歴史の輝きを探して

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とらにゃんの100名城 天下布武を目指して

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こんばんは

なかなか通常のブログが書けなくて申し訳ありません。

 

母が亡くなってから、今日で1か月経ちました。

本当に長くてあっという間だったなあと言うのが本音です。

 

御通夜・告別式も無事に行うことが出来て、母の遺骨も家に

帰宅することが出来ました。母もホットしたかなと思います。

 

今は、49日の法要に向けての準備を進めているところでは

ありますが、本当にやることが多いんですよね、初めて知ることが

多くて、日々色々と確認したり調べたりしております。

 

以前は仕事が終わると、帰る前には母に連絡してから、

だいたいの帰る時間を連絡して、なにか買って帰ろうかなど

色々考えながら帰った日々でしたが、今はそれも無く、本当に

寂しい限りです。

 

母の写真を整理していたら、自分の原点である、母との城巡りの

写真が出てきました。こちらの写真はいずれご紹介できればと

思ってます。遺品の整理をしながら、母の思い出が無くならないように

していきたいと思ってます。しかし、本当に旅行写真が多くて、どんだけ

あちこち行っているんだ~と思いました(笑)同じところにいつかは

行きたいなあと。そうそう、御朱印帳もたくさん出てきました(*''ω''*)

 

ここでのブログでも、大切な方を亡くされている方がたくさん

いるのですが、本当に悲しさと向き合いながらも、前向きに

頑張っている方が多くて、励みになってます。

 

しばらくこのようなブログになってしまいますが、お許しください。

いつもブログをご覧いただいている皆様へ

 

ご無沙汰しております。

なかなかブログは更新が出来ておらず申し訳ございませんでした。

それでも、城攻めは頻繁に行ってました(笑)他の方のブログは

見ており、自分も更新しなければと思っていました。

 

私事で誠に申し訳ありませんが、昨日母が他界しました。

75歳でした。先月から体調を崩しており、4日前に入院を

したのですが、その3日後の朝に容体が急変してしまい、

死に目にも会うことが出来ませんでした。亡くなってから、

ああしておけば良かった、こうしておけば良かったと

後悔ばかりです。

 

毎週大河ドラマ「女城主直虎」を楽しみにしていた母

先週の放送を見て来週が本当に楽しみだねえと話していた

母でしたが、今日、観ることはかないませんでした。元々、

歴史好きな母親でしたので、一緒に大河ドラマを見たり、

中島卓偉のお城へ行こうをみたり、とても楽しみにして

おりましたので、これから一緒に観れないと考えると、

今でも涙が止まりません。

 

母の死がショック過ぎて、昨日と今日もろくに食事も睡眠

することも出来ないです。時間が解決してくれることは

分かっているのですが・・・しばらくはブログ更新と皆様の

ところにお邪魔することはありませんが、気持ちが

落ち着いたら、また宜しくお願い致します。

 

 

 

日本の名城を訪ねて~音譜 

 

引き続き、東京都にある滝山城をご紹介しますニヤリ

 

今回は「本丸」からご紹介したいと思います~爆  笑 「中の丸」から「本丸」に行こうと思ったのですが、なんと、案内図のルートを見ると、ここから下の「腰曲輪」経由で「本丸」に行けるじゃん!!と思い、突入しましたが、見事撃沈しました(笑)結句、また「中の丸」に戻って来ました。。。危ないので、皆様は真似しないように~(案内図に現在と違うところがあると書いてありますね・・・) ただ、先の話になるのですが、同じような事件が起きました。それはまた後程。

 

こちらは、「中の丸」から「本丸」への木橋です。こちらは、模擬の木橋です。下は大堀切ですね。下から見ると・・・

 

こんな、感じです。ここ、大河ドラマ「天地人」で撮影したらしいですが、どの場面でしたっけ?覚えてないです~覚えている人、教えてください~(笑)

 

つい、橋に見とれてしまうのですが、立派な大堀切ですよ、ここは!!

