野村 義男(のむら よしお、1964年10月26日 - )は、
日本のギタリスト、音楽プロデューサー、ナレーター、元アイドル、俳優。
東京都中野区出身。
姉の影響で小学校5年時からフォークギターを始める。実家はバイク屋。
1977年、代々木公園のゴーカート乗り場で遊んでいた時に、川崎麻世らを連れて歩いていたジャニー喜多川の目に留まり英語でスカウトされて、12歳でジャニーズ事務所に入所。この時にもらったジャニーの名刺はパッケージして、野村の机の上にずっと飾られているという。
同年、ジャニーズJr.古川清隆らと「ジャニーズ少年団」に参加、テレビ番組『小さなスーパーマン ガンバロン』(1977年4月3日~12月24日)主題歌“ガンバロン'77”(作詞:千家和也/作・編曲:ミッキー吉野/歌:ザ・バーズ, ジャニーズ少年団, ミッキー・スティーブとアサノシ)をリリース。
1979年、15歳の時にTBSテレビのドラマ『3年B組金八先生』に出演して一気にブレイク。以後、田原俊彦、近藤真彦とともに「たのきんトリオ」として活躍する。
1982年、スペシャルドラマ『ボクの音楽武者修行』で若き日の小澤征爾役を演じる。
4月、野村のバックバンドのメンバーオーディションを実施。
1983年6月、アルバム『待たせてSorry』でソロレコードデビュー。
ジャニーは、田原や近藤の様にレコードデビューさせ、たのきんトリオ全員を歌手として大成させたいと考え、野村にも早期からデビューを熱心に説いていた。しかし当時から将来はギタリストに目標を定め、プレイヤー志向が強い野村はアイドル歌手に興味がなかった。それでも食い下がるジャニーに対し、「バンド形式なら」「自分がメインボーカルではなく、ツインボーカル形式なら」等の条件を提示したところいずれも快諾されたため、野村の本格的デビューが決定。
同年、バンド「The Good-Bye」を結成。最初は野村のソロデビュー時のバックバンドとしてオーディションを経て結成。当時の通称は「ヨッちゃんBAND」、その後「野村義男 & The Good-Bye」、デビュー時に「The Good-Bye」に変更された。ラインナップは、野村義男(Vo,G)、曽我泰久(現・曾我泰久/そが やすひさ/1963年1月7日~/Vo,G)、リーダー 加賀八郎(かが はちろう/1958年2月28日~2013年7月2日/B,Vo)、衛藤浩一(えとう こういち/1963年6月8日~/Ds,Vo)。
9月1日、1stシングル“気まぐれ One Way Boy”(作詞:橋本淳/作曲:山本寛太郎/編曲:甲斐正人)でデビュー。TBS『ザ・ベストテン』にて、20位以内にランキングしたため、「今週のスポットライト」に初登場。近藤真彦からは「これが最初で最後の出演」と茶化されてしまった(事実、その後一度もランキングされなかったというエピソードがある)。一方、日本テレビ『ザ・トップテン』では、『涙のティーンエイジ・ブルース』、『YOU惑MAY惑』等の曲がトップテン内にランクインされた他、ラジオ番組などでもランキングされていた。
同年、日本レコード大賞で最優秀新人賞を受賞。
1983年11月8日、2ndシングル“涙のティーンエイジ・ブルース/二人だけのクリスマス”(作詞:橋本淳/作・編曲:The Good-Bye)を発売。
1984年1月21日、1stアルバム『Hello! The Good-Bye』をリリース。
3月8日、3rdシングル“モダンボーイ狂想曲(ラプソディー)/浮気なロンリーガール”(作詞:橋本淳・野村義男/作・編曲:The Good-Bye)を発売。
7月5日、4thシングル“YOU惑-MAY惑/LOVE AGAIN”(作詞:野村義男/作曲:曽我泰久/編曲:The Good-Bye)を発売。味の素 マーガリン「マリーナ」CMソング。
9月5日、2ndアルバム『Good Vibrations』をリリース。
11月1日、5thシングル“にくめないのがニクイのサ/Don't Make Me Blue”(作詞:野村義男/作曲:曽我泰久/編曲:The Good-Bye)を発売。味の素 マーガリン「マリーナ」CMソング。
1985年3月21日、6thシングル“とLOVEるジェネレーション/Gaah×3(ライブ・バージョン)”(作詞:野村義男/作曲:曽我泰久/編曲:The Good-Bye)を発売。
12月12日、少年隊のデビューシングル“仮面舞踏会”のカップリング曲“日本よいとこ摩訶不思議”の作詞・作曲を担当。なお、“仮面舞踏会”のカップリングは本曲の他2曲、全部で3パターンあった。
1986年12月5日、11thシングル“のぞいてFeel Me Touch Me/We All Shine On”(作詞:野村義男/作曲:曽我泰久・P.Wilson/編曲:The Good-bye)を発売、NTT東日本「ハウディ」CMソング。
