三林「あっ!コレ知ってる!」
ジェンナーロ「じゃあコレは?」
三林「あっ!コレもなの!?すげぇな!ヴェルディ!!」
ジェンナーロ「でしょ!」
真地ナレーター;今から200年前の1813年誕生ジュゼッペ・ヴェルディは生涯に26のオペラを創作した。
その中にはそれと知らず我々が聴いているものも多い。
例えば『リゴレット』より♪女心の歌~la donna e' mabile
更に『アイ―ダ』より♪凱旋行進曲la marcia trionfale
サッカーの応援に使われるこの曲も
ヴェルディのオペラの一節
『トロヴァト―レ』より♪鍛冶屋の合唱
大人数のマッチョなこの合唱もヴェルディ先生の作
そして映画「バトル・ロワイヤル」や
テレビ番組の効果音でよく耳にするこの曲も
『レクイエム』より♪怒りの日
~dies inaeヴェルディだ!
これは放っておけない!
するとちょうどヴェルディ作品の公演があり
取材協力が得られたので三林支局長はトリノへ向かうべく
ローマ・テルミニ駅へジェンナーロ支局員と待ち合せた。
すると、
三林「あっ!ちょうど来た!」「おはよう」
鮎沢由香里「おはようございます。」 ウィキより→
真地ナレーター;こちらは鮎沢由香里さん。
2012年8月15日放送の
ローマ・サンタチェチーリア音楽院で声楽を学ぶオペラ歌手の金の卵。
人脈使いますねぇ~。
そう言えば現地支局員達にはいったい幾らぐらい賃金を払うのだろう。
一行が訪れたのは北イタリアの大都市トリノにあるトリノ王立劇場。
かつてトリノがサルデーニャ王国の首都だったことからそう呼ばれる。
今回の演目は「La trauiata~椿姫」
より自由に画を撮れる本番さながらに客も入れてのゲネプロの取材だ。
これも耳慣れた名曲「乾杯の歌」♪libiamo ne'lieti calici
主人公ヴィオレッタはパリ社交界に君臨する高級娼婦、美しいが愛を信じず重い結核を患っている。
娼婦と知りながら求愛して来た田舎出の青年・アルフレードの気持ちを本気に出来づ、
からかいの意味も込めてこの「乾杯の歌」を歌わせている。
この後、男の愛を信じ受け入れた時から女の真の悲劇は始まる。
ヴェルディ全26のオペラ中楽しい喜劇は2つだけ。
そして椿姫のように主人公が明らかに女性の演目は珍しい。
ヴェルディオペラのほとんどは男の主人公が3時間ほど悩み悶え泣き最後は死ぬのだ。
ちなみにこのおよそ2時間後ヴィオレッタはアルフレードとの愛を引き裂かれ、病の苦しさと絶望のうちに死ぬ。
リハーサル後、主演のソプラノ主人公ヴィオレッタ役。パトリーツッア・チョーフィさんに話を伺った。
三林「イタリア人にとってヴェルディを歌うということは何ですか?」
パトリーツッア「ヴェルディは我々の歴史であり伝統だと思います。彼は我々の遺伝的財産だと思います。
彼の重要な作品のごく一部ですが演じられる事を嬉しく思います。アリガトゴザイマシタ!(日本語で)」
真地ナレーター:リハーサルをわざわざ観に来ている筋金入りのオペラファン達は――、。
女性2組「ヴェルディはイタリアのシンボルよ。こうして心を奪ってオペラの終わりには人を涙させるのよ。
今年はヴェルディ記念の年だし、彼に色んなお祝いしないと!
でもいつも何かをしてくれるのは彼なんだけれどね。」
真地ナレーター;と、ここまででヴェルディはイタリアで老若男女問わず愛されている事が分かったが、
舞台裏を支える人達にインタビューすると驚くべき話が出て来た。
ジュゼッペ・ヴェルディ トリノ国立音楽院教師パオロ・チャッフィ・リカーニョ「イタリアではまだ国が統一しておらず、うん良く《ビバ!ヴェルディ!》の言葉のもと、イタリアは統一されたのです。」
真地ナレーター;イタリア統一に貢献!?音楽家なのに?
トリノ国立劇場 歴史資料管理官ピエロ・ロッバ「彼はとてもケチで物凄い倹約家でしたが――、」
真地ナレーター;偉人なのにケチ!?
