三林支局長「所さ~ん」
所「何だ三林」
三林「もしかして今日がイタリアローマ支局、スペシャルという事を忘れたんじゃないかな~と思いまして…」
所「忘れてる!忘れてる!」
三林「いやいやいや、いよいよ1年半に渡るイタリアローマ支局最後のVTRです!ではVTRスタート!」
所「どんなんだろう最後は」
【笑ってコラえて!ローマ支局】10/24
アッピア街道編 前編
真地勇志ナレーター:日本から来たローマ人ローマ街道を行く!Part3
今から半年前(4/18放送)スタート地点サン・セバスティアーノ門。
ジェンナーロ、クラウディア両支局員の提案で始まったアッピア街道を旅するこの企画。
アッピア街道とは2300年以上前の紀元前312年政治家アッピウスの指導で整備された、
人類史上初の排水設備付き完全舗装2車線道路。
ローマからブーツのかかとに当たるブリンディシまで、
全長550kmに及ぶ長い道づくりは完成までに121年を要したという。
クラウディア「行けば何かアッピア!」
三林「ハッハハハ」
真地ナレーター;するとクラウディア支局員の言う通り、確かにいろんなものがアッピア。
例えばローマからの距離を示す為1マイルごとに置かれたマイル石柱や――、
ジェンナーロ「馬車の車輪の後ですよ。」
三林「ここ!?」
真地ナレーター;馬車のわだちが残る硬い溶岩石で出来た道の敷石など、
古代ローマにタイムスリップさせるものが、アッピアコッピアにめじろ押しだ。
途中クラウディア支局員は仕事で現代に帰ってしまったが、その後はジェンナーロ支局員と2人で旅を続け、
過去2回の放送でローマからおよそ100km地点のテッラチ―ナという港町まで到達していた。
ゴールのブリンディシまで残り450kmもある。
だが今日でローマ支局が閉局ということで、あらためまして日本から来たローマ人ローマ街道を行く!完結編 残り450kmだけど、意地でもゴールしますSP!
三林支局長とジェンナーロ支局員は、前回の終了地点テッラチ―ナを出発!
海を離れ20kmほど進むと辺りの景色はすっかり変わっていた。
三林「もう結構山の奥まで来たけれど、ここは本当に――これもアッピア街道でいいのかなぁ。」
ジェンナーロ「うんほら見て下さい。この石ローマで見たのと同じでしょ。」
三林「アッピア街道ってこんな山の中も走ってたんだね」
真地ナレーター;そして石畳の山道をしばらく歩くと、道沿いに立つ看板を発見。
そこにはLA VIA APPIA ANTICA古代アッピア街道の文字が
ジェンナーロ「あっスゴイ!この壁も古代からありますって。」
三林「あ、あれか!これも古代の壁なんだ。何用の壁って書いてある?これ。」
ジェンナーロ「道作るためでしょだって!こういう形だったから、山。」
三林「ここが道か!」
ジェンナーロ「そう!そうです。」
三林「壁を作って道にしたんだ!」
ジェンナーロ「土いれて、そう。」
真地ナレーター;なんとこの道、斜面に立てた石の壁と斜面の間に土を盛り、
平らにならした土を通していたのだ…というのはたやすいが、
土を支える石壁が崩れれば当然道もあっさり崩壊する。
重機もない時代に山奥に作ったこの道が、
2000年以上も無事でいることが古代ローマ人の技術の高さを物語っている。
そしてここだけで崖の道は永遠5km続いている。
三林「じゃあこっから先は新アッピア!行きましょうか。」
ジェンナーロ「はい。」
三林「じゃあ行きましょう!」
ジェンナーロ「行こう!」
真地ナレーター;そして山道を移動すること30km。
やって来たのはローマから150km地点にあるミントゥルノという街。
三林「お!なんだこれ!ジェン君。これ何これすごいでっかい建物あるけど――。」
ジェンナーロ「これ遺跡ですよ。」
三林「遺跡!?」
真地ナレーター;柵で囲まれたミントゥルノ古代遺跡地区。ここにアッピア街道と深いかかわりがある遺跡が、
残されているらしい。早速入場料5ユーロ(約500円)を支払い遺跡地区の中へ。
三林「お~!」
ジェンナーロ「わー何これ!すごい!」
三林「なんだここ!」
ジェンナーロ「真っ白の大理石、これが凄いじゃないですか!」
三林「うん、ちょっと近く行こうぜ。」
石畳に残る馬車のわだちを見てジェンナーロ「あ!三林さん見て下さい!これアッピア街道ですよ。」
三林「これアッピア街道?わー凄い!」
真地ナレーター;アッピア街道が貫く街ミントゥルノはローマが南方へと領土を拡大する際に、
植民都市が置かれ商業や交通の拠点として、さほど大きな街にも見えないが世界の都市ローマに倣い、
都市として必要な機能はしっかりと備わっている。
