかというと、コロナの緊急事態宣言、まん延防止のほうが

自分の性には、あっている。

夜になり、知り合いに連絡いれて、こっそりバーに入れてもらう。

マスターとサシでのんだり、友人と。

たまには、お気に入りの女性とも....

そんな、こそこそした雰囲気は好き。

 

まもなく、マスク解禁、なんか5類にして、インフルエンザ並

するとも聞く。

ワクチンなし、マスクなしで。通してきたが、PCRはいつも陰性

 

回りをみると、結構オミクロンになってからは、もう別もの、

多くの人が感染している。

家族中が、インフルエンザにもかかったが、私だけ陰性

ま、免疫が高いのか、バカだからなのか。

バカが風邪を引かないというのも、まんざら嘘でもない。

 

 

万平ホテルが、取り壊されはじめている。

寒い、寒い軽井沢。

 

東京に戻る途中だが、友人から借りた別荘をあとにする。

ASには、歩きはキツイが、車一つで、何処にでもいけるが。

冬期は、チャリがつかえない。

ASにチャリは禁忌のようにおもう。

これですっころんだら、もう終わりというような気がして、

四駆の車で、そろりそろり。

六十近くのわたしが、軽井沢のとざされた空間ですごした

今年もそろそろ、東京にもどろうかと。

軽井沢ストーブは、とてもいいが、火の始末が...

 

近頃の軽井沢は、東京からの移住者が増えて、土地も高騰

でも、そういう住宅は、作りもよく、半袖で中で暮らせそうな

家がおおい。

 

築半世紀をとっくにこえた、しよう不可に近いあばらやで、

石油ストーブと軽井沢薪ストーブで、過ごす。

でもコタツが最高、掘りごたつがあるのです。

 

東京に戻っても雪なので、延期だなあ。

病院の定期検診も延期。

しばらく、執筆作業をつづける。

 

東京で、可愛いあの子がまっている

いかなくちゃああ。

 

ハッピーバースデーは、よく女性に使うネタとして使う。

その他、クリスマス、最近では、バレンタイン、ホワイトデーと、ハロウィンもある。これらも女子との食事会でよく使うアニバーサリーってやつ。

 

明治生まれの祖母に育てられたので、誕生日はおろか、クリスマスでさえ、祝わない習慣が身についている。

すべて、正月で、祝いは終わり。一月一日に年齢が変る、数え年で、育てられた、

西洋がクリスマスなら日本は正月があるからと。一歩も譲らない。

明治生まれの祖母の影響は大きい。

なので、人や家族のは知っていても、家族も私だけ誕生日はやらない。

 

誕生日祝いなど、営業でもよくやったもんだが、祝ってもらった記憶は、

全く無い。望んでないのでそれでいいのだが、人の誕生日、その他アニバーサリーも内心馬鹿馬鹿しい。という気持ちもある。

とはいえ、還暦、米寿、などいは、節目としていいと思うが、その年の年内にやればいいので、誕生日に拘る必要はない。

まあ、一つ大切にしてるとすれば、結婚記念日だろうか、これは、個人でなく夫婦の行事なので、互いの意向がかさなれば、それは大事にしなければとおもう。

 

巷の中には、年に何回も誕生日のある、女子を相手にしているなかで、家内の誕生日位はやらないわけにはいかないでしょう。

アニバーサリーばかりの日本、なんかなあ、ちょっと違うようなどうなんだろうか。

 

それにしても、女って、なんで御祝い、アニバーサリーすきなんだろうって、

気持ちは全然わからず、しょっちゅうやってる私は、バカ

 

やっぱり原点回帰、最大のアニバサリーは、お正月、今年は喪中だから

しめやかにというより、やらないのが習わし。

日本の年中行事、大切にまもりたいものです。

 

本年も宜しくお願い申し上げます。

blogももう10年ぐらいやっているかな

何のblogかは不明だが、継続はちからなり

 

 

コロナ禍をふりかえると、ご無沙汰してしまった方の訃報が届くと切ない気持ちになる。2021年6月26日,順天堂大学名誉教授の山内裕雄先生がお亡くなりになられた。昨年に逝去されたということなので、正直最近まで、しらなかった。

