長靴の国へ向かって! -6ページ目

長靴の国へ向かって!

昆虫とイタリア、映画見聞録などですが、
最近は日々の出来事を気ままに綴ります。
yahooブログからの引っ越し組です。

春はアモ~レ!ダジャ~レ!マンジャ~レ!!
今日だけ復活!伝説のローマ支局 スペイン支局も陽気にアミ~ゴ!アミ~ゴ!!3時間スペシャル
    【笑ってコラえて!ローマ支局】4/3  
                    シンクロ編 後編
真地ナレーター;夢も希望も見失い呆然として過ごす毎日。
そんなある日一本の電話がかかって来た。
話の内容は所属するラサ・シンクロの子供達を、1ヶ月後の大会まで教えてほしいというものだった。
 
友松「大分イケてない子が多いから〈たいへんやなぁ〉って言われてたんですよ、もう。
その子達が全国で3番になったんですよ。メッチャ嬉しかったんですよね。
その時にコーチとしてっていうか――、指導者としてやりがいを感じましたね。」
 
真地ナレーター;選手の道を断たれた友松さんは、指導者の道に希望の光を見出した。
その後友松さんは数多くのジュニア選手を手掛け名選手に育てた。
そして27歳の時、その手腕を買われ1999年ナショナルチームにコーチとして就任。
その時日本代表を率いていたのは日本シンクロナイズドスイミングの母と今も称えられる、
名将・井村雅代ヘッドコーチだ
 
友松「初めての海外試合ですよね。会場に行くだけでもなんかこう足が…、こうなるっていうんですかねぇ、
全ての国が自分の日本よりも上手いと思ったんですよ。
思わず井村先生の所に行って〈すみません皆が上手く見えて〉って…、ちょっとないてしまったんですけど。
その時(コーチは強くならないといけない)って、年々そういう風に背中を叩かれていましたね。」
 
真地ナレーター;井村ヘッドコーチの下で指導者としての経験を積んで行った友松さんは、
2000年シドニーオリンピックで日本シンクロオリンピックの最高位・銅メダルの獲得に貢献。
そして2001年の世界水泳選手権ついに井村ヘッドコーチは友松さんに、団体演技チームの指導を一人された。
その結果は――。
見事銀メダルを獲得。
 
だが彼女自身は、
 
友松「ものすごいプレッシャーでした。もう怒りまくってました。だから顔が歪んでいたと思います。余裕が無い。」
 
真地ナレーター;更に数々の国際大会に参加し各国の選手の様子を見ているうちに、日本のシンクロに対してある疑問が湧きあがった。
 
友松「(外国人選手は)もう和気あいあいと言いながらわっ~っと喋りながら――、
かと言えば日本選手って、黙ったご飯食べて試合の事だけを考えているし考えさせられている。
シンクロって楽しいよって私は思っているけれど、この子達にはそれを伝え切れてるんだろうか?」
 
真地ナレーター;そして2004年アテネオリンピック、チーム/デュエットの両方で銀メダルを獲得すると、
両肩に乗った重荷を降ろすと井村ヘッドコーチは日本を離れ中国での指導を開始。
そして友松さんもシンクロの楽しさを伝えるという原点に立ち返るため、
ナショナルチームを離れ古巣のラサ・シンクロクラブでの指導に戻る。
2007年縁あって友松さんは日本代表の指導者に復帰したが、
一度湧いた疑念は消えず彼女は代表チームを去った。そして今度はクラブチームにも戻らなかった。
 
その後、イタリアからコーチの依頼が来たのだ。
こうして2011年9月、友松由美子さんはイタリアに渡りナショナルチームのコーチに就任。
 
三林「目の前の大会もありますけれど、目標っていうのは?」
友松「今の私が見ている若い選手達が良いスタートが切れるように、やっぱり持って行ってやりたい!」
 
 
 
ここからスタジオトーク。
所「なるほど。」
三林「というわけで結果をご報告させて頂きたいと思います。
こちら友松さんが率いるシンクロデュエットチームなんですが、
あのメンバーでは初の(フランスオープン)国際大会だったといこともあり、
規定演技のテクニカルルーティーンで14チーム中6位という結果でした。」
所「あーなるほど。」
三林「はい、今後に期待したいと思います。」
所「でも、行ってましたもんね。どういう風な道のりで金メダルまで行くかっていうのを見てみたいって。」
三林「はい。」
所「ありがとうございました。」
ローマ支局員達「チャオ チャオ~!!
 
 
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■■2/2終了
 
 
これを観てたら昔ジーコがわざわざサッカー後進国だった日本に選手としてプレーしに来たことに、
何か近い感覚があるのかなぁ~と思ったりしました。
 
外国人が日本に来て監督や指揮を執る 、逆に日本人が海外に出て選手を指導する。
他国が強くなるのは嫌だなぁと思うけれど、それは自国も強くなる一因になるのかもしれない。
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    【笑ってコラえて!ローマ支局】4/3  
                    シンクロ編 前編
三林「スペインが今頑張っているので、そこに負けないように臨時だけど頑張って、
何か良いアイディアないかな?」
クラウディア「実はイタリアのシンクロナイズドスイミングのナショナルチームは、
今日本人がコーチをやっていると聞きました。」
三林「へぇ~!」
 
真地勇志ナレーター;調べてみると、イタリアナショナルチームのコーチの名前は友松由美子さんだと分かった。
三林支局長は友松さんに会うためサボナという街に向かった。
 
車内にカメラを向けるとアルマンド現地支局員と共に支局長が、
鼻に洗濯ハサミをつけて手の動作もつけてシンクロの真似をしています。
車で移動すること8時間、イタリア北部ジェノバに程近いサボナは、中世の街並みが残る人口およそ6万人の港町。8世紀頃から石鹸製造が盛んでフランス語で石鹸を意味するSAVONの語源だと言われている。
訪れたのはナショナルチームが練習中の市民プール。
中に入ると、
 
三林「すごい!あっ!やってる やってる やってる すげぇ~!」
あれが日本人の友松コーチだよ。ちょっと下の方へ行ってみよう。」
アルマンド「行ってみましょう。」
 
ここはもちろんアポを取ってあったのでしょう。
 
三林「今ちょっといいですか?」
友松由美子「はいはい。」
三林「はじめまして。」
友松「初めましてどうも。」
三林「友松コーチってもっと怖い感じのイメージだったんですけど――、結構お美しいよいうか。」
友松「そうですか?映り良いですか?大丈夫ですか?」と言いながらめがねを触る。
 
真地ナレーター;こちらが2010年からイタリアナショナルチームを指導している友松由美子(40歳)コーチだ!
シンクロナイズドスイミングとは水中で音楽に合わせて肉体を動かし技の完成度、同調性、表現力などを競う採点競技。日本代表マーメイドジャパンはシンクロが正式種目になったロサンゼルスオリンピックでの銅メダル以来、7大陸連続でメダルを取り中でも銀メダルに手の届いたシドニー、アテネの2大会で、
コーチとして名将井村雅代ヘッドコーチの右腕として活躍したのが友松由美子さんだった。
 