ちなみにアッピア街道に面して立つあの大理石で出来た真っ白な柱達。それをくぐった先も何かの跡らしい。
看板に書かれた開設を読んでみると――、
ジェンナーロ「食べ物の市場」
三林「さっき上がって来た所ここだ!」
ジェンナーロ「そう。」
三林「こう来たわけだ。ここ市場だったんだ。」
真地ナレーター;屋根の描かれていないイラストと現在の遺跡を比べてみると、
確かに区切られた区画は一軒一軒の店だったことが見て取れる。
ジェンナーロ「ここはお店一軒があって、この跡見て下さい。」
三林「何この溝みたいな所」
ジェンナーロ「ここにお店のシャッターみたいなものがありました。そこは入り口ドア!!跡が残ってますよ。
開けてた所。」
三林「本当だ。」
ジェンナーロ「ドアが回って、でここに木の板何枚を置いてあって、この溝のない所までこうやって流して外して、こうやって1枚づつお店開いてました。」って観てないひとには分からないと思いますが…取り敢えず―――。」
三林「なるほどね。」
当時の様子をまねてみるジェンナーロ「いらっしゃいませ~」
三林「あ、なるほど!」
真地ナレーター;その他にも柱の一部が残る神殿の跡や、床にモザイクが施された公衆浴場など、
2000年前の街の様子を伺えるさまざまなものが残されている。
三林「ジェン君あえは?あのでっかいのは?」
ジェンナーロ「あれは劇場!やっぱりここから見るとミントゥルノが、どういう風になってたかよくわかりますよね。」
三林「すごいねぇ~」
ジェンナーロ「市場があり温泉があり神殿があり劇場もあって、ミニローマを作ってたんじゃないですか!」
三林「ミニローマね。」
真地ナレーター;古代ローマではローマからどれほど遠く離れても、
人々は小さなローマに住みローマ人としての誇りを持って生きていた。
小さなローマ・ミントゥルノを出発し、続いてやって来たのは本物のローマから265km地点の街ヴェネヴェント。
ジェンナーロ「見て下さいあれ!あれ是非見せたかったんですよ。」
三林「すげぇ~」
ジェンナーロ「凱旋門ですよ。」
三林「凱旋門!?フランスか!って感じ」
ジェンナーロ「ローマにはいっぱいあります。」
真地ナレーター;確かに凱旋門と言えばナポレオンの命になるフランスパリのものが有名だが、
凱旋門の発祥はナポレオンより1800年も前、古代ローマ時代にさかのぼる。
凱旋門とはそもそもローマの将軍や皇帝達が戦いで勝利を収めたあと、凱旋式に記念として建設させたもの。
その為門の至る所で戦いでの功績を示すレリーフや言葉で飾られている。
その歴史に倣いナポレオンが1805年アウステルリッツの戦いでの大勝利に喜び建てさせたのが、
パリにあるエトリール凱旋門だ。だが完成までに30年を要した。
その門をくぐったのはフランスの英雄ではなくその亡骸だった。
ジェンナーロ「これがトライアヌスが造った凱旋門ですよ。」
三林「へぇ~」
真地ナレーター;ローマ皇帝トライアヌス(紀元98~117年)とは紀元1世紀終わり頃のローマ皇帝、
戦いに優れローマ帝国の領土は彼の時代に最大となった。
三林「なぜまたこれこんな所にこんなの建てたの?」
ジェンナーロ「こちら」
三林「これ?はいはい。」
ジェンナーロ「これがトライアヌスがアッピア街道を作った壮行式を表わすための画です。」
三林「アッピア街道 トライアヌス?」
ジェンナーロ「実はねぇここからアッピア街道が2本に分かれていますよ。
旧アッピア街道とトライアヌスが作ったアッピアトライアーノがありますよ。」
真地ナレーター;トライアヌス時代、アッピア街道は完成後すでに300年近くを過ぎていた。
そこで彼は古くなった道より早く、そして楽にブリンディシまでたどり着くようにと、
新たな道アッピアトライアーノを建設したのだ。
その完成を祝って紀元114年にこの凱旋門が建てられたという。
ローマ人達は道の開通を戦いでの勝利に匹敵するものと考えていたのだろうか。
だが早くて楽な道があっても2人はもちろんアッピウスの旧アッピア街道を進む。
三林「ツライ方行くんだ!」
ジェンナーロ「行きましょう!」
真地ナレーター;とここで一気に長距離移動!!ローマから550kmの街ブリンディシへと突き進む。
三林「あ!あ!あ!あ!」と標識を発見したのだ。
ジェンナーロ「ブリンディシだ!!」といってジャンプして標識に手を伸ばす。
三林「きた~!」
ジェンナーロ「ヤッホー!」
三林「あとちょっと!(じゃあ終点行きましょう。)」
ジェンナーロ「アンディアーモ!!」
三林「Go」
続く
FINE■□1/2
ローマ支局最後のコーナーがアッピア街道かぁ、
ローマへの道も一歩からかぁ!