「笑ってコラえて!ローマ支局」4/3  シンクロ編 前編 | 長靴の国へ向かって!

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今日だけ復活!伝説のローマ支局 スペイン支局も陽気にアミ~ゴ!アミ~ゴ!!3時間スペシャル
    【笑ってコラえて!ローマ支局】4/3  
                    シンクロ編 前編
三林「スペインが今頑張っているので、そこに負けないように臨時だけど頑張って、
何か良いアイディアないかな?」
クラウディア「実はイタリアのシンクロナイズドスイミングのナショナルチームは、
今日本人がコーチをやっていると聞きました。」
三林「へぇ~!」
 
真地勇志ナレーター;調べてみると、イタリアナショナルチームのコーチの名前は友松由美子さんだと分かった。
三林支局長は友松さんに会うためサボナという街に向かった。
 
車内にカメラを向けるとアルマンド現地支局員と共に支局長が、
鼻に洗濯ハサミをつけて手の動作もつけてシンクロの真似をしています。
車で移動すること8時間、イタリア北部ジェノバに程近いサボナは、中世の街並みが残る人口およそ6万人の港町。8世紀頃から石鹸製造が盛んでフランス語で石鹸を意味するSAVONの語源だと言われている。
訪れたのはナショナルチームが練習中の市民プール。
中に入ると、
 
三林「すごい!あっ!やってる やってる やってる すげぇ~!」
あれが日本人の友松コーチだよ。ちょっと下の方へ行ってみよう。」
アルマンド「行ってみましょう。」
 
ここはもちろんアポを取ってあったのでしょう。
 
三林「今ちょっといいですか?」
友松由美子「はいはい。」
三林「はじめまして。」
友松「初めましてどうも。」
三林「友松コーチってもっと怖い感じのイメージだったんですけど――、結構お美しいよいうか。」
友松「そうですか?映り良いですか?大丈夫ですか?」と言いながらめがねを触る。
 
真地ナレーター;こちらが2010年からイタリアナショナルチームを指導している友松由美子(40歳)コーチだ!
シンクロナイズドスイミングとは水中で音楽に合わせて肉体を動かし技の完成度、同調性、表現力などを競う採点競技。日本代表マーメイドジャパンはシンクロが正式種目になったロサンゼルスオリンピックでの銅メダル以来、7大陸連続でメダルを取り中でも銀メダルに手の届いたシドニー、アテネの2大会で、
コーチとして名将井村雅代ヘッドコーチの右腕として活躍したのが友松由美子さんだった。
 
三林「なぜこのイタリアでコーチやろうと思ったのですか?」
友松「違うシンクロっていうか、誰しも頂点を目指しているんですよね。日本の1つのこの上がり方の道、頂点の上がり方はもちろん見て来たので知ってるんですけど、その違う上がり方を見てみたいなっていう感じですね!」
 
真地ナレーター;イタリアは2010年のワールドカップでチームデュエットともに7位。
昨年のロンドンオリンピックはチームでは出場できず、デュエットでは7位。
友松さんのイタリアで頂点を目指す道はまだ上がり始めたばかりだ。
 
三林「今イタリアに来て?」
友松「3年ですね。」
三林「どうですか、今まで振り返ってみて?」
友松「例えば母国語でのように選手達に接して、いろんな事を伝えられたらもっと言いたい事は山のようにある。もっとシンクロの楽しさって言う事を伝えてやりたいって思うんですけど、
まだ足りてないところはもどかしいですね。」
 
真地ナレーター;昨年イタリアはリオデジャネイロオリンピックに向けて、デュエットを若い選手に入れ替えた。
中国、日本、スペインなどが参加し、その成果を測るべき大会がフランスで2週間後に控えている。
友松さんは3人の選手からどの2人を選ぶのか検討中なのだ。
 
友松「飛び込みからやって!」
 
真地ナレーター;…と言われたのはリンダさんとフランテェスカさんの19歳コンビだが、
まだ選手をこの2人だとは決めてないので、コスタンツァ(21歳)さんも隣で同じ演技を行う。
 
友松「始めて!」
 
真地ナレーター; 今やっているのはデュエット テクニカルルーティーン
テクニカルルーティーンは8つの規定要素を演技に入れ2人の選手が同方向で同じ動きをしなければならない。
 
指導風景の映像に戻ると、
友松「バレエの足はどこに行ったの?悪いけどここから見ていて良くないわ!
1.2.3.4.5.6.7.8動きがルーズ過ぎるわ。1.2.3.4.5.6.7.8もっと伸ばして!
パ~ンパ~ンパ~ンパ~ンこんな風になってる。」
 
真地ナレーター;今指摘したのはこの後の脚の開閉部分、メリハリがないことを注意された。
それにしても話せないよ言っていた割には流暢なイタリア語だが――、
 
三林「イタリア語はどちらで覚えたんですか?」
友松「日々の練習の中ですよね。他のコーチがこういう風に言ってるなっていうのは、
これは何を言っているのかって言う事を、例えばメモしたりしますよね!
っていうのから入っていったんですけけれど・・・。」
 
選手に聞きます。
三林「友松コーチはどうですか?」
選手「厳しいです。でもそれが役にたってます。今までそういう経験をした事はありませんでした。
コーチが来てから落ち着いて試合を迎えられるようになりました。」
 
真地ナレーター;友松由美子さんは1972年大阪で3人きょうだいの末っ子として生まれました。
幼い頃はどんな性格だったかというと――、
 
友松「友達と鬼ごっことかかくれんぼとかしたりするじゃないですか、
鬼になったらもう私はやめて帰るんですよね。」
 
真地ナレーター;スポーツ好きの父・豊一さんの影響で小学校1年生で水泳を始めると、
全国ジュニアオリンピック平泳ぎの部3位に輝いた。
だが水泳は友松さんにとって鬼ごっこの鬼だった。
 
友松「華々しくないというか――、
ただタイム追いかけて地味なシンクロって音楽が流れてキレイな水着を着てお化粧もしたりとかして、
競泳よりもシンクロの方が楽しそうやなと思って!」
 
真地ナレーター;競泳をあっさりやめ地元大阪のラサ・シンクロクラブに入会。
ところが華やかだと思っていたシンクロもしんどい競技だった。
 
友松「辛かったですね。足を上げたまま、ずっと上げっぱなしで25m行くとか――、」
三林「よく辞めずに
友松「辞めたいって言った事はないですね。」
 
真地ナレーター;友松さんは生まれて初めて心から打ち込めるものを見つけた。
6年後彼女の努力は実を結んだ。高校2年でナショナルチームに召集されたのだ。
だが、
 
友松「選手としては私全くイケてないですよ。補欠止まりなんですよね。正選手に入れないというか、
でもやっぱり好きだから――、シンクロ続けてる。やり続けたいっていう思いでしたよね。」
 
真地ナレーター;高校卒業後はクラブチームでの練習に専念して、上を目指し努力を続けた。
そんなある日、健康診断で再検査という結果がでた。訪れた病院で19歳の友松さんを悪夢が襲った。
医者:心臓の機能に異常があります。このまま選手を続けていると命の保証はありません。
 
友松「」自分としてはもうがーンと来ているので、スポーツはもうシンクロが出来ないんだっていう、帰りの道のりで頭が地面につきそうなくらいうなだれながら、家に帰った事しか覚えてないです。
それくらいショックでした。」
 
fine
 
つづく
□1/2終了
 
人にはドラマがありますね。
選手としては断念せざるおえなかったけれど、コーチとして見事花開いた訳だから素晴らしいです。
イタリア語も上手になって羨ましいです。