グレイス・ジョーンズ(Grace Jones/出生名:Grace Beverly Jones/1948年5月19日~)は、ジャマイカ系アメリカ人の歌手、モデル、俳優。

 

 

 

1948年5月19日、グレイス・ビバリー・ジョーンズはジャマイカのスパニッシュタウンで、聖職者と政治家の両親の間に、7人の子どもの3番目として生まれる。

 

1965年、ジャマイカからニューヨークへ移住し、シラキューズにあるオノンダガ・コミュニティ・カレッジで演劇を専攻した。

18歳の時、モデル・エージェンシーに入り、179cmの長身を生かしファッション・モデルとして活動を始める。

 

1970年代、ニューヨークのクラブ「Studio54」にてアンディ・ウォーホル(Andy Warhol/1928年8月6日-1987年2月22日)と交流を深め、彼の作品のミューズになった。

 

 

1975年、シングル"I Need a Man"でデビュー。米誌『ビルボード』のポップチャート「US Billboard Hot 100」(以下「全米」)で83位、同誌「US Dance Club Songs」(以下「ダンス」)で1位になった。

 

 

1976年、シングル"Sorry"が全米71位・ダンス7位にチャートイン。

 

 

1977年、ジョーンズはアイランドレコードと契約。

9月6日、アルバム『ポートフォリオ』(Portfolio)をリリース。『ビルボード』誌の総合アルバムチャート「Billboard 200」(以下「全米」)109位に入った本アルバムには、ブロードウェイ・ミュージカルの3曲、“Sendin the Clowns”、“What I Did for Love”、“Tomorrow”が含まれていた。アルバムの第2面は、エディット・ピアフの“La Vie en rose”を再解釈した7分間のトラックの後、3つの新しいレコーディングが続き、そのうちの2曲、“Sorry”と“That's the Trouble”はジョーンズが共同執筆したものだった。アルバムはダンス1位とジョーンズの最初のクラブヒットとなった“I Need a Man”で終わった。アルバムのアートワークは、アーティストであるリチャード・バーンスタイン(Richard Bernstein)によってデザインされた。

 

 

 

 

1978年6月7日、2ndアルバム『暗黒の女王』(Fame)をリリース、全米97位。アルバムは、ジャック・プレヴェールによるフランスの古典"Autumn Leaves"を独自に解釈しカヴァー。カナダ版のビニールアルバムには、“All on a Summers Night”に代わる、別のフランス語トラック“Comme unoiseauquis'envole”が含まれていた。多くの場合、この曲はシングル“Door Die”のB面に収録された。北米のクラブシーンで『暗黒の女王』はヒットアルバムとなり、“Door Die”/“Pride”/“Fame”側は米国とカナダのダンスチャートでトップ10に達した。また、ジョーンズのライヴショーは非常に性的で華やかで、「ゲイディスコの女王」と呼ばれるようになった。

 

 

 

 

 

1979年9月4日、アルバム『ミューズ』(Muse)をリリース、全米156位となり、ジョーンズの最後のディスコアルバムとなった。アルバムには、ジョーンズが3年前にリリースした“I'll Find My Way to You”の再録音バージョンが収録されている。曲のプロデュースは作曲家のステルヴィオ・チプリアーニ。アイスランドのキーボーディスト、トール・バルダーソンがアルバムの大部分をアレンジし、“サファー”(Suffer)でジョーンズとのデュエットを歌った。先の2枚のアルバムと同様に、カバーアートはバーンスタインによるもの。『暗黒の女王』同様、『ミューズ』も後にゴールドレギオンによってリリースされた。

 

 

 

1980年1月19日にリリースした先行シングル“Private Life”は、スライ&ロビー (Sly and Robbie)らジャマイカのアーティストが参加したレゲエの楽曲で、全英17位を記録した。

 

5月9日、アルバム『ウォーム・レザーレット』(Warm Leatherette)をリリース、全米132位・全英45位に達した。タイトルトラック“Warm Leatherette”は、ダンス20位に入った。

 

 


1981年5月11日にリリースされたアルバム『ナイトクラビング』(Nightclubbing)は、全米32位・全英35位に入り、『NME』誌の「アルバム・オブ・ザ・イヤー」に選出されている。

 

アルバムからは、“Pull Up To The Bumper”がダンス2位を7週連続で維持、R&Bチャートで最高5位を記録した。また、"I've Seen That Face Before (Libertango)" がベルギー1位・オランダ4位になった他、"Walking in the Rain"がいくつかの国でチャート入りした。

 

 

 

 

1982年11月7日、アルバム『リヴィング・マイ・ライフ』(Living My Life)をリリース、全米86位・全英15位。ここからカットした"Nipple to the Bottle"が、ダンス2位をはじめ、ニュージーランド3位・ベルギー7位になった。

 

 

 

1984年、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の映画『キング・オブ・デストロイヤー/コナンPART2』に出演。


1985年、先行シングル“Slave To The Rhythm”が全英12位・ダンス1位を記録した。

 

10月28日、アルバム『スレイヴ・トゥ・ザ・リズム』(Slave to the Rhythm)をリリース、全米73位・全英12位。本作をはじめアルバムジャケットの多くをジャン=ポール・グードが手掛けている。

 

 

12月3日、コンピレーション・アルバム『Island Life』をリリース、全英4位になった。ここから再リリースされた“Pull Up To The Bumper”は、全英12位を記録。また、"Love Is the Drug"が全英35位、"Private Life" Remixが全英91位になった。

 

 

 

同年公開の映画『007 美しき獲物たち』(A View To A KIll)に出演。

 

 

1986年11月14日、アルバム『インサイド・ストーリー』(Inside Story)をリリース、全米81位・全英61位。ここから、"I'm Not Perfect (But I'm Perfect for You)"が全英56位・ダンス4位になった。

 

 

 

1989年10月13日、アルバム『バレットプルーフ・ハート』(Bulletproof Heart)をリリース。アルバムから、"Love on Top of Love"がダンス1位、"Amado Mio"がダンス11位になった。

 

 

 

1993年、"Sex Drive"がダンス1位を獲得した。

 

 

2000年、"Pull Up to the Bumper" (with Funkstar De Luxe)が全英60位になった。

 


2008年には、マッシヴ・アタックがキュレーターを務めたメルトダウン・フェスティバルに招かれステージに立った。

11月3日、アルバム『Hurricane』をリリース、全英42位。"Williams' Blood"が英国をはじめいくつかの国でチャートインした。

 

 

2015年5月4日、コンピレーション『Disco』 (『Portfolio』,『Fame』, 『Muse』box set)をIsland Universalからリリース、全英99位。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参照)

Wikipedia「グレイス・ジョーンズ」「Grace Jones」