あまり順天堂大とは近頃接触がないことと、コロナ禍下で訃報が伝わりにくかったのか。

いずれにしても「手の怪我」第一人者、順天堂大学という医大をここまでの旧医科大学レベルにしたのも、山内先生の功績かもしれません。

順天堂本院のVIP専用病棟など、新病棟を建て替え、病院として敷地も買い取って(戻し)食堂は山の上ホテルレストランを入れて、お茶の水といえば順天堂病院と名門病院の一角を担った。慶應、慈恵、日本医大の旧医大の双璧と言わて久しい。

受験性は、学費が二千万前半となって慶應、順天と双璧で人気が高い私立大学と言われるまでになたのも山内先生病院長時代の功績と言えるかもしれません。

もちろん、順天堂大学の小川理事長の力という声も多いが、礎は山内先生の力も多かったとかんがえる。

当時の順天堂の教授は、東大医学部、鉄門出身ばかりでしたが、ご多分にもれず山内先生も鉄門出身でしたが、その後の順天堂の整形教授は黒沢先生(鉄門)その次を機に生え抜き(順天堂出身)が台頭しはじめます。

現在は、半分以上が母校出身でしょうか。

これは、小川理事長の意向なのでしょうが、「名医より良医]のスローガンを崩し、

天皇の執刀医を、日大出身の天野先生らの名医を一本釣りするなど、生え抜きに拘るわけなく、「名医も良医」もというような両輪に舵をきった。

見事に関東で旧医科大に肩を並べて、あっという間に、慶應の次につけているという噂もちらほら、名門医科大学で押しも押されず。

臨床では、お茶の水では、超偏差値の東京医科歯科を凌駕している。

振り返ると、一つの分岐点が、山内先生が病院長出あった時代だったようにおもいます。

ただ順天堂はにわか仕込みで近年名声を得てるとの声も多いが、実は免疫学は、鉄門の千葉大の奥村先生など素晴らしい研究者がおり、リウマチ膠原病の標榜科は日本最古といわれている。

山内先生が、順天堂、引退後も慶應病院の裏手にある、林病院で整形外科の手術を80歳過ぎても現役だったと伺っています。

このように、山内先生ぎ限らず、コロナ禍の訃報は、今頃になって何軒か届いている。

2019年12月に、富士温泉病院名誉院長 矢野英雄先生  逝去

2021年6月に、元順天堂病院長    山内裕雄先生  逝去

2022年5月に、木下クリニック     木下幸大先生 逝去

 

山内先生といえば、手の怪我では、知らなかったら潜り、いや整形外科では、

泣く子も黙る権威だったし鉄門出身でも一つの金字塔だった。

いずれも、コロナ禍、しばらくお目にかかっていなかった先生ばかりです。

ご冥福をお祈りします。 合掌

 

なんとなく、雨が多かった秋から、冬へ向かい。

一年もあと二ヶ月というとこでしょうか。

 

歳をとると、一年が早いし、積もり積もった付き合いも多くなる。

ましてやコロナでは、人との付き合いは、届こうっているし、

後回しにしたツケと、年末のきぜわしさ。

わずらわしさから、解放されたいとう気持ちも歳とともに募る。

ただ、あっときたい人もいるし、再構築したい人間関係もある。

歳からするれば、新たな付き合いも少ないはずだが、何故か出会いは減らない。

さらに、昔からの付き合い+出会いは、生きた分だけふえる。

 

ある時期に付き合っていた人を、年とともに、断捨離するタイプではなく。

男女ともに、年輪のように、付き合いが、つもり積もり積もる。

この年になると、新しい出会いの分だけ、別れも必要なのだが...

