東京の端っこ在住。
21才のフリーター兼通信制大学生長女を筆頭に、高3、中3(2024年現在)3人の娘を育てるアラフィフ女子。
特筆すべき点もないありふれた日常を、独断と偏見でぶった斬る???娘たち曰く「見た目はオバさん、心はオジさん。世の中の常識が通用しない、サバイバル系不死身の過激派」らしいです。
お暇なときにちらりと覗きに来ていただければ幸いです。
こんにちは。
清々しいほどに、いつも大好きなテギョン君を追っている侍ままんです。
最近は長女と、外国語について議論することが多いのですが、彼女には通信制大学に通うようになって悟ったことがあると言います。
言語における会話能力については『めっちゃしゃべる』か『全くしゃべらない』の2極しかないとのこと。
彼女が通う通信制大学の英語の対面授業には、もはや単位を取る目的のためだけに来ている英語ペラペラ民が半数近くいるそうです。親が英語ネイティブだったり、外国育ちだったり、謎の外国籍ビジネスマンだったり。だがしかし残りの半分は、英語はおろか日本語すらほとんど発しないであろうコミュ障系の方々。
普通に考えたら『ちょっとなら喋れます』的な中間層が一番多いように感じるのですが、通信制だからなのか、そういう【日本人の平均】みたいな人はほぼいないそうです。
それで結局のところ、言語が話せるかどうかという線引きは『相手と喋りたいかどうか』という心的な熱量の問題であって、知能の問題ではない、というのが長女の持論です。
なぜならば長女の実感として、自分は決して英語が出来るわけではないが、あの授業においては一応英語ペラペラ民側にいる感覚なのだと言います。
担当の先生が外国人である場合、彼らはとにかく文法が違っていようが発音が違っていようが単語の用法が間違っていようが、何かしら自分の意志を伝えようという熱意さえ感じられれば、高評価をくれるというのです。
逆に一番いけないのが『無言』。
日本人的には『正解』が分からない場合『無言』を貫くというのは、まあまあ有り得る反応のように感じてしまうのですが、外国人の先生的には、これはゼロ評価でもなく完全なるアウト『今すぐ帰れ
』に等しいくらいのマイナスイメージらしいのです。
実際に、意見を求められた際に何も答えなかったがために、帰された人がかなりいたそう。
確かに日本の教育では、授業中に椅子に座ってさえいれば【OK】という風潮がなくはないですよね。
これは積極的な自己主張を好まない日本人特有の光景なのかも知れませんが、長女に言わせれば、本当の意味で【英語を学ぼう】と思ったら、そこの意識を変えるところからやらないと話にならないそうです。
むしろ必要なのは【それ】だけ。
日本人のマインドの上にいくら英語を乗っけたところで、英語話者にはなれないんだとか。
英語の授業に行ったら、まずはパッションを【アメリカン】に切り替える。そして勇猛果敢に主張し続ける
それだけで何とかなる
それがこれまでに彼女が学んだことです。
そもそも、これまで我々が受けてきた日本の英語教育というのは、ネイティブでも気にしていないような【正しい文法を用いた英語】に固執していました。
それで【s】を付け忘れたとかいうちょっとしたミスで、容赦なく減点されてきたわけですが、今になってネイティブが喋っているのを聞いたら『sなんかどうせ聞こえねえし、そもそも言ってねえじゃんっ』みたいな現実を思い知らされているのです。
『我々の努力って何だったの』
日本国民のほとんどが、英語教育PTSD(心的外傷後ストレス障害)と言っても過言ではないのかも知れません。
思い出して下さい。
我々が学生だった頃の英語の授業など、コミュケーションを目的としたものではなくて、法廷での尋問みたいな雰囲気でしたよね
前置詞1つ間違えようものならば『偽証罪』よろしく【バツ❌️】を付けられるのです。
【不正解🟰罪】生まれて初めて英語に触れる中学生からしてみたら、公開処刑の雰囲気すらあった気がします。だったら『黙秘権』を行使したくなる、そういう気持ちも分からなくはありません。
本当に必要だったことは、まずは教室にミラーボールを設置して、皆んなで英語のダンスミュージックをシャウトすることだったのかも知れません。
そういう経緯から長女は最近『How's it going』と聞かれたら、特に元気じゃなかったとしても、とにかく『Awesome
』か『Fantastic
』で答える
なぜならばそれが【英語というものだ
】と、そういう認識で生きることにしているそうです。
それでそんな長女が、人生において一番最初にぶち当たった英語の壁というものがあるそうなので、最後にご紹介しましょう。
それはまだ栃木県にいたときのこと。
中学校の修学旅行にて【京都で外国人観光客に英語でインタビューしてみよう】という課題が出されたと言う。
それで班長だった長女が班を代表して突撃インタビューをしたのですが、選んだ相手が、、、まさかのロシア人だった。
先生まず先に、英語話者とロシア人の見分け方を教えておいて下さい
『しまった』と思うもロシア人に趣旨を説明すると、快く引き受けてくれるという。だがしかし『実はボクもそんなに英語は分からないんだよ
』
長女曰く
【ここからの攻防を、私は一生忘れないだろう】
日本人中学生が投げたジャパニーズイングリッシュをロシア人が投げ返す。
『あんだって』ネイティブイングリッシュですら分からないのに、生まれて初めて聞くロシア人の英語など聞き取れるはずもなかった。だがしかし、彼は一生懸命に協力してくれているのだ。今さら引き返すことなど出来るはずもない。
かくして日本の古都京都にて、日本語しか知らない日本人と、ロシア語しか知らないロシア人が、英語でのコミュケーションを試みた歴史的瞬間が生まれたのだった。
プロジェクトX!!!
この時長女は悟ったという。
言語などただのツールに過ぎず。人と人とがコミュケーションを図る上で最も重要なことは、互いに歩み寄ろうとする寛容な心と、相手を理解したいと思う熱い情熱なんだということを。
あんたつくづく持ってるね〜
15歳でその悟りはなかなかないぞ
どうやら長女の運命のトリガーは、この頃既に引かれていた気がします。
メンタルやくざは1日にしてならず
皆さまの参考になれば幸いです(何の
)
そして今日も私は
世界平和を願って止みません。
We are the world 🌎