海人には表裏2つの顔がある。

まず表の顔。

海人は天皇家と婚姻関係にあり、

その航海技術を買われて為政者から重用された。

いわゆる海人系豪族というのが「表の顔」である。

そして裏の顔は、

律令体制からも自由でありながら、

彼らは天皇家のすぐ側で史実を無言で見つめて来た。

いわゆる漂泊の芸能集団である【 傀儡子 】( くぐつ )が「裏の顔である。

今回、表の顔は割愛する。

 

 

 

 

傀儡子

傀儡子は胸に箱をかけ、

その中から木偶人形を取り出して舞わせた大道芸人のことである。

上のイラストが傀儡子なのだが、これを見て安曇磯良を思い出した。

 

 

安曇磯良。画像はお借りしました。

 

 

傀儡子は胸に箱をかける。

安曇磯良は白い布を顔面に垂らし、鞨鼓( かっこ )と呼ばれる大きな鼓を胸にかける。

傀儡子の姿はどこか安曇磯良を彷彿とさせるものだ。

また大江匡房の『傀儡子記』にはこうある。

ちと長いが以下引用させて頂く。

 

 

傀儡子は、

定まれる居なく、当る家なし。

穹蘆氈帳、水草を逐ひてもて移徒す。

頗る北狄の俗に類たり。

男は皆弓馬うを使へ、狩猟をもて事と為す。

或は双剣を跳らせて七丸を弄び、或は木人を舞はせて桃梗を闘はす。

生ける人の態を能くすること、殆に魚竜曼蜓の戯に近し。

沙石を変じて金銭と為し、草木を化して鳥獣と為し、能く人の目を□す。

女は愁眉・啼粧・折腰歩・齲歯咲( うししょう )を為し、

朱を施し粉を傅け、倡歌淫楽して、もて妖媚を求む。

父母夫婿は誡□せず。

しばしば行人旅客に逢ふといへども、一宵の佳会を嫌はず。

徵嬖の余に自ら千金の繍の服・錦の衣、

金の釵( かんざし )・鈿の匣の具を献ずれば、これを異ひ有めざるはなし。

一畝の田も耕さず、一枝の桑も採まず。

故に県官に属かず。

皆土民に非ずして、自ら浪人に限( ひと )し。

上は王公を知らず、傍牧宰を怕れず。

課役なきをもて、一生の楽と為せり。

夜は百神を祭りて、鼓舞喧嘩して、もて福の助を祈れり。

 

 

現代語訳および注釈

傀儡子は1つの場所に定住せず、守るべき家もない。

天幕をかけ敷物の上で生活している。

水や草のあるところを求めて移り歩き、

これは北狄( ほくてき )の習俗に似ている。

北狄とは中国の北方地域に住む異民族を指す。

モンゴル系、トルコ系、トゥングース系の諸民族を指す総称である。

男は皆、弓や馬の扱いに長け狩猟を生業としている。

ある時には2本の剣を投げあげ7個の玉が入り乱れ操つる芸をやったり、

またある時には木で作った人形を踊らせたり、木の人形を闘わせる芸もやる。

木偶人形を踊らせる → 細男舞。

木偶人形を戦わせる → 神相撲。

 

 

 

 

また生身の人間にできることとは思えない『魚竜曼蜓の戯れ』もやる。

人が見ている前で砂や石を金や銭に変えたり、草木を鳥獣に変えたりする。

女は頬紅、白粉を塗り細い眉を描き、

なよなよとした柳腰で愁いを帯びた微笑みを浮かべ、

歌を唄い楽器を鳴らして男を誘惑する。

こういう女を傀儡女( くぐつめ )と呼ぶ。

もともとは人形を操る芸を見せる女性を指すが、中世になると遊女としての意味合いを持つようになった。

父母や夫たちがそれを咎めることはない。

たまたま行きずりの旅人であっても一夜の逢瀬を嫌がったりはしない。

お招きに上がった帰りに高価な刺繍の服や錦の着物、金のかんざし、

螺鈿細工の筥を差し出されれば、遠慮なく受け取る。

一畝の田を耕すことも、一枝の桑を採るることもない。

従って役人を気にせず、誰も土を耕さないことを以てすれば、

これは浮浪民と同じである。

上は天皇や貴族の事など知らず、

そうかといって下々の役人なども関係はないので、

課役もない気楽な人生である。

夜には八百万の神をまつって太鼓・鼓を打ち鳴らし大声を張り上げ、

福の神がやって来ることを祈る。

「夜は百神を祀り」とあるが、この「百神」とは安曇氏の祀る安曇磯良のことである。ゆえに傀儡子の発祥地は北九州の志賀島にあると思われる。

 

 

傀儡子。

クグツとは何ぞ?