三林「なぜこのイタリアでコーチやろうと思ったのですか?」
友松「違うシンクロっていうか、誰しも頂点を目指しているんですよね。日本の1つのこの上がり方の道、頂点の上がり方はもちろん見て来たので知ってるんですけど、その違う上がり方を見てみたいなっていう感じですね!」
 
真地ナレーター;イタリアは2010年のワールドカップでチームデュエットともに7位。
昨年のロンドンオリンピックはチームでは出場できず、デュエットでは7位。
友松さんのイタリアで頂点を目指す道はまだ上がり始めたばかりだ。
 
三林「今イタリアに来て?」
友松「3年ですね。」
三林「どうですか、今まで振り返ってみて?」
友松「例えば母国語でのように選手達に接して、いろんな事を伝えられたらもっと言いたい事は山のようにある。もっとシンクロの楽しさって言う事を伝えてやりたいって思うんですけど、
まだ足りてないところはもどかしいですね。」
 
真地ナレーター;昨年イタリアはリオデジャネイロオリンピックに向けて、デュエットを若い選手に入れ替えた。
中国、日本、スペインなどが参加し、その成果を測るべき大会がフランスで2週間後に控えている。
友松さんは3人の選手からどの2人を選ぶのか検討中なのだ。
 
友松「飛び込みからやって!」
 
真地ナレーター;…と言われたのはリンダさんとフランテェスカさんの19歳コンビだが、
まだ選手をこの2人だとは決めてないので、コスタンツァ(21歳)さんも隣で同じ演技を行う。
 
友松「始めて!」
 
真地ナレーター; 今やっているのはデュエット テクニカルルーティーン
テクニカルルーティーンは8つの規定要素を演技に入れ2人の選手が同方向で同じ動きをしなければならない。
 
指導風景の映像に戻ると、
友松「バレエの足はどこに行ったの?悪いけどここから見ていて良くないわ!
1.2.3.4.5.6.7.8動きがルーズ過ぎるわ。1.2.3.4.5.6.7.8もっと伸ばして!
パ~ンパ~ンパ~ンパ~ンこんな風になってる。」
 
真地ナレーター;今指摘したのはこの後の脚の開閉部分、メリハリがないことを注意された。
それにしても話せないよ言っていた割には流暢なイタリア語だが――、
 
三林「イタリア語はどちらで覚えたんですか?」
友松「日々の練習の中ですよね。他のコーチがこういう風に言ってるなっていうのは、
これは何を言っているのかって言う事を、例えばメモしたりしますよね!
っていうのから入っていったんですけけれど・・・。」
 
選手に聞きます。
三林「友松コーチはどうですか?」
選手「厳しいです。でもそれが役にたってます。今までそういう経験をした事はありませんでした。
コーチが来てから落ち着いて試合を迎えられるようになりました。」
 
真地ナレーター;友松由美子さんは1972年大阪で3人きょうだいの末っ子として生まれました。
幼い頃はどんな性格だったかというと――、
 
友松「友達と鬼ごっことかかくれんぼとかしたりするじゃないですか、
鬼になったらもう私はやめて帰るんですよね。」
 
真地ナレーター;スポーツ好きの父・豊一さんの影響で小学校1年生で水泳を始めると、
全国ジュニアオリンピック平泳ぎの部3位に輝いた。
だが水泳は友松さんにとって鬼ごっこの鬼だった。
 
友松「華々しくないというか――、
ただタイム追いかけて地味なシンクロって音楽が流れてキレイな水着を着てお化粧もしたりとかして、
競泳よりもシンクロの方が楽しそうやなと思って!」
 
真地ナレーター;競泳をあっさりやめ地元大阪のラサ・シンクロクラブに入会。
ところが華やかだと思っていたシンクロもしんどい競技だった。
 
友松「辛かったですね。足を上げたまま、ずっと上げっぱなしで25m行くとか――、」
三林「よく辞めずに
友松「辞めたいって言った事はないですね。」
 
真地ナレーター;友松さんは生まれて初めて心から打ち込めるものを見つけた。
6年後彼女の努力は実を結んだ。高校2年でナショナルチームに召集されたのだ。
だが、
 
友松「選手としては私全くイケてないですよ。補欠止まりなんですよね。正選手に入れないというか、
でもやっぱり好きだから――、シンクロ続けてる。やり続けたいっていう思いでしたよね。」
 
真地ナレーター;高校卒業後はクラブチームでの練習に専念して、上を目指し努力を続けた。
そんなある日、健康診断で再検査という結果がでた。訪れた病院で19歳の友松さんを悪夢が襲った。
医者:心臓の機能に異常があります。このまま選手を続けていると命の保証はありません。
 
友松「」自分としてはもうがーンと来ているので、スポーツはもうシンクロが出来ないんだっていう、帰りの道のりで頭が地面につきそうなくらいうなだれながら、家に帰った事しか覚えてないです。
それくらいショックでした。」
 
fine
 
つづく
□1/2終了
 
人にはドラマがありますね。
選手としては断念せざるおえなかったけれど、コーチとして見事花開いた訳だから素晴らしいです。
イタリア語も上手になって羨ましいです。
 
           【おしぼり人形】
このおしぼり人形発案された人、テレビで2回ほど放送されたのを観ました。
夜、相撲ダイジェストの後に放送されていたのとあとは“おはよん”だったかな。
 
おしぼり人形 ネットで評判 北九州の会社会長の名人芸
 
 
なかなかそう簡単には人形を動かせないですね。
さすが名人!
 
 
自分もやってみたけれど、
小さいサイズのおしぼりだったせいかちょっと変かも!?
イメージ 1
仮に人形は簡単に作れても演技が難しいですね。
でも何か簡単なものでいいので一芸覚えたいですね。
 
まだまだ忘年会までには日があるもんね。。。
   【笑ってコラえて!ローマ支局】4/3
                   ヴェルディ編 後編
真地勇志ナレーター;続いて案内されたのはヴェルディが長年作曲していた寝室兼仕事部屋。
 
アンジョロ「彼はこの机で作曲していました。ピアノでは作曲しません。
曲はヴェルディの頭の中にあり弾きながら曲が出来上がる訳ではないのです。」
三林「ここにヴェルディが座ってた?」
アンジョロ「そうですよ。すべてオリジナルですから…」
三林「座っても良いですか?」
鮎沢「Puo' sedere?」
 
そうするとアンジェロさんが椅子をひいてくれました。
 
三林「おお!スゴイ!やばいヴェルディなった気分になる!」
アンジョロ「・・・
三林「すごいですね。」
アンジョロ「どういたしまして。」
 
真地ナレーター;ずうずうしい支局長は置いといて、ヴェルディに話を戻そう。
ヴェルディがサンターガタで暮らす一方、統一運動は進み1861年統一イタリア王国成立
ヴェットーリオ・エマヌエーレ2世はイタリア王となった。
VIVA VERDIは現実のものとなったのだ。
 