 

反対側から見た、木橋です(小さくてすいません・・・)左側が、「中の丸」、右側が「本丸」です。

 

先ほどの「木橋」を渡った先は、「枡形虎口」になってます。発掘調査の結果、この下から

石段が発掘されたそうです。

 

「本丸」に到着です。「本丸」への入り口は全て「枡形虎口」になっています。上の写真の石碑はお城ではお決まりですね~必ず撮ってしまいますね(笑)最初の写真の真ん中に見える建物は、「霞神社」です。この奥に行ってみたいと思います。

 

「中の丸」から見た景色と一緒かなあ(笑) 上の解説にある通り、北西部にある、「出丸」と「本丸」で、侵入して来た敵を挟み撃ちする工夫がされていたみたいですね。

 

「本丸」と「出丸」の間の堀切です。左が「出丸」で右が「本丸」です。「出丸」に攻め込みます!

 

こちらが、「出丸」です。以前はここは柵に囲まれて、大勢の兵士が駐屯していたんだなあ~とイメージするしかないですね。しかし、写真だと、わかりづらいですね・・・

 

こちらは、「出丸」から見た、「腰曲輪」です。わかりづらいのですが、手前が「出丸」で、一段下にあるのが、「腰曲輪」です。

 

こちらは、「出丸」から見た、「土橋」「馬出し」「枡形虎口」「天狗の鼻」なのですが、どれがどれだか、分かりませんよね?(笑) えーとですね、手前が「土橋」です。この先が「枡形虎口」になっており、右上に見える、土塁みたいのが、「天狗の鼻」で、侵入してくる敵を、横矢攻撃を浴びせるような防御になっていたそうです。この写真の左側が「馬出し」です。写真1枚だと、なかなか分からなくて申し訳ないのですが、行くと、その場でイメージすると分かります(笑)

 

形が分かりづらいのですが、ここが「馬出し」です。右奥が「枡形虎口」になってます。行こうとしたのですが、ロープで立ち入り禁止になっていたので、危険を感じましたので、止めました。山城では、本当に気を付けないといけませんね。

 

こちらは、「天狗の鼻」と言われる場所です。「滝の集落方面」の防衛をする、重要な場所で、先ほども記載しましたが、「枡形虎口」から攻めてくる、敵を横矢攻撃を浴びせるような防御になってます。しかし、山城に行くと、本当に戦闘を意識して作られた形になっているのが実感しますね。では「本丸」に戻りたいと思います~

 

こちらは、「本丸」南側の「枡形虎口」です。「小宮曲輪」からの城道になっているみたいですね。うん?城道?行くしかないですね!(笑)

 

「本丸」から「小宮曲輪」へ続く道なのですが、つづら折りの道になっています。今回、会社の友人と一緒に登城したのですが、友人はこの滝山城で数回、滑って転んだのですが、たしか、最初の一回目がここで、転んだような記憶があります(笑)はい、足元は注意しましょう~

 

う~ん、やっぱりわかりづらいなあ( ノД`) 手前が堀になっており、左が「弁天池」に続く堀になってます。昔は堤防になっていたそうです。この先が、「小宮曲輪」で昔はここに木橋があったそうです。ここを降りて、「小宮曲輪」に行こうとしましたが、危険を感じましたので、戻ることにしました。

 

先ほどの道を戻ると、分かれ道になっていました。左が「本丸」に続く、道です。右側へ行くと、どうやら、「弁天池」に行けるみたいなので、行ってみたいと思います(^^♪

 

途中、曲輪と思われる場所がありました。ここも「腰曲輪」かなあと。結構広かったですよ。この左下が「弁天池」です。見下ろした写真を撮り忘れた(笑)

 

「弁天池」の池底に到着です! 手前が「中の島(弁天島)」になります。写真の先に見えるのが「千畳敷」ですね。たしか、「鉢形城」にもありましたが、戦国の時代にこういった、戦う城の中に、風流を楽しむ場所を作るのはなんとも言えないですね。

 

先ほどの「弁天池」から「千畳敷」に向かう道です。少し遠回りになるのですが、そのまま突入も出来るのですが、結構な高さで疲れます(笑)

 

こちらは、「千畳敷」から見た、「弁天池」です。ここまで、見て回ってきましたが、「滝山城」恐るべしです。城好きな方には、一日かけても良いから、見て回ってほしいと思うほどここは、良い城です!今回はここまでにしたいと思います。次回も引き続き「滝山城」を紹介したいと思います。最後までお読み頂き、ありがとうございました。