いま、私の周りでは町の復興に向けて
非常に多くの人々が「行動」を起こしている。
「なげいているだけでは始まらない」
「未来に向けて今できることをする」
ボランティアや救援活動、
他にも自らの会社を立て直し経済的に
貢献しようとする人々。
みな考えるだけではなく、「行動」を起こしている。
昔から、あらゆる心理学書やビジネス書において
「行動」というものの、すさまじいエネルギーや影響力が
幾度となく語られている。
確かに、行動と言うものが現実にあたえるインパクトは計り知れない。
行動する前と、行動した後では、必ず何かが変わっている。
行動は世界を変える力を持っている。
しかし、行動というエネルギーはいつもプラスに働くとは限らない。
行動したことによって、現状を悪化させてしまうことだってあり得るだろう。
つまり「行動の質」が問われるのだ。
私は非常に小さな会社を経営しているのだが、
この行動の質によって経営が良くも悪くも傾く
ことを痛いほど知っている。
経営だけではないだろう。
家族、恋人、友人などとの人間関係にも言えることだろうし、
日々の雑多な事柄にもこの行動の質は関係してくるだろう。
行動の質は、その対象やタイミング、その人のパーソナリティーなど
あらゆる要因が関連している。
だから、まったく同じ行動を取っても、いつも結果は異なる。
非凡な人は、そのあらゆる要因を見極め、自らの動くべき時を
冷静に判断し、高い確率で求めていた結果を得る。
彼らは待つことを知っている。
虎視眈々とその時が訪れるのを待ち、
見事なタイミングで一気にアクションを起こし結果を得る。
きっとあなたの周りにも、そのような非凡な人間がいるはずだ。
正直言うと、実にうらやましく思う。
私は、周囲の人々から、とても行動的だと言われる。
確かに、自分でもそのような特徴を持っていることは
前々からよくわかっていた。
しかし同時に、私の行動は先ほど例を挙げた非凡な方々のような
「見事なタイミング」のものではないことが多いように思う。
行動が早すぎたり、遅すぎたり、どうもタイミングが合わず
あとあと自分の足を引っ張ることが多いように思える。
一応、私なりにタイミングを見計らい、ここだと思うタイミングで
動き出しているつもりではあるのだが、満足のいく
結果につながることが少ない。
かと言って、何も行動せずにいることは、もっと恐い。
行動せずにいると、自分を取り巻く物事の結果が、
何か大きな流れによって、自分の意図しない方向に
勝手に持ってい行かれてしまいそうで恐ろしいのだ。
だから私は行動する。
行動して、物事がなるべく良い方向に進んでくれるように
最善の努力をしていたいのだ。
つまり、裏を返せば、待つことが怖い臆病者なのだ。
だから、その恐怖から逃れるために
駆り立てられるように行動せずにはいられない。
私は、今後の人生において、
「耐え忍ぶ」という美徳を学ばなければならないのだと思う。