★これまで味鋤高彦根命という字を使って来たが、

今後は【 阿遅志貴高日子根 】とする。

 

 

葛城賀茂氏の始祖であり、

大和葛城に坐す神で、

賀茂大神とも呼ばれ、

西出雲王家【 神門臣家 】の祖神である阿遅志貴高日子根。

ここ最近、磐長姫と伊豆と来て、今、なぜか賀茂と阿遅志貴高日子根なのね。

どういうわけか自然とそう言う流れになって来ているので従うことにする。

 

 

 

 

阿遅志貴高日子根の別名、賀茂大神。

これって【 賀茂別雷大神 】のことだと思うのだけど、

この神様は京都の上賀茂神社に祀られている。

 

 

以前、上賀茂神社に行った時、

境内に入った途端、それまで晴天だったのに、しとしと雨が降り出した。

( あ〜、龍神さんのおでましだ )

と思いつつ、たいして濡れないのでそのまま参拝。

ぐるりと見てから帰ろうとしたら、背中がドーン!と重たくなった。

( わ!龍神さん背中に乗った!)

イメージとしてはトグロを巻いた黒龍。

たぶん賀茂別雷大神なんだろうけれど、様子が変。

なんかオズオズしている。

遠慮気味というか。

何を伝えるでもなくそのまま憑いて。

その後、用事があって栃木県の那須まで行ったんだけど。

目を閉じると黒龍がいる。

( 黒龍さん、いるなぁ )

と、思っていたら、その翌日、記録的大雨が降って、

バンバン降って、いわゆる那須の大洪水になっちまった。

 

 

 

 

で、背中がいつの間にか軽くなっていたから、

たぶん、黒龍さん、那須で降りていたのだと思う。

そういう事があった。

思えば、あれが賀茂別雷大神……

阿遅志貴高日子根だったのかも知れないなぁ。

 

 

 

 

そう言えば……

上賀茂神社に行った時、円錐形の2つの砂山があった。

あれって【 立砂 】というらしい。

向かって右には2葉の松が、左には3葉の松が挿されている。

3葉と2葉を用いているのは、

陰陽道に基づいて奇数と偶数が合わさることで神の出現を願う意があると。

賀茂氏だもん。

陰陽道だよね。

この立砂は神が降臨した神山( こうやま )をかたどったものなんだって。

 

 

円錐形の山に降臨する神。

そういうのを神奈備山とも言う。

三輪山もそう。

あれも神奈備山。

賀茂別雷大神が降りた神山は、上賀茂神社の裏にある。

なんかこれって出雲大社と似ている。

出雲大社の素鵞社の背後に八雲山というのがある。

古来「蛇山」とも呼ばれていた神が降りたお山なのだけど、

神が蛇とか龍の姿で降臨した神奈備山があって、そこにお社を建てるというのは、

三輪の大神神社、出雲大社、上賀茂神社も同じ。

 

 

 

 

で、何となく氣になったのが

葵祭

そもそも葵祭とは何なのか。

上賀茂神社由緒にはこうある。

欽明天皇の時代、

国中が天災に見舞われ、

庶民が非常に貧窮していたので、

天皇が卜部伊吉日子に天災の原因を占わせたところ、

賀茂大神の祟りである事が分かった。

そこで4月吉日を選び、馬に鈴をかけ、人は猪頭をつけて盛大に祭を行なった。

その結果、五穀は実り、天下泰平になったという。

そう。

葵祭が始まったきっかけは、

賀茂大神の祟り

なのだ。

 

 

で、

上賀茂神社には賀茂別雷大神が、

下鴨神社には賀茂建角身と玉依姫が祀られている。

でも、不思議なのだ。

『釈日本紀』風土記逸文 山城国によれば、

神武天皇の東征にあたって道案内をした

賀茂建角身命( 八咫烏 )は

大和国の葛木山の峯に住んだ。

その後、山代国の岡田の賀茂に移り住み、

山代河(木津川)を下って

葛野河(桂川)と賀茂河(鴨川)の合流点(久我)に至った。

そこで賀茂河を石川の瀬見の小川と名付け、

さらに上って久我の国の北の山基(賀茂)に定住したとある。

 

 

ん?