1987年7月1日、12thシングル“マージービートで抱きしめたい/悲しきRadio Girl”(作詞:野村義男/作曲:曽我泰久・P.Wilson/編曲:The Good-bye)を発売。
10月21日、小泉今日子の24thシングル“キスを止めないで”の作曲及び、カップリング曲“ベルベットボイスな夜”の作詞を担当、オリコン1位。
11月21日、13thシングル“祭り気分でTAKE A CHANCE/ぐっとRex-Tasy”(作詞・曲:野村義男・P.Wilson/編曲:The Good-Bye)を発売、フジテレビ系ドラマ『荒野のテレビマン』主題歌。
1988年12月17日、小泉今日子のカヴァーアルバム『ナツメロ』収録“学園天国”(作詞:阿久悠/作曲:井上忠夫)のアレンジを担当。元C-C-Bの渡辺英樹らとともにバックバンド「三喜屋・野村モーター'S BAND」も務めた。バンド名は小泉が命名。後にテレビドラマ主題歌に決まり、1989年11月1日に小泉の28thシングルとして発売、オリコン3位のヒットとなった。
1989年7月5日、14thシングル“25ans(ヴァンサンカン)/WITHOUT YOU”(作詞:野村義男/作曲:井上ヨシマサ/編曲」野村義男・井上ヨシマサ)を 「YOSHIO NOMURA with The Good-Bye」名義でリリース。
10月26日、15thシングル“WILD LIFE/TRUE LOVE”(作詞・作曲・編曲:The Good-Bye)をリリース。
1990年4月1日、The Good-Byeの活動を休止。
その後、26歳の時にジャニーズ事務所から独立し、系列子会社「ジャニーズ出版」に移籍。ジャニーズ出版退社後は個人事務所である「コンポジラ」を設立した。以降、ギタリストとしての仕事が大半を占めるようになり、作曲・編曲・プロデューサーなども務めるようになった。
1992年、ジョニー吉長のソロツアーに参加。
1995年、TM NETWORKの宇都宮隆(Vo)と、石井恭史(現:石井妥師/B)とで結成したユニット「BOYO-BOZO」にバックギタリストとして参加。ユニットは1年間のみ活動した。
1996年、近藤真彦が“ミッドナイト・シャッフル”を発売した際、バックバンドのメンバーとして同年の夏と冬のコンサートツアー及び、同曲で紅白歌合戦に出場した際にも参加。近藤のコンサートツアーにはその後も不定期ながら参加している。
同年からフジテレビ系音楽バラエティー番組で、KinKi Kidsが司会の『LOVE LOVE あいしてる』内のバンド「LOVE LOVE ALL STARS」に参加。
同年暮れ頃に登場の「アニメタル」、「メタルフォーク」というネーミングを発案・命名したのは野村と音楽プロデューサー久武頼正。なお、同プロジェクトに関る際は「ダンダン野村」名義で活動。
1998年、浜崎あゆみのバックバンドで現在に至る迄ギタリストを務めている。最初はテレビ出演時のみのバックバンドだったが、1999年の「secret live」からコンサートでもバックを担当するようになった。メンバーは、宮崎裕介(Key)、清水俊也(Key)、江口信夫(Ds)、元・BARBEE BOYSのエンリケ(B)、濱田“Peco”美和子(Cho)、山崎"プリンセス”洋子(Cho)。
2000年、「chee's」というグループのバックにも付いた。
同年、「RIDER CHIPS」を結成。仮面ライダーをテーマとした楽曲で活動するのがコンセプトで、ラインナップは、野村義男(G)、寺沢功一(B)、ZIGGYのドラマーの宮脇知史(Ds)、サポートメンバーに渡部チェル(Key)。活動当初はヴォーカルを固定せず、ローリー寺西、寺田恵子、m.c.A・T(富樫明生)、DASEINのRickyらを招聘し、実際に仮面ライダーシリーズの関連楽曲を発表。
2001年3月31日、「LOVE LOVE ALL STARSさよならコンサート」に出演。
同年春、世良公則とのバンド「GUILD9」に参加。世良公則(Vo)を中心に、野村義男(G)、櫻井哲夫(2005年~/B)、神本宗幸(Key)、横瀬卓哉(Ds)等が集まった。
8月18日、RIDER CHIPSの2ndシングル“DEEP BREATH(Featuring ROLLY) / Sitting On The Dynamite(Featuring 橋本仁) / Touch(Featuring ROLLY + 橋本仁)”を発売、『仮面ライダーアギト』3rdエンディングテーマに採用される。
2002年8月7日、RIDER CHIPSの3rdシングル“果てしない炎の中へ(Featuring 寺田恵子)”をリリース、 『仮面ライダー龍騎』2ndエンディングテーマ。
2003年、The Good-Byeの活動を再開し、「再会」と銘打ったライヴを開催。
11月17日、国際フォーラムにて、The Good-Byeデビュー30周年ライヴを実施。その際、野村本人から、「The Good-Byeは、解散しません」という宣言があった。
