デルタ・ストリングスの著者、松本日世先生のブログ。
松本先生は曽祖父が建てた柿本稲荷五社神社( 会津若松市の西七日町にある西福寺に隣接 )は「なぜ柿本なのか」と疑問に思っていた。
そこで柿本人麻呂のことを調べたり色々と探究していたのだが、今回の記事でついに核心に近づいたようである。
きっかけは昨年。
ふいに会津家訓十五カ条が氣になり出した。
会津家訓十五カ条 https://www5e.biglobe.ne.jp/~komichan/matoi/kakun15.html
会津家訓十五カ条を定めたのは、初代会津藩主の保科正之である。
しかし松本先生はさらに踏み込んで、その思想の根幹とも言える「垂加神道」を提唱した山崎闇斎( やまざきあんさい )が氣になったのだという。
山崎闇斎とは、
江戸時代前期の儒学者・神道家・思想家。
諱( いみな )は嘉
字( あざな )は敬義
通称は嘉右衛門
闇斎というのは号である。
嘉
松本先生がハッとしたのは【 嘉 】の一文字だった。
柿本稲荷五社神社を建てた曽祖父の名が【 嘉四郎 】だったからだ。
それだけではない。
松本先生のお父様の名が【 嘉正 】
お祖父様の名が【 嘉一郎 】
すぐ下の弟さんの名が【 嘉二郎 】だったのである。
これには何か深い意味があるのではないか。
そう思うのも当然で、ここまで一族の名に「嘉」がつくと山崎闇斎の諱である「嘉」と関連がないと思う方が不自然である。
しかもその山崎闇斎は会津藩主の保科正之に賓師(ひんし)として招かれたというのだ。
賓師。
つまり先生。指導者ね。
保科正之は山崎闇斎から神道を学び、
山崎闇斎は保科正之の庇護のもと朱子学と吉田神道、伊勢神道などを融合した
垂加神道を確立したのである。
こうして見ると保科正之と山崎闇斎はwin-winの関係だったと言える。
さらに……
京都市中京区の下御霊神社の境内にある
垂加社
柿本大神
を、松本先生は見つけてしまった!
垂加社には山崎闇斎が祀られ、
柿本大神とは柿本人麻呂のことである。
山崎闇斎と柿本人麻呂が並んで祀られていたのだ。
松本先生がこれまで追いかけて来た謎が1つずつ繋がって行った。
柿本稲荷五社神社
柿本稲荷五社神社を建てた松本先生の曽祖父の嘉四郎
会津初代藩主の保科正之
会津に賓師として招かれた山崎闇斎
山崎闇斎の諱は「嘉」
松本先生の曽祖父の嘉四郎、祖父の嘉一郎、父の嘉正、弟の嘉二郎
山崎闇斎が唱えた垂加神道
山崎闇斎を祀る垂加社
それと並んで祀られている柿本大神
点と点が
不思議と繋がってゆく。
垂加神道のことを調べていたら、こんな本を見つけた。
https://www.koubundou.co.jp/book/b155777.html
『垂加神道の人々と日本書紀』というタイトルで著者の名は松本丘。
奇しくも松本先生と同姓の「松本」なのが不思議である。
土日はブログをお休みします。
皆様、どうか佳き週末をお過ごし下さい。