同じ年47歳になるヴェルディは国会議員になった。ちなみに日本はまだ江戸時代、明治維新はなっていない。
57歳で超大作「アイーダ」を作った後、ヴェルディは長い沈黙を保つ。
そこで一計を案じた出版社「リコルディ」と若手台本作家アッリーゴ・ボーイトがヴェルディの大好物である
シェイクスピアのオペラの台本をチラ見させると、案の定ヴェルディは食いついて来た。
前作アイーダから16年 73歳にして完成したのがシェイクスピアのオセロを原作とする『オテロ』だ。
 
オテロ♪我々と神のものだ、栄光は ~nostra del ciel e' gloria!
何事においても完璧主義者のヴェルディは、
かねてから歌が終わるたび拍手で音楽が止まることを好まなかったが、
オテロに至り音楽は1幕およそ1時間ほど途切れることなく拍手のタイミングすらない、
だが聴衆は大作家の巧みな作劇に酔いしれた。
 
それにしてもヴェルディはなぜ長い間オペラを作らず暮せたのか?
その理由の一つがヴェルディが若い頃から出版社に求め続けて来た著作権を、
彼が得ていたことに他ならない。
イタリアオペラでの彼の先輩ガエターノ・ドニゼッティ(1797年~1848年)は、
生涯で70以上のオペラを作曲しながら50歳の若さで貧困のうちに死んで行く。
 
作曲家には作曲料が1度払われるきりだったからだ。
 
だがヴェルディは著作権ロイヤルティーを確立したので、
公演が行われる度に楽譜の出版社から利益の分け前が来る。
そして彼以降の作曲家は皆この恩恵を被ることになる。
勿論シンガーソングライター所ジョージもその一人である。
 
さてヴェルディが最後に手掛けたのもまたシェイクスピアだった。
初演は1893年ヴェルディ80歳になっていた。
しかもあの2作目以降実に53年ぶりの喜劇。題名は『ファルスタッフ』♪tutto nel mondo e' burila
自分はもてると思っているちょっと太っちょ騎士のファルスタッフが、女達に思いっきりからかわれる。
80年間むっつりと悲劇を作り続けたて来た田舎の農夫兼作曲家は、
軽快なフーガに乗せて最後の最後に言い放った。
この世はすべて冗談なのさ、最後に笑う者が一番よく笑う」と、
だがヴェルディが我が人生の最高傑作と呼んだのは今まで紹介したどのオペラでもない、
三林支局長はその作品に触れるため三度、鮎沢さんと共にミラノに向かった。
 
鮎沢「あっ!三林さんアレです!」
三林「えっ?」
鮎沢「アレがカ―ザ・ディ・ヴェルディです。」
三林「アレ!?」
鮎沢「はい。」
イメージ 1
真地ナレーター;そこにあったのは建物だった。看板には音楽家のための憩いの家とある。
ヴェルディは蓄えた金を使い、老いて働けなくなった仲間が安らぎの中で生きて行ける養老院を作ったのだ。
この家は完成後100年以上経った今でも現役で56人のヴェルディの仲間達が暮らしている。
その中で1人のご年配の女性に話を聞く――
 
三林「こんにちは
年配女性「こんにちは
三林「元音楽家でいらっしゃいますか?」
年配女性「えぇ!バイオリニストです。」
三林「おばあちゃん今お幾つなんですか?」
鮎沢「変な事聞いてごめんなさい。お幾つなんですか?」
年配女性93歳です。」
三林「え~見えないですね!」
年配女性「バイオリンや音楽が私に若さを与えてくれるのね。今もまだバイオリンを演奏して勉強しています。」
三林「ヴェルディってどんな人だったと思いますか?」
年配女性「彼はこの家を建てる事を思いつきました。
どんな偉大な音楽家、画家でも誰一人この様なアイディアを持った人はいません。
偉大な音楽家であった以上に大きな心を持った人でした。」
 
真地ナレーター;ヴェルディは晩年、この憩いの家の他に慈善病院もつくった。
大作曲家は金の使い方を知っている偉大なるケチだった。
そしてジュゼッペとジュゼッピーナのヴェルディ夫妻は、憩いの家の中庭にある礼拝堂に眠っている。
 
三林「もしヴェルディに声が届くとしたら何を伝えたいですか?」
中年女性「あなたの思考の長命さ、将来を見通したあなたに感謝します。ありがとうヴェルディ。
それしかないわ。」
 
真地ナレーター;すると・・・
 
♪「行け我が想いは金色の翼に乗って」を自然と皆が歌い出す。
 
真地ナレーター:ヴェルディは今から200年前に生まれ、今から112年前に死んだ。
だがイタリア人にとって彼は今から200年前に生まれ、今も心の中に生きている大切な友なのだ。
全員で「VIVA VERDi!!!」
 
ここからスタジオトーク
所「これまたすごいお話ですね。これねぇ。」
米倉涼子「才能がある方ってステキだなと思うんですけど…、
また違う所でもその自分の才能を利用しているっていうのが素晴らしいなって!っていうか――。」
所「曲の方はね詞もそうだけど、農夫をやりながら悲劇を書く!どんな気持ちで畑やってんだか!?」
関根麻里「イタリアの三林支局長~」
 
カメラが現地に切り替わるとヴェルディに変装している支局長。
 
所「お前コラ!」
支局員達「♪乾杯しよう 美が彩る喜びの盃の中で~
所「あ~だめだな、こら!おい三林!おいこら そこの
支局員達「♪そしてつかの間の時 快楽に溺れよ~
所「そこの!そこの5人
支局員達「♪!」
所「そこの5人!」
三林「ウフフッ
所「ウフフッじゃねえよ。」
 
三林「ちなみにですね、ヴェルディに関して追加情報をお伝えしたいと思います。
こちらではヴェルディ生誕200年を記念して、こちら!今年2ユーロコインが発行される予定です。
とにかくヴェルディはイタリア人にとって、まさにシンボルなんです。
あとですねヴェルディの生涯は最近研究が進んで、
いろんな説あるんで興味を持った方は是非調べてみて下さい。」
 
所「益子君は興味ないでしょ?」
いや僕は物凄いヴェルディさんに親近感が沸きました。」
所「どういう?」
益子田舎で畑やっているとか…、なにしろ名前が『ジュゼッペ、ジュゼッペだっぺ 』栃木弁みたいな。」
 
 
 
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■■2/2終了
 
 
著作権と密接な関係があったんだね。
 
ヴェルディ・・・音楽教室にポスターが貼ってあったか――、記憶にないなぁ~。
春はアモ~レ!ダジャ~レ!マンジャ~レ!!
今日だけ復活!伝説のローマ支局 スペイン支局も陽気にアミ~ゴ!アミ~ゴ!!3時間スペシャル
 
