こんにちは侍ままんです。
先日、闘病中と伺っていた旦那様のお父さんが、余命1カ月との報告を受け、非常に驚きました。
お正月に会った時には、ご病気とは言え、そんなに悪いようには見えなかったからです。
衰弱の波とは、見えないところで着々と渦巻いて、急に表層化するものなのでしょうか。
それで急きょ、お見舞いに行こうかと調整しているところです。
それとは別に、たまたま栃木の仲良しのお友だちに用事があって、先ほど連絡をしたんです。
そこんちは、栃木に住んでいた頃から、次女さんがしょっちゅう泊まりに行っていたほど、お世話になったお宅です。
じいじとばあばとの同居家族で、祖父母と離れて暮らす我が家からすると、自分のじいじとばあばよりもうんと身近な存在でした。
東京に来てからも泊まりに行ったことがあったのですが、しれっとそこんちのコタツに座っていたら、外から帰ってきたじいじが『次女ちゃん来てたの。おかえり。』って言ってくれたと嬉しそうに話していました。
早朝には、早起きのじいじと一緒に田んぼに散歩に出掛けて、コンビニでちゃっかり何か買ってもらったこともあったとか。
基本男の人がキライな次女さんにしては、珍しく懐いていたのが、ここんちのじいじでした。
それで今日、たまたま連絡したら『じいじ先週急に亡くなったの。』という報告。
自分のじいじも現在危ないところですが、「そっちの」じいじが亡くなったことが我々には非常にショックなことでした。
「もうおかえりって
言ってもらえないんだね」
次女さんはとても悲しそうでした。
身内って意外と色々気を使ったりして、よそよそしくなったりもするでしょう?
意外と、友だちのうちの「じいじ」って、丁度良い距離感で、たま〜に会って優しくしてもらえて貴重な存在だったみたいです。
今日たまたま連絡したのも、仲良しだったじいじからの、虫の知らせだったのかな?
日本は、家族間殺人が多い特殊な国だと言われます。家族の恥は【門外不出】みたいな精神があって、家族の中で毒が煮詰まってしまうのかも知れない。
だからこそ、私は子どもたちには、自分の親と上手く行かなくなったら、よその大人に相談しろ、と言っています。
そのためには、気軽に話せるような、家族ぐるみの交流は必要だと思っています。
親子は多かれ少なかれ、絶対に揉めます。
特殊な感情が生まれる間柄だと、覚悟しています。
ですから、
【自分の家庭以外にシェルターを持つ】
日本ではあまり馴染みのない考え方ですが、私は必要なことだと思っています。
そうすれば、おかしな家出サイトなんかに引っ掛からずに済むでしょう?
ちゃんと相談できる大人を用意しておけば、子どもにとっても自分にとっても【お守り】になると思う。
次女さんのシェルターになってくれた「じいじ」と友だち一家には、とても感謝しています。
次女さんはきっとじいじを忘れないよ。
じいじ、仲良くしてくれてありがとう。