別れることが、嫌いなのだ。

「袖触れ合うも多生の縁」というわけで、付き合いは、続けたいとおもったりする。

モノも捨てられないし、思い出もすれられない。

自然消滅したはず??の付き合いが復活したり、人生は波瀾万丈でもる。
人生は、悲喜交々いきてるということなのだろう。

失恋もあまりなく、その後も、本当に友達で交流があったりするので、

おかしなものだ。

大恋愛なんて、一度か二度なので、メイクラブは忘れていくだけで、

経年劣化で、行方不明で連絡がとれないだけ。

突然の別れは、向こうからで。

近頃はメールでの付き合いは、軽薄短小でもあるが、それは諦めるしかない。

 

男女ともに友達、知り合いは多いほうで、友人との食事会も、毎週ように。

または、コロナの緊急事態では、月一、二回、飲み会は、平気で続けていた。

知り合いの店は、そっと空けたくれたし、緊急事態宣言下の深夜、貸し切り状態

は愉悦の時間だった。

時には、知り合いのバーテンダー相手に一人のみもいれたら毎週であるていた。

人と深く関わるのは嫌いだが、お節介はなおらない。

友人、知人の女性男性とわず、20代から70代後半まで、バラエティーがある。

男女とか若い、年寄りなど、ジェネレーションギャップを避けるのきらい。

若い人から、学ぶこと、年配から学ぶことは、両方多いことだ。

あえて言えば、同年齢の友人は、少ないともいえる。

同窓とも会うが、ほとんど同級生より、ジェネレーションギャップにあえて挑戦したい。特に30年40年のギャップをもつ20代30代の女性に、何処までついて行けるか、常に試金石している。

とはいえ、20代は30代へ、30代は40代、50代へと互いに年をとる、となると、

また若い女性を探すと、下手をすると半世紀近くの年の差、性別をこえて、付き合いのは、結構辛いが、それについていきたいし頼りにされたい。

女性から相談あるのといわれたら、還暦オヤジは萌える。

若い人(特に女性)感覚に、ついていきたいというのと、諸先輩への敬意もはらいつつでは、付き合いに忙しいのは、当然。

病人だし、身体に負担。

 

そして、本音は、別々の自分がいる。

変な矛盾だが、人と会うのが嫌いという。

なのに、律して、無理して人とあう。食事をする一献傾ける。

そこでは、元気だし、社交的に見える。

しかし、それは、演出

バカが見るであるけど、どうしてかそうなるのは、

自暴自棄の自分に、反省。

銀座の直久が、閉店してどれぐらいだつのだろう。

このblogでも、直久のことを回想してますが。

 

久しぶりに、青山の直久に立ち寄った。

丁度、ホンダ本社のトイメンです。

車を入れて、上まで行くのに、大変な騒ぎ。

 

雑居ビルだから、オフィスから、テナントへ出るのが一苦労

まいった、見つけるまで、30分ぐらいかかっただろうか。

数十年前に、子供が小さいころに、一緒にいった思い出。

何の用事だったかは不明だが。

直久は、とても僕らには、思い入れが強かったのは事実だ。

 

何十年ぶり直久にいってみて、びっくり。

スタンだードの直久の醤油がない。

メニュー盛りだくさん。

鶏そばに、具だくさんになっていた。

お腹はすいている、入ろうか入るまいか迷いに迷って。

結局、入らずじまい。

 

すっかり、今時のラーメン屋に、ガッツリ食える店に変貌

 

そして失望して帰ってきた。そのビルのテナントフードコートを一回り

結局、旨そうものもなく。

そのまま、昼抜きで一日がおわりました。

 

先輩からならった、直久の注文の仕方、大盛り、麺固め、ネギ増量、

もう30年、いや40年前、黙々と食べる粋な先輩の食いっぷり。

これが、本当の中華の本道と、覚えておけと。

 

直久は、今は他にどこにあるのだろう。新橋にあったかな。

でも、何処でも、こんな、何かただのチェーン店になってしまったのか。

残念、先輩は今頃どう思っているだろうか。

なんか、疎遠になり、連絡したいが、連絡しようもない。

名前さえ、しおや、塩屋さん、塩谷さん、どちらだったか。

みんなから、エンチャン、シュウヤさんってよばれてたから。

各地各場所で、良いラーメンやしっていた、細麺はここ、塩はここ

味噌はたべなかったかな。

そのころは、ラーメン通なんて居ない時代、正真正銘の麺通だった。

そして、彼が好きだったのが、レバ刺し、かつて千駄ヶ谷にあった

外苑という焼き肉、そこでレバ刺しを食べる。

かっこよかったな。

でも、いつも厳し先輩だったので、心を打ち解けて話しができなかった。

怒った事は一度もなく。

いつも静観していた、優しく、石原雄次郎の歌が上手かった。

もう少し、自分もこなれていたら、その後の良い付きあいもできただろうに。

バイト先の憧れの先輩、今もう70近くになっているだろうか。

 