三林「イタリアローマ支局の三林です。柳川支局長には申し訳ないんですが、
今回の企画趣旨を曲げてまでスペインを入れる必要は無いと思います!」
所「いやいや入れて良かった。」
関根「美味しいです。(食べながら)」
三林「ちょっと待って下さい!今日だけ復活イタリア・ローマしきゃくというからには、
それなりのネタをお見せしなければいけません!」
益子「言えてない。」
三林「じゃあいつやるか?。」
所「何だよ?」
三林「今でしょ!
所「何言ってんだ、お前ねぇ
 
三林「それでは~!(現地支局員共々)VTRスタート

所「食べながら見るわ。」
    【笑ってコラえて!ローマ支局】4/3                          ヴェルディ編 前編
真地勇志ナレーター;ローマ臨時支局!開設初日
 
三林「何かスペシャルな企画がある人!」
クラウディア「はい!実は今年はヴェルディ生誕200年のメモリアルイヤーなんですよ。」
三林「ヴェルディ!?」
ジェンナーロ「Jリーグの東京ヴェルディと違いますよ!」
クラウディア「ヴェルディはイタリアの作曲家です。たくさんのオペラを作った人です。」
 
真地ナレーター;ということでヴェルディの曲を聞いてみると…
 
三林「あっ!コレ知ってる!」
ジェンナーロ「じゃあコレは?」
三林「あっ!コレもなの!?すげぇな!ヴェルディ!!」
ジェンナーロ「でしょ!」
 
真地ナレーター;今から200年前の1813年誕生ジュゼッペ・ヴェルディは生涯に26のオペラを創作した。
その中にはそれと知らず我々が聴いているものも多い。イメージ 1
 
例えば『リゴレット』より♪女心の歌~la donna e' mabile
更に『アイ―ダ』より♪凱旋行進曲la marcia trionfale
サッカーの応援に使われるこの曲も
ヴェルディのオペラの一節
『トロヴァト―レ』より♪鍛冶屋の合唱  
大人数のマッチョなこの合唱もヴェルディ先生の作
そして映画「バトル・ロワイヤル」や
テレビ番組の効果音でよく耳にするこの曲も
『レクイエム』より♪怒りの日
~dies inaeヴェルディだ!
 
これは放っておけない!
するとちょうどヴェルディ作品の公演があり
取材協力が得られたので三林支局長はトリノへ向かうべく
ローマ・テルミニ駅へジェンナーロ支局員と待ち合せた
 
すると、
 
 
三林「あっ!ちょうど来た!」「おはよう
鮎沢由香里「おはようございます。」      ウィキより→    
 
真地ナレーター;こちらは鮎沢由香里さん。
2012年8月15日放送の                                             
ローマ・サンタチェチーリア音楽院で声楽を学ぶオペラ歌手の金の卵。
 
人脈使いますねぇ~。
そう言えば現地支局員達にはいったい幾らぐらい賃金を払うのだろう。
 
一行が訪れたのは北イタリアの大都市トリノにあるトリノ王立劇場。
かつてトリノがサルデーニャ王国の首都だったことからそう呼ばれる。
 
今回の演目は「La trauiata~椿姫
より自由に画を撮れる本番さながらに客も入れてのゲネプロの取材だ。
 
これも耳慣れた名曲「乾杯の歌」♪libiamo ne'lieti calici 
主人公ヴィオレッタはパリ社交界に君臨する高級娼婦、美しいが愛を信じず重い結核を患っている。
娼婦と知りながら求愛して来た田舎出の青年・アルフレードの気持ちを本気に出来づ、
からかいの意味も込めてこの「乾杯の歌」を歌わせている。
この後、男の愛を信じ受け入れた時から女の真の悲劇は始まる。
 
ヴェルディ全26のオペラ中楽しい喜劇は2つだけ。
 
そして椿姫のように主人公が明らかに女性の演目は珍しい。
ヴェルディオペラのほとんどは男の主人公が3時間ほど悩み悶え泣き最後は死ぬのだ。
ちなみにこのおよそ2時間後ヴィオレッタはアルフレードとの愛を引き裂かれ、病の苦しさと絶望のうちに死ぬ。
 
リハーサル後、主演のソプラノ主人公ヴィオレッタ役。パトリーツッア・チョーフィさんに話を伺った。
 
三林「イタリア人にとってヴェルディを歌うということは何ですか?」
パトリーツッア「ヴェルディは我々の歴史であり伝統だと思います。彼は我々の遺伝的財産だと思います。
彼の重要な作品のごく一部ですが演じられる事を嬉しく思います。アリガトゴザイマシタ!(日本語で)」
 
真地ナレーター:リハーサルをわざわざ観に来ている筋金入りのオペラファン達は――、。
 
女性2組「ヴェルディはイタリアのシンボルよ。こうして心を奪ってオペラの終わりには人を涙させるのよ。
今年はヴェルディ記念の年だし、彼に色んなお祝いしないと!
でもいつも何かをしてくれるのは彼なんだけれどね。」
 
真地ナレーター;と、ここまででヴェルディはイタリアで老若男女問わず愛されている事が分かったが、
舞台裏を支える人達にインタビューすると驚くべき話が出て来た。
 
ジュゼッペ・ヴェルディ トリノ国立音楽院教師パオロ・チャッフィ・リカーニョ「イタリアではまだ国が統一しておらず、うん良く《ビバ!ヴェルディ!》の言葉のもと、イタリアは統一されたのです。」
 
真地ナレーター;イタリア統一に貢献!?音楽家なのに?
 
トリノ国立劇場 歴史資料管理官ピエロ・ロッバ「彼はとてもケチで物凄い倹約家でしたが――、」
 
真地ナレーター;偉人なのにケチ!?
 
ピエロ「著作権としてお金が支払えれば・・・、お金に執着が強い人でしたからね。」
鮎沢「要するに著作権を初めて取り扱ったのがヴェルディなんですよ。」
 
真地ナレーター;著作権を作った人って!我々日本人にも直接繋がって来る話だ。
こうして三林支局長のヴェルディを探す旅が始まった。
 
大平原に立って叫ぶ三林「ヴェルディを探るぞー!!」
 
真地ナレーター;まず訪れたのはヴェルディ生誕の地レ・ロンコレ村(現在ロンコレ・ヴェルディ村)。
そこにはヴェルディが生まれ育った家が今もある。
ジュゼッペ・ヴェルディは1813年10月10日現在のエミリアロマーニャ州、
当時はパルマ公園の片田舎レ・ロンコレの酒屋兼宿屋の長男として誕生。
その家系に音楽家の影はない。
そしてその頃は別の国だったミラノの音楽院の入学試験に失敗してしまう。
その後苦労の末オペラ作曲家になり、1作目の悲劇はそこそこの成功を収めるが2作目の喜劇で大失敗。
 