ピエロ「著作権としてお金が支払えれば・・・、お金に執着が強い人でしたからね。」
鮎沢「要するに著作権を初めて取り扱ったのがヴェルディなんですよ。」
真地ナレーター;著作権を作った人って!我々日本人にも直接繋がって来る話だ。
こうして三林支局長のヴェルディを探す旅が始まった。
大平原に立って叫ぶ三林「ヴェルディを探るぞー!!」
真地ナレーター;まず訪れたのはヴェルディ生誕の地レ・ロンコレ村(現在ロンコレ・ヴェルディ村)。
そこにはヴェルディが生まれ育った家が今もある。
ジュゼッペ・ヴェルディは1813年10月10日現在のエミリアロマーニャ州、
当時はパルマ公園の片田舎レ・ロンコレの酒屋兼宿屋の長男として誕生。
その家系に音楽家の影はない。
そしてその頃は別の国だったミラノの音楽院の入学試験に失敗してしまう。
その後苦労の末オペラ作曲家になり、1作目の悲劇はそこそこの成功を収めるが2作目の喜劇で大失敗。
しかもちょうどその1年ほどの間に、妻と2人の子供家族全員が死んでしまう。
長女;ヴィルジーニア死去
長男;イチリオ死去
妻;マルゲリータ死去
ヴェルディは絶望のあまり音楽を作ることを諦めようとした。そんな彼をある台本が救った。
『ナブッコ』旧約聖書に題材をとり、
傲慢な王ナブッコによりバビロニアに連れて来られたユダヤ人達が国に帰るまでの物語。
一読してやる気を取り戻したヴェルディは「ナブッコ」を作曲。
そして1842年3月9日ナブッコ初演の夜、奇跡は起きた。
♪行け我が想いよ 黄金の翼に乗ってva pensiero sull'ali doratel
祖国を失ったユダヤ人の民の祈りの合唱。
当時イタリア人という考え方はあってもイタリアと言う国はまだなく、
現在のイタリアに当たる地域は周囲の強国に支配されていた。
ミラノもオーストリア帝国の統治下にあった。
バビロニアが憎きオーストリアであり国を奪われたユダヤの民こそ我々イタリア人だ。
聴衆は我が事としてこの歌を聴いた。
舞台は大成功だった。
聴取は涙を流して熱狂し、当時圧制者によって禁止されていた劇場内でのアンコールを求め、
実現させたヴェルディは一夜にしてスターになった。
そして「行け我が想いよ 黄金の翼に乗って」は、今イタリア第2の国家と呼ばれイタリアで知らぬ者はない。
その後も愛国的なテーマのオペラを生み出すヴェルディは、イタリア国家統一運動のシンボルとなっていく。
そのあまりにも有名なエピソードが1859年のオペラ
仮面舞踏会に興奮した民衆が壁に書いたviva verdi(ヴェルディ万歳)の落書き。
一見単にヴェルディを褒め称えているかのようだが、実は当時のイタリア民族主義者の合言葉
V ittorio ヴィットーリオ
E manuele エマヌエーレを
Re イタリアの
D’ 王に!
I talia
の頭文字になっている。
ヴェットーリオ・エマヌエーレは、彼らが統一の為に担ぎ出そうとしているトリノ・サヴォイア家の王。
人々は口々にVIVA VERDI と叫び、
外国人の圧制者にはそうと悟られぬよう統一への思いを確かめ合っていたのだ。
更に名作ナブッコはもう1つ大切なものを彼にもたらした。
女性側の主役を歌った当時のスターソプラノ・ジュゼッピーナ・ストレッポーニは
ヴェルディ半生の伴侶となった。
彼女は知性と教養に溢れる美しい女性だったが、
ヴェルディと出会うまでに父親の分からない子を3人生んでいた。
かたぶつで知られていたヴェルディはそのせいか、このあと20年近くストレッポーニと正式には結婚していない。
更に皮肉な事に2人の間には子供が出来なかった。
「ナブッコ」の後10年ほどヴェルディは、年1作以上のペースでオペラを作り続け、
その地位と名声を確立して行く。
中でも37歳から40歳にかけて創作した「リゴレット」「トロヴァト―レ」「椿姫」の3作は、
中期三大名作と呼ばれ今も人気が高い。
この頃になるとヴェルディの収入は増えていたが、
彼はその金でサンターガタと言う故郷に近い村に屋敷と農地を買い、儲かるごとに農作地を増やして行った。
そして自らを農夫と呼んだこの作曲家は田舎で畑仕事をしながら真面目に真面目に悲劇を作り続けた。
三林支局長はヴェルディを良く知る人物に合う為、今もヴェルディの屋敷が残るサンターガタを訪れた。
男性「こんにちは。」
三林「ボンジョルノ!初めましてピアチェーレ」
男性「お会い出来て光栄です。私はアンジョロ・カッラーラ・ヴェルディです。ヴェルディ最後の子孫です。」
真地ナレーター;子孫!?ヴェルディには子供がいなかったはずだが、これは一体?
アンジョロ「いや最後じゃないですね、私には娘が2人いますからね。だから血は続いているんです。」
真地ナレーター;こちらはヴェルディの子孫・アンジョロ・カッラーラ・ヴェルディ(45歳)さん。
ヴェルディとストレッポーニの間に子供は出来なかったが、
ヴェルディはいとこの娘マリア・フィロメ―ナ・ディ・ヴェルディを養女に迎えた。
アンジョロ氏はマリアのひ孫に当たり、ひいひいお爺さんがヴェルディになる。
ヴェルディが50年もの間過ごしたこの館には、50の部屋が周りは大自然に囲まれている。
アンジョロ「この家にあるものは全てオリジナルです。ここはジョゼッピーナ・ストレッポーニの寝室です。
彼女はオペラ歌手だっただけではなくヴェルディの成功の源でした。
当時ミラノ・パリのサロンに仲間入りしたヴェルディが彼らしくない事を彼女は見抜いていました。
ヴェルディが故郷での生活を必要としている事を。
そこで彼女は都会での刺激的な生活を犠牲にして田舎に引っ越して来たのです。
慣れ親しんだ有名貴族のサロンや数々の成功を捨ててここに来たのです。」
つづく
■□1/2終了
聴けば分かるこの曲もあの曲もヴェルディだったのですね。
それとさすが3時間スペシャル、シチリアの温泉だけでなくもう1本ネタがありましたね。