今や、飲み歩いて、知り合いをつくるのが上手いと言われ、女性を口説くのも

なんて言われているが、その頃は、下戸に人付き合いが嫌いな人間だった。

先輩に挨拶も何も出来ない、偏屈モン。

その頃にもう少し処世術があれば、もう少し真面に生られただろうか。

 

でも、所詮、AS真面に生きられるはずもなく。

後悔しても仕方ない。

先輩、あの頃の私、お恥ずかし限りです。

今先輩の立場で、私もみたら、ぶっとばしてやりたい。

とんでもない若者、それでも、静観していただいた。

そして、忘年会を途中退席したときにも、

ちょっと昨日は、まずいんじゃ無いのと一言

先輩ありがとう、叱咤激励に感謝です。

 

直久も変りました。自分も変りました。

改めてお会いして、中華談義もう一度お聞きしたいです。

先輩とよく言った、狸穴近く、藪本、最近よくいくようになり

30年40年前に、いった喫茶店オリーブのオヤジさん元気でした。

藪本さんも、田園調布で、骨とう続けてますね。

 

先輩、ありがとうございます。もう一度会いたいです。

私の名前なんか、きっと忘れていらっしゃるでしょうが、

あの気合いが抜けた後輩のことは、覚えていらっしゃるでしょう。

 

 

 

 

恋していますか。恋人はいますか。

この年になって、恋人はともかく、恋はしているのは、いいことだろう。

恋をしている人がいる人は、person in love 

 

別に人でなくてもいいし、ペットでもいいだろうし。

車でもいい。

なにか、心がキュンとなれば、それでいい。

 

ただ、レスポンスが、わかりやすいから、異性を相手にするのは、

それは、手っ取り早い。

もちろん、メンテナンスが大変、面倒なら、取りえずペットならと。

でも難易度は高いほうが、たのしみは、ふえる。

それも、本音、もちろん、レスポンスがなければつまらないが。

 

make loveは、つまらない、線香花火

person in love、それは、もう少しじっくりと

時間をかけて、歳の差は気になる

この歳になると、怖い

けど、オファーがあるうちは、それなりに。

刺激的

 

make loveは、つまらない。終わりが早すぎる。

person in loveは、ある面、相手がなんであろうが

禁断の世界、だから堕ちる。

遠くから、想うなら、堕ちることはないだろう。

車だろうが、例えばギターだろうが。

相手が女性なら、make love なら fakeでも

成り立つだろう。

車もギターも女性を眺めてるだけでは、深みには

入らない。

 

とある、カウンター、座った目の前のソムリエール

恋をしたり。

でもレスポンスがなければ、それもすぐ消える。

まあ、それでも一つの季節ぐらいは、覚えてるが、

また会えたら別だが、その場限りで、再会なければ、

それでまで。

 

一度会って、二度目が勝負、半年たっても、手もつながない

それも、長続きする、じらすわけでもないが、待って待つ

一つの世界感、もちろん、堕とせても、堕とさない、

堕とせないも、それでも、慌てないのは、いつものパターン、

常に受け身である。

口説き上手でもないけど、受け身であれば、あるほど

相手が、女性だとすれば、運命の出会いはあるだろうと。

何でもかんでも運命でもないけど。

だいたいそうは長く続くはずもなく、目的はなに、

口説いて、堕とすこと。

それなりに、口説くのは下手でもないが、詰めは甘く

それなりに、焦らすようなやり方が、自分流

ホントは焦らしてるのでもなく、優柔不断がいい。

 

終わりを予感しても、優柔不断にやってやりきれば

想いを巡らせる時間が、大切。

人生は、行間が勝負といいながら、一ぺージのつもりが

十ページの行間はせつない。

身下り半になることも、少なくない。

それは、それで、仕方ないじゃない身から出たさび

止めときゃいいのに、are you in love

 