しかもちょうどその1年ほどの間に、妻と2人の子供家族全員が死んでしまう。
長女;ヴィルジーニア死去
長男;イチリオ死去
妻;マルゲリータ死去
 
ヴェルディは絶望のあまり音楽を作ることを諦めようとした。そんな彼をある台本が救った。
ナブッコ』旧約聖書に題材をとり、
傲慢な王ナブッコによりバビロニアに連れて来られたユダヤ人達が国に帰るまでの物語。
一読してやる気を取り戻したヴェルディは「ナブッコ」を作曲。
 
そして1842年3月9日ナブッコ初演の夜、奇跡は起きた。
行け我が想いよ 黄金の翼に乗ってva pensiero sull'ali doratel
祖国を失ったユダヤ人の民の祈りの合唱。
 
当時イタリア人という考え方はあってもイタリアと言う国はまだなく、
現在のイタリアに当たる地域は周囲の強国に支配されていた。
ミラノもオーストリア帝国の統治下にあった。
バビロニアが憎きオーストリアであり国を奪われたユダヤの民こそ我々イタリア人だ。
 
聴衆は我が事としてこの歌を聴いた。
舞台は大成功だった。
聴取は涙を流して熱狂し、当時圧制者によって禁止されていた劇場内でのアンコールを求め、
実現させたヴェルディは一夜にしてスターになった。
 
そして「行け我が想いよ 黄金の翼に乗って」は、今イタリア第2の国家と呼ばれイタリアで知らぬ者はない。
その後も愛国的なテーマのオペラを生み出すヴェルディは、イタリア国家統一運動のシンボルとなっていく。
 
そのあまりにも有名なエピソードが1859年のオペラ 
仮面舞踏会に興奮した民衆が壁に書いたviva verdi(ヴェルディ万歳)の落書き。
 
一見単にヴェルディを褒め称えているかのようだが、実は当時のイタリア民族主義者の合言葉
V ittorio   ヴィットーリオ
E manuele エマヌエーレを
Re      イタリアの
D’      王に!
I talia
の頭文字になっている。
 
ヴェットーリオ・エマヌエーレは、彼らが統一の為に担ぎ出そうとしているトリノ・サヴォイア家の王。
人々は口々にVIVA VERDI と叫び、
外国人の圧制者にはそうと悟られぬよう統一への思いを確かめ合っていたのだ。
 
更に名作ナブッコはもう1つ大切なものを彼にもたらした。
女性側の主役を歌った当時のスターソプラノ・ジュゼッピーナ・ストレッポーニ
ヴェルディ半生の伴侶となった。
 
彼女は知性と教養に溢れる美しい女性だったが、
ヴェルディと出会うまでに父親の分からない子を3人生んでいた。
かたぶつで知られていたヴェルディはそのせいか、このあと20年近くストレッポーニと正式には結婚していない。
 
更に皮肉な事に2人の間には子供が出来なかった。
 
「ナブッコ」の後10年ほどヴェルディは、年1作以上のペースでオペラを作り続け、
その地位と名声を確立して行く。
中でも37歳から40歳にかけて創作した「リゴレット」「トロヴァト―レ」「椿姫」の3作は、
中期三大名作と呼ばれ今も人気が高い。
 
この頃になるとヴェルディの収入は増えていたが、
彼はその金でサンターガタと言う故郷に近い村に屋敷と農地を買い、儲かるごとに農作地を増やして行った。
 
そして自らを農夫と呼んだこの作曲家は田舎で畑仕事をしながら真面目に真面目に悲劇を作り続けた。
三林支局長はヴェルディを良く知る人物に合う為、今もヴェルディの屋敷が残るサンターガタを訪れた。
 
男性「こんにちは。」
三林「ボンジョルノ!初めましてピアチェーレ
男性「会い出来て光栄です。私はアンジョロ・カッラーラ・ヴェルディです。ヴェルディ最後の子孫です。」
 
真地ナレーター;子孫!?ヴェルディには子供がいなかったはずだが、これは一体?
 
アンジョロ「いや最後じゃないですね、私には娘が2人いますからね。だから血は続いているんです。」
 
真地ナレーター;こちらはヴェルディの子孫・アンジョロ・カッラーラ・ヴェルディ(45歳)さん。
ヴェルディとストレッポーニの間に子供は出来なかったが、
ヴェルディはいとこの娘マリア・フィロメ―ナ・ディ・ヴェルディを養女に迎えた。
 
アンジョロ氏はマリアのひ孫に当たり、ひいひいお爺さんがヴェルディになる。
ヴェルディが50年もの間過ごしたこの館には、50の部屋が周りは大自然に囲まれている。
 
アンジョロこの家にあるものは全てオリジナルです。ここはジョゼッピーナ・ストレッポーニの寝室です。
彼女はオペラ歌手だっただけではなくヴェルディの成功の源でした。
当時ミラノ・パリのサロンに仲間入りしたヴェルディが彼らしくない事を彼女は見抜いていました。
ヴェルディが故郷での生活を必要としている事を。
そこで彼女は都会での刺激的な生活を犠牲にして田舎に引っ越して来たのです。
慣れ親しんだ有名貴族のサロンや数々の成功を捨ててここに来たのです。」
 
 
 
 
つづく
□1/2終了
 
 
聴けば分かるこの曲もあの曲もヴェルディだったのですね。
 
それとさすが3時間スペシャル、シチリアの温泉だけでなくもう1本ネタがありましたね。
 
 
         【これはありがたい】
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   この商品付属のたれのパッケージが扱い易くなりました。

 
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        大きく赤い矢印があるお陰で、ここから開けるんだなと分かりやすくて失敗がなくなりました。

大概この手の作りには多かれ少なかれ大勢の人が失敗している筈だ。
手には付くは器からはハミ出るはで――、
思えば一度もきれいに上手くいった覚えはないかも。

この小さな親切が大きな売り上げを産むんだな。
春はアモ~レ!ダジャ~レ!マンジャ~レ!!
今日だけ復活!伝説のローマ支局 スペイン支局も陽気にアミ~ゴ!アミ~ゴ!!3時間スペシャル
 
     【笑ってコラえて!ローマ支局】                 4/3 温泉の旅inシチリア 後編
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                                                パレルモ    ウィキより引用 
ガイドのジョヴァンニ「さっきの人が言っていた所だよ。」
ミケ―ラ「本当だ!」
ジェンナーロ「これか!さっきのおじさんが言ってた所。」
ミケ―ラ「木の看板見て!
三林「あ~ホントだ!」
ミケ―ラ「TERME(温泉)って書いてあるんだ。」
三林「どんな温泉だろう?おじさん良いって言ってたからね。」
ミケ―ラ「ねっ!楽しみ。」
 
施設に入ると1人の女性が待っていてガイドのジョバンニさんと握手する。

ジョヴァンニ「それじゃみんな・・・」
三林「誰?」
ジョヴァンニ「これまでキレイなものを見て来たよね。今度はシチリア女性の美しさを見ようじゃないか。
ミス・シチリアを紹介するよ。」
 
