31日(WED)まで、タワーレコード全店で”Wポイントサービス”開催中♪……だったんですネ。


知りませんでした。(^^ゞ


タワレコ派は、行って”得”してくるしかないですナ。

ボクが初めて洋楽を耳にしたのは小学1年の時でした。


で、その初めての洋楽はいえば、ビートルズの『1962~1966』だったのです。



この『1962~1966』、俗に赤盤と呼ばれるビートルズのオフィシャル・ベスト盤です。


勿論、数あるレコード群のなかから自分で見つけてき、それで家で聴くようになった訳ではありません。

なんたって、小学1年の時のことですからね、「オジさん、いま店でかかっている音楽、コこれイイね。今日は財布に余裕もあることだし、コレ、1枚もらっていくよ」なんてことには、間違ってもなりません、ハイ。



では、どうやって『1962~1966』を知ることが出来たかのか?



ボクには5歳違いの兄がいて、年頃の年齢に差し掛かかりはじめていた彼が、どこかから「ビートルズっていうバンドがあって、どうもそのバンドの音楽が世界的にスゴいらしいよ」というような情報をゲットしてきて、それで、なけなしの小遣いをはたいて購入したおかげで、その家族がビートルズを耳にすることが出来るようになった、という訳です。


なんてことはない、手品と同じで、解ってみればなんてことはない理由ですネ。(笑)



で、ビートルズ解散後、無数にあった海賊盤ベストを蹴散らすかのように発表された『1962~1966』(赤盤)を、小学校に入学して半年ぐらいしかたっていない7歳の男の子が初めて耳にした時の感想はというと……、よく解りませんでした。(笑)


というのも、それまで音楽を耳にすることがあるといえば、テレビかラジオから。


チューニングの仕方によっては、洋楽、それも最先端の洋楽を耳にすることが可能だったかもしれませんが、チャンネル/チューニングの選択権を有していたのは、多くの場合、両親。


で、その彼と彼女の嗜好はといえば、ごくごく一般的な嗜好しか持ち合わせていませんでした。

ですから、我が家のテレビ/ラジオから流れてくる音楽といえば“歌謡曲”がほとんどでした。



朧気な記憶を辿ってみて、当時、ボクが小学生のころによくテレビ/ラジオでかかっていた歌とえば、キャンディースやピンクレディー、小柳ルミ子…………、といったとろの歌だったでしょうか?


そういう、日本人としてごくごく一般的な音楽だけを耳にしていたわけですから、ビートルズの音楽と比較すると、較べものになりません。


あ、勘違いしないでください。


それはどちらかが酷く劣っていたというのではありません。


比較したとき、まったく違う次元の音楽に思えてしかたなかったという意味です、ハイ。



ですから、『1962~1966』を初めて耳にした時の感想は「よく解らない」でしたけれど、でも、その感想には続きがあって、「よく解らない。でも、色々なかんじの曲がいっぱい詰まっていて、なんか楽しい音楽だなぁ~」というものでした。


ボクが初めて洋楽なるものを耳にしたのは、忘れもしない小学1年の時でした。



ボクが小学校に通っていたというのは、主に昭和50年代。


西暦に直せば、1970年代後半といったところです。



で、その昭和50年代であり1970年代後半といのがどんな時代だったかというと………、輝かしいV9の跡を引き継いだ第1期長嶋ジャイアンツは強かったり弱かったりだったけど、ピンクのサウスポーは人気絶頂で、あんなノリノリの踊りにはついてゆけんと喫茶店に一服しにいくとテーブルというテーブルがインベーダーに侵略されまくっていたという、そういう時代でしたね、ハイ。



ちなみ、テレビゲームの草分け的インベーダーゲームですが、コンセント部分をガチャガチャガチャ……と、猛烈な勢いで差し込んだり引っこ抜いたり差し込んだりという行為を繰り返すと、ゲーム機がパニックを起こし、1円も投入していないのにも関わらず、9,900円お金を投入したと表示され、その後、ゲームがやり放題の状態になったりしました。


また、テニスラケットのガットを30cmほど用意し、そのガットの先を百円玉ほどの大きさの輪っかに結び、その輪っかの部分をコイン投入口に挿入し、先ほどを同じようにガチャガチャ………あ、コレ、ボクが使っていた裏テクじゃないですよ。


あくまで、当時のクラスメートが開発したテクですから、くれぐれも勘違いなさらないように。(汗×2)



とにかく、そういう時代に初めて洋楽なるものを耳にしたのです。


で、その記念すべき最初の洋楽といえば、何を隠そう……


ビートルズの『1962~1966』


……でした!