賀茂建角身は

大和の葛城山に棲んだ?

賀茂建角身って

八咫烏

だよ?

大和葛城と言えば、そこにいたのは阿遅志貴高日子根ではなかったか。

まさか……

ひょっとして……

阿遅志貴高日子根 = 八咫烏?

むう。

『釈日本紀』が正しいならそうなる。

けども、神武天皇東遷を助けた八咫烏は、

葛城を経由せずに大和国から直接、山城国へ移動したという説もある。

同じ賀茂系でも別系統なのかもしれぬ。

断定は出来ない。

※ここでは神武東征と書いているけれど、

兎と亀の亀さんによれば「物部東征」というのが正解なのだ。

 

 

そして、

賀茂大神こと阿遅志貴高日子根に関しては大きな謎がある。

この神に対して、
天皇は自らの皇女( 未婚の内親王 )を斎王という名の巫女として奉仕させたのだ。
ちなみに天皇が斎王を送るのは、

天照大神を祀る伊勢神宮と賀茂大神を祀る賀茂神社のみ。

なぜ天皇は賀茂氏の祖神に対して、

皇女を奉仕させてまで祀らなければならないのか?

なぜ賀茂大神を、

阿遅志貴高日子根をそこまで畏れ敬うのか。

欽明天皇の時代に国中が天災に見舞われた時、賀茂大神の祟りであることがわかり、
賀茂大神を祀ったところ世の中は平穏になった……

これって三輪の大物主と似てやしないか?

三輪のみーさん。

確か大国主が国造りする時、海の彼方からやって来て助けてくれた神様。

ひょっとして、

大物主 = 阿遅志貴高日子根?

だとしたらヤバいな。

阿遅志貴高日子根は大国主の子、になってるけれど。

どうなんだろね。

出雲口伝によれば【 大国主というのは8代目大名持とされる八千矛 】のことだし、

国造りをした大国主はたぶん【 初代大名持 】だろうし。

大名持と大国主は違うのよ。

大名持は称号で何人もいたの。

そこらへんややこしいけれど。

 

 

とにかく……

天皇が畏れ敬った賀茂大神こと阿遅志貴高日子根は、

出雲の神であり、大和葛城の神でもあり、ひょっとしたら三輪の神でもあるのかな?

そ、そうだ。

たしか……

謡曲『三輪』に世阿弥が隠した暗号があったっけ。

 

 

思えば伊勢と三輪の神、

一体分神の御事

今さら何と磐座や

 

伊勢と
三輪の神は同じですよ〜と。
つまり、
伊勢の天照大神と
三輪の大物主は同じ神なんですよ〜と。
………
………
天皇が斎王を送るのは、

天照大神を祀る伊勢神宮と賀茂大神を祀る賀茂神社のみ。

もし、伊勢の天照大神が、大物主だとしたら。

いや、もっとはっきり言うなら、

伊勢の天照大神も

三輪の大物主神も

その正体は賀茂大神で、

さらに言うなら阿遅志貴高日子根だとしたら?

 

 

天皇に祟る神

みーさん

賀茂大神

大物主神

天照大神

その正体は阿遅志貴高日子根?

 

だとしたら、

もうヒャッハー!だ。=ε=(۶`∀´)۶ ヒャッハー!!

もしそうなら……

明治になるまで天皇が伊勢神宮に行かないはずだわ。

天照大神 = 阿遅志貴高日子根なら。

出雲神──さらに言えば、西出雲王家【 神門臣家 】の祖神だもの。

 

 

ああ……

くわばら  くわばら。

阿遅志貴高日子根、深すぎる。

いっぱいの名前をつけられてややこしくされているけれど、

畏れ敬われていたのね。

今、そのバラバラになった御神体を、1つにする時が来たのね。

と、勝手にわたしは妄想している。