ミス・シチリア1012 マルチェッラ・ルヴォロ(20歳)さん
一同<え~!>
 
真地ナレーター;実は会議でああ言った手前ジェンナーロ支局員が、
ガイドのジョバンニさんに頼んで美人を手配して貰っていたのだ
 
三林「もしかして今日はこの方と一緒にお風呂入れるんですか?僕達
ミケ―ラ「Quindi oggi andiamo alla terme insieme?」
ジョヴァンニ「はい ミス・シチリアと一緒に温泉に入るんだよ。」
三林「いいの?」と、すまなそうに確認する。

マルチェッラ「えぇ。」
三林「お~!」
ジェンナーロ「お~!」
<イェ~イ>
 
そうして用意が出来るまで待つ事に
 
真地ナレーター;はやる気持ち抑え切れない支局長
 
三林「あっ音する!来るかな?」「あっ来た!来た来た!」
そして階段から降りて来るミス・シチリア1012 マルチェッラさん

三林「お~!うわ~スゴイですね!」
ミケ―ラ「可愛い
三林「さすがミス
 
スタジオの所&関根「温泉に入るかっこうじゃないもん
 
三林「うわ~すごい衣装ですね。」
ジェンナーロ「こんな美女は夢でしか見られない。」
 
日本人スタッフ<アンディアーモ>
 
真地ナレーター;本日2つ目のはしご風呂は――、
 
三林「ここ?え?」
マルチェッラ「えぇ。」
三林「ここ?でもこれただのプールじゃない。なんかコースロープみたいなもの張られてるじゃない。」
マルチェッラ「ここが温泉よ。」
 
そしてみんなプールみたいな温泉に入って行きます。
 
三林「あったかい!完璧にお風呂 すごい!」
ジェンナーロ「あったか~い。」
三林「ああ気持ちいい!」
ミケ―ラ「気持ちいいね。」
三林「日本に立ったまま入れるお風呂ってなかなかないです。」
お~美女が泳いでいる。あぁ~すごい。泳げる温泉って超イイ!楽しい!」
マルチェッラ「こっちへ来て。」
 
真地ナレーター;…とその時、
 
三林「深っ!深っ!ここ足つかない!だって足着くとどうなるかっていうと」と言いながら潜ってみることに。
ミケ―ラ「深~い!」
三林「こんなだよ!こんなに深いんだよ!」
 
その横で
ジェンナーロ「怖え 泳げない。」
三林「コースロープじゃなくてコレ命綱だ。」
 
真地ナレーター;美女の次は美食
戻ってパレルモの名店『サンタンドレア』に案内してもらう。
 
スタジオの所&関根「いいな~温泉入って~
 
店員「こんばんは
三林「あ~!っていうか、ちょっとまって店員さんも美しいじゃないですか!」
通訳しているミケ―ラ「彼があなたのことを美人だといってるわ。」
店員「りがとう
三林「美女祭りだ~!」
 
真地ナレーター;ご満悦の三林支局長。レストランに入ると早速ワインで乾杯。
そして運ばれて来たのは――、
 
三林「かけるやつですね
ミケ―ラ「そうですよ。」
ジェンナーロ「パン」
三林「パンの粉をかけるの?」
マルチェッラ「シチリア人はパンが好きだから何にでもかけるのよ。」
三林「こんな美しいのはパンのお陰って事だね。」
マルチェッラ「。」
 
真地ナレーター;そしてこの日のメーンディッシュが登場。
 
三林「うお~なにコレ?」
ジェンナーロ「イワシのパスタ。」
三林「イワシのパスタ?」
 
真地ナレーター;てこの上に
 
三林「これチーズ代わりにかけるんだ?」
 
先ずはミス・シチリア・マルチェッラさんが食べる
それを見ながら
 
三林「大好きなんだ。」
マルチェッラ「パスタが逃げちゃったけど、とっても美味しわ。この形のお陰でパスタにソースが絡むのよ。」
ジェンナーロ「これ穴開いているから汁が中に入ってて一緒に食べられます。」
三林「ホントだ!穴開いてるね。このパスタ良く見ると。」
 
支局長が食べる動作に合わせてマルチェッラさんが「ア~ン」
 
三林「うん う~ん!メチャクチャ美味しい!これ食べるとすぐ穴開いているっていうのが分かるね。
スースー吸えるし。」
ジェンナーロ「そうですよね。」
マルチェッラ「日本の皆さんシチリアに来て下さいね。」
三林「うわ~行きて~!!」
 
真地ナレーター:…って来てるだろ!
 
(真地さん、ナイスな突っ込み)
 
さらにこの後一行の前にセクシー画像が登場
明けてシチリア風呂巡りの旅最終日
 
ジョヴァンニ「今までは現代の温泉も見て来ましたが、
これからは古代ローマでどうやって温泉を使っていたかを見に行きましょう。」
 
真地ナレーター;島中央部の街ピアッツァ・アルメリ―ナに到着
その郊外にあるこの遺跡は古代ローマ時代の別荘で、裕福な個人の持ち物だったといわれる。
学芸員のマヌエラ・ジャンドーネさんに案内されて中へ、
 
マヌエラ「これは古代ローマの浴室です。」
三林「これが?へぇ~
ジェンナーロ「こんな大きいですか。」
マヌエラ「ここは浴室の裏側です。これが窯です。私達のボイラーと同じ役割をします。
窯の中で火を焚いて水を温めていたんです。素焼きの菅を通って(上にある)浴室を温めていたんです。」
三林「ここで火を焚いて熱を送ってたんですね。」
マヌエラ「ここがあちらから見てもらった浴室です。見て下さい。地面と比べて床を持ち上げいますよね。
どうしてかというと、その下に暖房を通していたからです。」
 
真地ナレーター;現在は一部しか残っていないがもともとは部屋全体の床が高く作られ、
その下を温水と蒸気が流れて
 
三林「じゃあ古代ローマ時代から床暖房があったってこと?」
ジェンナーロ「そうです。」
ミケ―ラ「うです。」
マヌエラ「今度は湯船を見てみましょう。」
三林「古代の風呂ってどんなんだろう?」
 
真地ナレーター;古代ローマ時代の浴槽にも驚くべき秘密があった。
 
マヌエラ「ここが浴槽です。特徴的な形をしていますが、あの壁に穴が開いているのが分かりますか?その穴から水が出て来ていたんです。つまり現代のジェットバスとほとんど同じですよね。」
 
ジェンナーロ「古代ローマにジェットバスまであったんだ。」
三林「すごいね。」
ミケ―ラ「すごいわ!」
ジェンナーロ「なんで古代ローマ人、そんないろいろ出来たんでしょう?」
三林「それだけお風呂が好きってことだよ。」
ジェンナーロ「それか現在の人が昔にタイムマシーンで戻って、そういう物作れたんじゃないかな。」
三林「なるほど テルマエ・ロマエだよそれ。」
ジェンナーロ「そんな感じで。」
 