声かけようとおもったら、歳不相応でも女性に声かける

欲しいとおもった車、懐が寒くてもかってしまう。

本当にほしければ、アストンマーチンでも

高根の華の女性でも。

軽自動車でも、ヤスモンのギターでも、自分なり

の価値観でいきる。

 

止めときゃいいのに、are you in love
例えば、それが、女性でも、ペットでも、
車でもいいじゃない。結局ときめきだ。

 

 

 

 

 

 

このblogをかきだしたころ。

多くの仲間がいた、丁々発止の議論もたのしかった。

しかし、今となれば、blogは下火なのか。

 

Twitter、インスタ、Facebookなどが全盛らしい。

 

それは、それでいいが、LINEというツールで、多くの人が連絡の

挨拶のようになっている。

 

だが、LINEをやっていても、連絡を好まない人もいる。

 

知り合っても、電話番号は、意外に教えてもらえない。

特に女性は、教えない。

だから、電話、住所は、女性には、聞かないのがルールみたいだが、

電話番号ぐらいは知りたいのは、旧人類のサガかもしれない。

LINEでも、messengerでも、話しもできるし。

電話なんていらないのだが、それらには、ブロック手段がある。

もちろん、電話だって、携帯であろうが固定であろうが、ブロックは

簡単にできるが、違う電話からかけたら繋がる。

一度、LINEをブロックされ、電話かけたら、ストーカー呼ばわりした。

 

ストーカーと言われる筋合いはないが、これこれこういう理由で、

貴方とは、繋がりを立ちます。というとか、説明があれば、

こっちも覚悟がある、ある女性にある人を紹介しようとして、

ドタキャンをうけた。

少し、社会的通念上、理由もはっきりしないので、しっかり

次回は機会をつくるのでリスケでお願いしますと。

そのあと、連絡は付かず、自分からその人と繋いで欲しいといったのに

なんだか。ドタキャンを叱咤したことが、気に障っただろうか。

そしたら、ブロック。

とにかく、それ触れあうのも多生の縁、人に別れはあるだろうが、

非礼はよくない。せめて、しっかりお別れをいおう。

特に女性は、感情的になり、ブロックすればよいという方が多すぎる気がする。

 

なんて、blogをはじめたころは、パソコンがメイン、携帯もメールがメイン

だったはずが、メールも使わない、LINE、messenger、インスタ、ばっかり

なんか、希薄だなあとおもう。

LINEは、使い方が難しい。メールみたいに長くかくと、オヤジといわれるし、

こまったもんだ。

messengerは、パソコンで入力ができるので、やりやすい。

 

グループLINEは特に、誰に返事をかいているのか、あいまいで。

トラブルの原因となる。

LINE、messengerで、SMSで、不倫がふえているという。

分からなくもない、本当は、電話がいいのだろう。

でも、断るのは、電話ではしにくいので、ドタキャンはしやすくなった。

それは、いいことなのか。

blogをはじめて、おおよそ15年以上、時代はかわってしまった。

 

便利さは、何かを失っている、得るモノは多いが、人と人とのつながりも

軽薄短小ではないだろうか。

話さないでの繋がりは、辛い。

 

2,000年前後では、人と会う約束、PCメールでやりとりするだけで、逢うのは

こわかった。本当に相手に通じてるのか。

LINEが上手くつかえない。

とはいえ、会う前に声を聴くのは本当は大切なんだろうが、

人との付き合い、本当は手紙も好きだ、FAXも、紙にかいてあるというが、

この頃のFAXは印刷しなければ、それまで。

伝わる確実性は、やっぱりLINEだったりするのだろうか。

連絡にメールを使う人もいるが、やっぱりLINEが多い、そこにmessengerが食い込ん

でくるから、ややこしい。

両方やりとりしてるとどちらで返事したかわからない。

 

時代にそろそろ、ついて行けない自分を感じている。

やっぱり、住所、電話、その後にLINEだったりmessengerなどのSMSだろうが、

とりあえず、SMSだけの脆弱な付き合いは、綱渡りのようでもある。

ブロックされたら、もう終わり。

電話も、住所もしらない、連絡のとりようもない。

電話したら、データ専用だったりして。話しもショートメッセージさえ届かない。

多数の知り合いが連絡取り合う、基本はFace to face じゃない。

電話番号ぐらい教えて。