2004年9月29日、RIDER CHIPSの8thシングル“ELEMENTS(Featuring Ricky) / 熱風Rider(Featuring Ricky)”を発売、『仮面ライダー剣』後期OPテーマ、東映配給映画『劇場版 仮面ライダー剣 MISSING ACE』主題歌。オリコン6位。映画『劇場版 仮面ライダー剣 MISSING ACE』には出演も果たした。
2005年、RIDER CHIPSにDASEINのRickyを正式メンバーに迎えヴォーカルを固定化、5人でライヴを中心に活動している。
7月、宇都宮隆のプロジェクト「U WAVE」の結成に参加。バンド演奏とポエトリーリーディングを融合させたステージで、野村も詞を朗読する。ラインナップは、宇都宮隆(Vo)、土橋安騎夫(Key)、野村義男(G)、日永沙絵子(Cho)、小林香織(Ds)、岡本崇志(B)、エディー(Performance)、森雪之丞(Lyrics [作詞])。
2006年春、世良公則とふたりだけでアコースティック演奏を行うライヴユニット「音屋吉右衛門(おとやきちえもん)」を結成。演奏の合間に爆笑トークがふんだんに盛り込まれるのが特徴。野村自身が歌うシーンも定例的に用意されている。
同年、曾我泰久とアコーステック・ユニット「ON&OFF」を結成。曾我とともにTHE GOOD-BYEの曲のうち作詞作曲が二人の名義になっている曲と曾我のソロ曲のうち作詞を野村が行っている曲を中心にアコーステックで演奏している。
2007年、2008年、The Good-Byeのツアーを実施。
8月、GUILD9名義のアルバム『WE ARE GUILD9』をリリース。世良がツイスト時代のヒット曲を野村らのバックでセルフカヴァーした。
2008年1月、“ヤッターマンの歌”で音屋吉右衛門としてCDデビューするが、作曲者の山本正之が所属事務所のホームページにて公開した(現在は削除)製作スタッフへの苦言の中に「デモテープ」(簡素なアレンジを指したもの)との表記もあり、ヤッターマン視聴者からの批判が集中した。その一方でそういった話題性が追い風となったのか、CD発売に先かげて開始された着うたやiTunes Storeなどの配信系販売ルートでのダウンロード数は3万曲以上を記録し、オリコンシングルCDランキング週間チャートにも第38位に初登場。配信開始1ヶ月、CD発売10日前後の時点で通算5万枚のセールスを記録するスマッシュヒットシングルとなった。
8月、ヤッターマンと同じタツノコプロが制作した伝説的アニメ『マッハGoGoGo』のトリビュートアルバムに、音屋吉右衛門に寺沢功一(B)、高橋ロジャー和久(Ds)を迎えた4人編成で、名義も「音屋吉右衛門'寿」として参加。
2012年11月21日、RIDER CHIPSのシングル“Blessed wind”をリリース、『仮面ライダーウィザード』EDテーマ。
2013年1月15日、爆風スランプのトリビュートアルバム『爆風トリビュートComplete』に「話音(Wa-ON) 」名義で参加(「美人天国」を収録)。「話音(Wa-ON) 」は、野村と力石理江とのユニットで、力石のピアノをバックに野村義男が本を朗読する。野村が唯一ギターを弾かないライヴでもある。
2月27日、RIDER CHIPSのシングル“BEASTBITE”を発売、『仮面ライダーウィザード』EDテーマ。
8月7日、RIDER CHIPSのシングル“The Finale Of The Finale”をリリース、東映配給映画『劇場版 仮面ライダーウィザード in Magic Land』主題歌。
2014年、Sho-ta with Tenpack riverside rock'n roll bandを結成。SHO-TAこと田村直美の前年に行われた25周年ライヴにてサポートを務めた野村、土橋安騎夫、石川俊介、長谷川浩二が、正式にバンドを結成して活動を開始。バンド名は田村の地元・名古屋市の天白川に由来。
2015年9月9日、RIDER CHIPSデビュー15周年記念作品として、仮面ライダー関連の楽曲で構成したカヴァーアルバム『KAMEN RIDER Anniversary Collaboration Project 改造〜Covers〜』をリリース、オリコン43位。
2018年、The Good-Byeデビュー35周年ライヴを催行。
2019年8月21日、30年ぶりにThe Good-Byeのアルバム『Special ThanX』をリリース。
2020年2月29日、24年ぶりのソロアルバム『440 Hz with〈LIFE OF JOY〉』をリリース。制作開始から7年の歳月を経て完成した本作には、宮脇“JOE”知史、寺沢功一、土橋安騎夫、高木ブー、桑田靖子、関口和之、宇都宮隆、かまやつひろし、村上 “ポンタ” 秀一、渡辺香津美、近藤真彦、世良公則、金子マリなど、野村と交流のある新旧のミュージシャンが多数参加した。
(参照)
Wikipedia「野村義男」「THE GOOD-BYE」