真地ナレーター;古代ローマ人の風呂へのこだわりが分かったところで、今度は屋敷の中へ――、
 
マヌエラ「みなさんここがあの有名な部屋です。『ビキニの少女たちの部屋』として知られています。」
三林「何?これ!すご~い!」
ジェンナーロ「ビキニ姿 オっ!!」
 
真地ナレーター;そこに描かれているのはビキニ姿で、
円盤投げや球技などスポーツに興じている少女達のモザイク画が。
 
ミケ―ラ「なんか古代ローマにも水着があったらしいんですよね。」
それを観ていると、
 
三林「あのコ片チチが出ているよ。」
ジェンナーロ「ね!これモザイク画なんですけど、一番左の女の子モザイクはついてません。」
三林「今でもイタリア人ってちょっとエッチって言う風に日本では言うんですけど、
昔からイタリア人はエロだったんですかね?」
 
ジェンナーロ「Ha detto che apprezza l'erotismo diciamo cosi, allora anche ghi antichi erano cosi?」
マヌエラ「嫌いな人っているのかしら。」
 
 
ここからスタジオトーク
所「さばけてますね。皆さんね会話が。何かいい旅だなこれ。」
今井翼「いや~ぜひ行ってみたいですね。」
所「あの温泉…自然の温泉と普通の温泉。」
今井翼「ミス・シチリアと僕それ以上に店員さんが良かったので・・・」

所「あそこで食事してね。」
今井「そうですね~はい。」
所「いいよねこういう旅ね。」
上地「すごい、行きあたりばったりで、また紹介されて違う新しい温泉いったりするじゃないですか。」
所「我々もダーツの旅行くけど触れ合いが何かまた違うじゃん。」
上地「違う!」

 
fine
■■2/2終了
 
古代ローマ人さすが知恵がありますね。
春はアモ~レ!ダジャ~レ!マンジャ~レ!!
今日だけ復活!伝説のローマ支局 スペイン支局も陽気にアミ~ゴ!アミ~ゴ!!3時間スペシャル
 
関根麻里「今日だけ復活イタリアローマ支局。」
所「イタリアローマ支局~!」
関根「半年ぶりの復活です。呼んでみましょう三林支局長~。」
所「浮かれてんだろうな。」
三林「ボナセ~ラ
所「ほら浮かれてるわ。」
三林「今回3時間スペシャルということで今日だけイタリアローマ支局期間限定の大復活で~す!!」
関根「気合い入ってますね~。」
三林「そしてこちらをご覧ください!」
 
そすると画面に映る懐かしいイタリア現地支局員達
画面向かって左からアルマンド、クラウディア、ミケーラ、ジェンナーロ

クラウディア「今日今井翼さんがスタジオにいらっしゃると聞きましたけど――、」
所「うん、いるよ。」
クラウディア「私大ファンなんです!!」
今井翼「やった~ありがとうございます。」
クラウディア「大好きです。」
 
三林「ということで今日はですね、
半年間充電したイタリアローマ支局からとびっきりの最新情報をお届けします。」
所「それとさ 三林君---」
柳川剛「所さ~ん」
所「何だ?はいはい!?」
柳川剛「所さ~ん,スペイン支局の柳川で~す。ローマ支局復活もいいんですけど、
スペイン支局も負けてはいられません。
今回はですねスペシャルということで我々もすごい気合いの入ったVTRを作っております。」
 
三林「ちょっと柳川支局長!先輩とは言え勝手なマネはさせませんよ!
ローマ支局は今日だけしかやらないんですから引っ込んでいて下さい!!」
それでは「(現地支局員共々)VTRスタート
 
   【笑ってコラえて!ローマ支局】10/24
            温泉の旅inシチリア 前編
真地勇志ナレーター;昨年10月惜しまれつつ閉局したイタリアローマ支局が今宵臨時復活!
そこで3月某日
三林支局長はおよそ半年ぶりの支局である人々を待っていた。
 
いやぁ懐かしい支局ですが、部屋には必要源のものしか無かったようですが、特別にまた借りたのかな。
 
三林「来ないかなぁ~。」
(チリリリリリリ)
三林「あっ!」
ドアが開き
三林「おぉ~
クラウディア「お久しぶりです!」
 
真地ナレーター;やって来たのは笑ってコラえて!の為に1年半活躍し続けたイタリア現地支局員の面々。
現地支局員第2号クラウディア・ラドガーナ
現地支局員第6号ジェンナーロ・ムーッチョロ
現地支局員第7号ミケーラ・チェッカリーニ
現地支局員第11(もしくは12号)アルマンド
今回臨時復活の報せを聞き支局長の元にはせ参じたのだ。
 
三林「イタリア臨時支局開局バンザーイ!!」といってクラッカーを鳴らす。
イェ~イ!!ハッハハハ
 
三林「約半年何か変わったことなかった?みんな
クラウディア「全部変わりました。引っ越しました。転職しました。失恋しました!」
 
真地ナレーター;よもやま話も済んだところで支局会議開始イメージ 1
 
三林「たとえばイタリアといえば去年
テルマエ・ロマエとか流行ってたよね。」
クラウディア「それはイタリアでも超人気ですよ。」
三林「人気だった!?」
ジェンナーロ「実はイタリアは日本と同じ温泉大国なんですよ。」
三林「おぉー
ミケ―ラ「温泉っていうならやっぱりシチリアがいいです。」
三林「シチリアで?」
ミケ―ラ「はい!行きましょうか!」

真地ナレーター;っていうか、
いきなり慰安旅行みたいな企画でいいのか?
 
ジェンナーロ「美人も多いよ
三林「本当?よし行こう!テルマエ・シチリアだ!」
支局員達「お~!」
 
真地ナレーター;"美人”の一言に負けて「inシチリア風呂の旅」決定!
シチリアはローマから飛行機でおよそ1時間半。
ジェンナーロ支局員は仕事のため一日遅れての合流となる。
夜も更けたのでこの日はシチリアの玄関口パレルモに宿泊。
シチリアはイタリア半島の南西に浮かぶ地中海最大の島。
三林支局長達は現地ガイドのジョヴァンニ・ダンジェロさんと、早朝から街へと繰り出した。
 
ジョヴァンニ「ここからがバッラロ市場です。」
 
真地ナレーター:バラッロ市場は中世にアラブ人が開いたマーケットで新鮮な野菜 
魚介類などが安く手に入る庶民の味方だ。
 
ジョヴァンニ「パレルモは世界で一番おいしいパンがあるんだ。」
ミケ―ラ「オイルもおいしそうだね。」
三林「あれがオイルなの?」
ミケ―ラ「オリーブオイルです。」
三林「あのペットボトルで?」
 
真地ナレーター:シチリアは農作物が豊かで中でもオリーブとワインは特産品として世界中に輸出されている。
 
ミケ―ラ「あのオレンジ色もすごくない?」
三林「なにコレ?オレンジ?」
クラウディア「シチリア産のオレンジはとっても有名ですよ。」
三林「なんでシチリア産のオレンジは赤い?」
ジョヴァンニ「このオレンジはカターニャというエトナ火山の麓の街から来ていて、
火山のせいでこんな赤くなっています。」
 
真地ナレーター;島の東部にあるヨーロッパで一番高い活火山エトナ山。
樹木に降り注ぐ火山灰に含まれるアントシニアニンという色素成分と気候の寒暖差などから作用し、
果肉を赤くする。
シチリアオレンジを試食させてもらえることになった。
そのお味は?
 