折口信夫の『偶人信仰の民族化並びに伝説化せる道』によれば、

クグという水辺の雑草で編んだ籠──久具都籠( くぐつこ )の略で、

海人族はその籠に神としての人形や、その供物としての魚貝を入れて持ち歩いていたという。

 

 

クグ。画像はお借りしました。

 

 

上の写真がクグ。

クグは「沙草」とも言う。

久具都籠( くぐつこ )の写真は見つからなかったが、

万葉集で面白い和歌を見つけた。

 

 

塩干( しおかれ )の

御津( みつ )の海女( あま )のくぐつ持ち

玉藻( たまも )刈るらむ

いざ行きて見む

 

 

ここに「くぐつ」という言葉が出て来る。

これはクグを編んだ手提げ袋のことで、

海女が製塩につかう藻を刈り取って入れる袋のことである。

 

 

傀儡子

クグツ

水辺の雑草のクグ

クグで編んだ籠。

この籠には神降ろしの人形や、その供物としての魚貝を入れた。

クグツと呼ばれる海女の手提げ袋。

 

 

海人と籠

海人にとって「籠」とは、

神霊が籠るものであり、悪霊を寄せ付けない神聖な道具だった。

彼らは人形を舞わせる。

何故か?

それは人形に人の穢れを移し、

人形を舞わすことによって穢れを祓うためである。

おそらく人形まわしというのは穢れを祓うための呪殺なのだろう。

そういや、丹後の【 籠神社 】は海部氏が宮司を務めている。

海人と籠。

あ……そうだ。

籠神社の奥宮に祀られているのは豊受大神だ。

籠神社の伝承では、

豊受大神が光る籠( 竹で編んだ籠 )に入って天から舞い降りたという。

籠……

海人……

ひょっとして豊受大神は海人の神か?

伊勢外宮にしっかり祀られているけどね。

 

 

久具都比賣神社。画像はお借りしました。

 

 

久具都比賣神社

籠神社の豊受大神は伊勢にもおられる。

が、伊勢内宮の摂社に【 久具都比賣神社 】という神社があるのだ。

久具都比賣神社。

くぐつひめ神社。

久具都比賣神社は三重県渡会郡渡会町上久具字久具都裏に鎮座する。

渡会( わたらい )とは意味深な。

度会さんと言えば、伊勢外宮の禰宜家を起源とする由緒正しいお家である。

出たよ〜。外宮!

豊受大神〜

籠神社、海人族つながりだ。

 

 

久具都比賣神社のご祭神は

久具都比女命( くぐつひめのみこと )

久具都比古命( くぐつひこのみこと )

御前神( みまえのかみ )

 

 

久具都比女に久具都比古、か。

クグツ姫

クグツ彦

傀儡子姫と傀儡子彦、じゃないの?

 

 

 

 

この動画に出て来る

渡会美枝子さんも「渡会さん」である。

やはり渡会さんは海人族なのだ。

この方は丹後の【 月の輪田 】にも関わっておられたし、

月の輪田は豊受大神が天照大神のために籾種をまいて稲作をした場所である。

ここにも豊受大神が関わっている。

 

 

月の輪田。画像はお借りしました。

 

 

京丹後市峰山町の保存会が【 月の輪田と清水戸】というサイトを開設しておられる。

上の写真は昭和41年に撮影された月の輪田の写真である。

 

 

海人と籠

海人と傀儡子

これを調べて行くと、りまりまさんの世界にも繋がる〜

竹、籠、海人、海女、傀儡子、安曇磯良、籠神社、豊受大神……

彼女のブログにあるアレを思い出す。

 

 

ワレワレハ海神の末裔である

 

 

わたしは今、

海のない街に暮らしているが、

生まれたのは海のすぐそば、大まかに言えば伊豆方面である。

いつだって海風の潮の匂いと、錆びたトタン屋根と富士山を見て育った。

母方の祖父のルーツは伊勢の渡会郡で、伊勢外宮にも思いっきりご縁がある。

思えば故郷にいた頃に遭遇した2メートルを越す大男は、

海を見下ろす漁師町の神社がきっかけだった。

あの顔を隠し、腰蓑をつけた、南方系らしき男神は、

鹿児島の知覧の「ソラヨイ」の精霊とそっくりだったのだ。

南方からやって来た伊豆半島……

かつては遥か南の海に浮かぶその島が……

北上し、本州とドッキングしたと言うのだから驚く。

懐かしや。

南方の島々よ。

沖縄すらも懐かしい。

どこかで何もかもが繋がってゆく。

りまりまさんが書く記事も、兎と亀の亀さんが書く記事も、

遠く離れた出雲のももじさんが書く記事も、すべてがパズルのピースのように……

今日は思いつくまま記事を書いたので収支がつかなくなってしまった。

 

 

土日はブログをお休みします。

皆様、どうか佳き週末をお過ごし下さい。