
こんばんわ、猪野です。
2013.10.08
初台WALL
ank spring ~秋~
来てくださった皆さん、対バンの皆さん、
WALLスタッフの皆さん、
どうもありがとうございました!
みんなのおかげでとてもいい日になりました。
あのメンツで、あの場所だったからこそ
できた一日だったと思います。
素敵な寄書きのプレゼントも頂きました。
こんなのもらったの初めてでさ、
嬉しすぎてなんて言葉で表現したらいいのか
わからなかったよ。笑
一生宝物にします。
本当にどうもありがとう。
長くなりそうだけど私がankにいた4年を
振り返ってみたいと思います。
高校2年のときに美紀と、
前のメンバーの中林と私の3人で組んだank。
最初はu.n.k.って名前でした。
もちろん由来はうんこ。笑
なんか、最初に「おっ」て思ったんだよね。
根拠はないけど「この3人ならなんかできそう」って。
実はその時まだ美紀がボーカルじゃなくて、
とりあえずボーカルは後で探そうなんて言ってた。
いつの間にか美紀が歌うようになって。
いつの間にかankのボーカリストとして誇りに思ってた。
ライブハウスに出てみたいって思って
初めて出たのが湘南にある
小さな小さな”藤沢Tops”ってライブハウス。
そこでECCHUのタカシさんに出会って、
世界はどんどん広がってった。
そこから初めてメロコアを知って、
色んなバンドを教えてもらって、
友達もいっぱい増えて。
あのときTopsに出ていなかったら、
タカシさんに出会えていなかったら、
間違えなく今の私たちはいなかったって程
大事な大事な場所でした。
高校生のときは散々揉めて、
あのときも一回辞めそうになったりしてさ
それでもなんとかやっぱり3人でやろうって
卒業式の直前までずっとライブばっかしてた。
それから高校を出て、
一人暮らしが始まって専門に入って、
美紀と一斉に中退して(笑)
その辺りは本当にめまぐるしい毎日だった。
いろんなライブハウスに出始めたり、
新宿ACBの半端ねぇNightに出させてもらったり、
少しずつお客さんも増えて行って、
段々高校生のときとは違うバンドに対しての
責任感とかも芽生えはじめて。
そのくらいの時期に、
気がついたら私はいのあんくだった。
本当は、相当弱い人間だと思うんだ。自分は。
人見知りで、話すのが苦手で、
自分の気持ちを伝えるのも得意じゃなくて
ただ、ステージに立っている私は
そんな弱さのない”いのあんく”になれてる気がして
「ankの猪野として」見られてるんだって
自分はこういう人間だって思い込んだり
隠さなきゃって意識したり
でもなりきれてないどっちつかずな自分もいて
自分で自分の首を絞めてたのかもしれない。
それがたまに苦痛になってたんだよね。
ありのままでいればいいだけのことが、
そのときは全然出来なかった。
そんなときに元ギター、中林の脱退が決まった。
オリジナルメンバーが辞めても、
口ではankを続けてやるって言えたんだ。
でも、やっぱりそう簡単には行かなかった。
美紀と2人で塞ぎ込む毎日で、
スタジオ入っては半分以上煙草吸いながら
バンドと全然関係ない話して。
現実から逃げたかったのもあったし、
バンドをやってない生活だったり
いのあんく じゃなくて 私 でいれることが
居心地よく思ってしまったんだよね。
あーもうギターそのうち見つかるでしょーなんて
甘えていたんだと思う。
最後のライブから一ヶ月くらい経って、
初台WALLに遊びに行った時
ぼーっと受付でスタッフさんと話しながら
「メンバー募集会なんてやったら面白そうですね」
なんて話してたんだ。
その時は本当に思いつきだったけど、
帰りの電車のなかですごくもやもやしたんだ。
ああやっぱりライブがやりたい
バンドがしたい って
そのときに「メン募会をやろう」って決心した。
Twitterで書いたらすごい反響をもらって、
応援してくれる人がいっぱいいたことに
びっくりしたし、すごく嬉しかった。
そしてWALLとたくさんの人が協力してくれて
2月28日に開催したメンバー募集会。
そこでジーコと初めて会った。
その、初めて3人で合わせた初台WALLで
最後は一緒にやりたかった。
WALLってすごいんだよ。
入った瞬間にスタッフの人が総出で
名前叫びながら迎え入れてくれるんだよ。
全然知らない人をいきなり紹介されたりすんの。
服ににおい染み付いてとれないし。笑
あんなハッピーなライブハウス他にないよ。笑
そんな特別なライブハウスで、
ECCHU、The Valentine、Sheff、Hot Apple Pie、
ank合わせてこの5バンドで
最後の日は笑って終わりたいって思ったんだ。
私がankを辞める本当の理由は
ちゃんとけじめを付けるためです。
ほんとうに簡単な言葉で表した結果
HPにあるような説明になってしまって、
誤解させたりどういうこと?ってなった人には
申し訳なく思います。
でも、やっぱりこの話も、今後の話も、
ライブを全部終えてからちゃんと言いたかった。
私はこのままだと中途半端にankを続けるところでした。
この環境の居心地のよさに甘えて、
何も変わらないままだったと思う。
大好きなメンバーで、大好きなバンドだからこそ、
そんな生半可な自分のせいで迷惑をかけたくなかった。
たくさん考えて、悩んだ結果出した答えです
お互いが自分の人生を歩む為にこうなりました。
寂しい気持ちはいっぱいあるけど後悔はしてません。
それに、ankにいた間にもらったものは
私を大きく変えさせてくれたから
今はこの先も怖いものなんてないです。
悲しいことも嬉しいこともあったし、
ライブハウスで隠れて号泣したことも、
お腹がいたくなるくらい笑ったことも
数えきれないくらいありました。
好きなバンドも、人も、歌も、
場所もいっぱいできました。
忘れられない言葉もいっぱい貰えました。
それだけで私の4年間は
一瞬も無駄な時間なんてなかった。
8日のライブではせっかく
みんなの前で話す機会を貰ったのに
言葉足らずですいません。
でもね、本当に生きててよかったって思った。
ankをやってて、ankのドラムでよかった。
あの景色を見てこれたことを誇りに思います。
ジーコには半年っていう短い間だったけど
本当にお世話になりました。
この半年間、練習中でも笑いが絶えなくて、
すごく楽しい思い出をいっぱいもらった。
ankに入ってくれてありがとう。
美紀とは何回もぶつかって、迷惑かけて、
くだらない話して、笑いあって。
多分みき以上に私を知ってる人は他にいない!
私のいいところも、悪いところも教えてくれた、
本当に大事なメンバーで、大事な友達です。
ここでは書ききれないや。
4年間ありがとう。
今後は、ずっと昔から夢だったデザイナーの道が
やっぱり諦めきれないのでこれから勉強して、
絶対に叶えたいと思います。
ずっと誰かに引っ張ってもらわなきゃ
生きて行けなかったわたしだけど、
今が変わるチャンスだから。
ちゃんと自分の足で立って、歩いていきます。
その勇気をくれたのは
ankで出会えたみんなです。
本当に、本当にお世話になりました。
4年間ありがとうございました。
感謝してもしきれません。
いつか「この人知り合いだよ!」って
自慢出来るようなデザイナーになるから、
そんな日を楽しみにしててください。
ありがとうございました、またね。
2013.10.09
いの