クラウディア「甘い
三林「う~ん、これ本当に美味しい!なにこれ?こんなの食べたことないよ!オレンジとは思えないもん。」
日本人スタッフ「何か例えて下さい・解り辛いから。」
三林「えっ!オレンジの王様?」

 
真地ナレーター;昼時になりジェンナーロ支局員も無地に合流した所で、
パレルモの超人気店へ行くことになった。
しかし、案内されたのはファーストフード店っぽいが・・・
 
ジョヴァンニ「彼は二ーノ・バレリーノです。」
二ーノ・バレリーノ「こんにちは、みんな僕をそう呼んでいます。」
 
真地ナレーター;実は今二ーノ・バレリーノの名がシチリア全土を席巻している。
新装開店10周年の記念イベントでは二ーノさんの姿見たさに広場いっぱいの客が押し寄せたし、
彼のキャラクターグッズも飛ぶように売れている。
そんな二ーノさんの人気の秘密がこれだ!
 
二ーノ・バレリーノ「これは子牛の脾臓です。茹でてそれからラードで温めて薄切りにします。」
 
真地ナレーター;人気メニューは子牛の脾臓を使ったサンドウイッチ
 
三林「お~すごいすごい!」
 
真地ナレーター;二ーノさんはこの道40年。
この作り方が踊っているようだと「バレリーノ(踊る男)」の愛称がついた。
 
三林「おー!すげぇ!」
 
真地ナレーター;このボリュームで脾臓パ二ーノ1個1,5ユーロ(およそ180円)
レモン チーズ 塩で自分好みに味付けしていただく。
今回初めて食べるジェンナーロ支局員、子牛の脾臓パ二ーノの感想は。
 
ジェンナーロ「うん!ひぞう(脾臓)に美味しい!」
 
真地ナレーター;パレルモの名物料理を堪能した後は、いよいよ温泉を目指す。
パレルモ市内から車で向かうことおよそ1時間。
ここで途中下車してちょっと寄り道することになった。
 
ジョヴァンニ「あそこを見て下さい。古代セジェスタの遺跡です。」
三林「え~?」
ジェンナーロ「ギリシャ神殿じゃないですか!」
三林「すご~い!」
 
真地ナレーター;この遺跡は紀元前5世紀末、
シチリアがギリシャ人の植民地だった頃にたてられたとされる神殿。
御本家アテネのパルテノン神殿と同じドーリア式で紀元前5世紀末建設。
セジェスタ神殿の保存状態はとてもよい。
また近くには山の傾斜を使って建てられた古代ギリシャの劇場も残っており、
現在でも演劇が上演されることもある。
その後「到着した」と言われ車を降りたが―――、
 
三林「ここ?」
ジェンナーロ「何もないじゃないですか。温泉は見えませんよ。」
三林「ここ行くの!?」
ジョヴァンニ「この先にとっておきの温泉があります。」
 
支局員達「行こう」
 
ジェンナーロ「歌いましょう。」
三林「♪いい湯だな
支局員達「ハハハン」
三林「いい湯だな
支局員達「ハハハン」
三林「ここはシチリア 温泉の島
 
現地支局員はこんな歌も知っているのかぁ~。恐れ入ります。
 
真地ナレーター;は~ビバノンノン とは言っても辺りは大平原、一体温泉はどこだ!
山道を歩くこと10分
 
三林「しょっぱなからこんなワイルドな所へ来て――、あっ!」
 
真地ナレーター;何か見つけたようだ。
 
三林「あそこだ!えぇ~なんだろう。」
ジョヴァンニ「ほらここだよ。これが温泉だよ。」
三林「ここ!?すげぇ裸の人がいる!」
<ホントだ~>
三林「ここは何ていう温泉ですか?」
ジョヴァンニ「セジェスタ温泉です。」
 
真地ナレーター;ここは自然に湧き出る温泉場なので入湯は無料。
誰でも気軽にくつろげる温泉だ。
一行も水着に着替えシチリアでひとっ風呂浴びる。
2000年以上の歴史があり古代ローマ人も通ったといわれている。
 
皆さん水着着用しています。
 
三林「あったかい!あったかい あったかい!」
ミケ―ラ「あったかい?」
三林「あったかい!気持ちイイ~!温泉だよこれ。」
地元の人「ここはパラダイスさ!」
三林「今日はどちらから?」
地元の人「アルカモ(隣町)だよ。俺が中学生の時はよく学校をサボって来たもんさ。」
 
真地ナレーター;50年近く通うお父さんの個人的な感想によると、
地下から湧き出る硫黄泉がお肌にいいらしい。
と、ここで三林支局長が、
 
三林「ジャパニーズスタイル(頭にタオルを載せ)、温かさを保つためにこうやるんですよ。
お父さんもジャパニーズスタイルで。」
 
まわりの人達<似合う!アハハハハ!似合います。>

三林「温かいでしょ?」
地元の人「良いね!最高!」
三林「僕らいっぱいシチリアの温泉を巡りたいのですが、どこがおススメですか?」
地元の人「それならテルメ・ゴルガだよ。」
 
真地ナレーター;次なる温泉はテルメ・ゴルガに!
しかし残念ながらクラウディア現地支局員は仕事の為ここで早退。
早速そこへ移動することに。
 
クラウディアさん帰っちゃうんだ。寂しいなぁ。
 
□1/2終了
 
去年閉局した時、またいつかスペシャルでやるんじゃないかと思っていましたが、
やっぱりローマ支局復活しましたね。
     【この人の名前教えて下さい】
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この女性、女優さんか何かだと思うのですが、
どなたか名前をご存じの方がおられましたら、
ちょっと教えて下さいませ。。。
 
お待ちしています。
あ~ぅ、どうも分かんねぇなぁ~Yafooボックス!の使い方。
         【Yafooボックス】
イメージ 1パソコン用アプリをダウンロードしたけれど―――、
いまいち使い方が分からない。
 
なんか知らねど操作が増えたような感じで、
使いづらくないですか?
 
あのノートパットに保存していたファイル
どうやって見るの?
ハードディスクの空き容量だって残り少ないのに、
かえって負担増になった気が・・・
 
誰か使い方教えて~。
 
 
 
あのノートパット使い勝手良かったんだけどなぁ、復活してくんないかなぁ。