ヴァラナシーは、知る人ぞ知るインド最大の信仰の都。ガンジス川沿いにあるヒンズー教の一大聖地です。
インド国内はもちろん、海外からのたくさんの巡礼者で溢れています。
一生に一度この巡礼地を訪れるのを夢見ているインド人が大勢います。
ヴァラナシーのガンガー近くで死んだ人は、輪廻から解放されると言われています。それで、インド中からたくさんの人がやって来て、ここで死を待つわけです。また、たくさんの遺体もインド各地から運び込まれるそうです。
ムクティ・パワン(解脱の館)で死を待ち、家族に見守られながら息を引き取る人、路上でたった一人ぼっちで死を迎える人、いろんな人がいるけれど、ここに来る誰もが、この地が今生のカルマを全て解消してくれると信じ切っているようです。
南インドの貧しいインド人が言いました。「死ぬ時は、歩いてヴァラナシーに行くつもり。来世はもうこんな暮らしはしなくて済むように・・」
果たして、死期が近づいた時、列車で二泊も三泊もかかるヴァラナシーまで、彼らが歩いて行けるだろうか?
でも、今日の糧を得る為に、ゴミ箱をあさる彼らの言葉は切実です。「彼らならきっとそうできるだろう」 そう思えます。
ペンチがなくても、気にしない。歯でコードを食いちぎり、エンストしたリクシャーの修理をするドライバー。
シャベルがなくても、大丈夫。石ころだらけの土を素手でひっかいて開墾し、背丈以上の穴を一日で掘ってしまう道路人夫。
灯りがなくても、平っちゃら。私たちが一歩も踏み出すことが出来ない真っ暗闇を、全力で疾走できる驚異の夜行人間・・・物乞い稼業のお父さん。
ろ過装置がなくても、なんとかなるさ。湖から水を取り込み、客室の蛇口から、藻やミミズと一緒に貴重な水を供給するゲストハウスのジェントルマン。
履物がなくても、かまわない。脱いだ本人がそこにいようが名前が書いてあろうが、悪びれることなく他人のゴム草履を履いて立ち去るお兄さん。
字が読めなくても、好奇心旺盛。一字も理解できない日本語の本を、くれくれとせがむ家なきオバサン。
サリーがなくても、困らない。4枚のうち3枚返せば済むことだから・・と洗濯屋のお母さん。
散歩中でも、バイトはできる。頼みもしないのに、流しのリクシャーを捕まえるのを手伝って、20ルピーを請求する通行人。
こんな愛すべきインドの人々を知っているから、「彼らなら何だってやり遂げられる!」と確信します。彼らには、気負いも、戸惑いもありません。きっとヴァラナシーまで歩き抜くことでしょう!