うじき つよし(本名:氏木 毅(読み同じ)/愛称:JICK/1957年9月18日~)は、

日本のバンドマン、ギタリスト、俳優、タレント。

 

 

 

東京都世田谷区出身。

世田谷区立祖師谷小学校から世田谷区立船橋中学校を経て、

東京都立大学附属高等学校卒業。

 

1973年、うじきが高校時代に「子供ばんど」結成。

 

1979年、ヤマハ主催「EastWest」に出場、シニア部門グランプリ受賞。個人でも、うじき、谷平がベストギタリスト賞を、山戸がベストドラマー賞を受賞。湯川は助っ人としての参加だった。この年の同コンテストにはアナーキーも出場していた。

 

 

1980年10月21日、キャニオン・レコードから1stアルバム『WE LOVE 子供ばんど』でデビュー。“ロックン・ロール・トゥナイト”や“サマータイム・ブルース”などを収録。これを機に湯川が正式メンバーとなり、デビュー時点でのラインナップは、うじきつよし(Vo,G)、谷平こういち(G)、湯川トーベン(Vo,B)、山戸ゆう(Ds)となった。

 

 

 

11月、1stシングル“お前はトラブル・メイカー”をリリース。

12月、宇崎竜童MCの番組、tvk「ファイティング80」に初登場。その後レギュラーとなる。

 

 

1981年3月5日、シングル“ちゃんばらロックンロール”をリリース、カップリングの“Early Times Junction”とともに、映画『ちゃんばらグラフィティー 斬る!』の主題歌・EDテーマに採用された。

5月5日、2ndアルバム『POWER ROCK GENERATION!!』をリリース。

 

11月21日、3rdアルバム『GIANT (HOP,STEP,JUMP)』をリリース。

 

 

1983年、EPIC・ソニーへ移籍。

5月5日、リック・デリンジャーのプロデュースのもと、4thアルバム『HEART BREAK KIDS』をリリース。

 

11月21日、アメリカでミニアルバム『Yes ! We are KODOMO BAND』発売、5thシングル“JUKE BOX ROCK'N' ROLLER”をリリース。

 

 

1984年、EPIC・ソニー離脱。アメリカのミュージック・シーンにチャレンジしようとするバンドサイドの意向と、レコード会社の方針が異なってしまったため。その後、頻繁に渡米し、レコーディング、クラブ・ギグを行いセルフプロデュースでアルバム『ROCK & ROLL WILL NEVER DIE!!』をニューヨークの「RIGHT TRACK STUDIO」で制作。

5月5日、6thアルバム『ROCK & ROLL WILL NEVER DIE!!』をインディーズレーベル「KIDS POWER」から発売。この日、中野サンプラザホールを皮切りに1年間、日本中のライヴ会場にてメンバー自らがファンに手渡しでアルバムを売った。

 

 

同年、ヤマハより「ヤマハ・SG-1000XU」として、うじきのシグニチャー・モデルギターが制作され、翌1985年5月には限定版として市販された。

 

 

1985年、前年に続き、冬のニューヨークに滞在、アルバム『HUNGRY BOY』を完成させる。

5月5日、7thアルバム『HUNGRY BOY』をKIDS POWERからリリース。

 

 

 

1986年、キャニオン・レコードへ再移籍。

同年より、制作の場を敢えて日本に戻す。

2月2日、アニメ『北斗の拳』劇場公開版の主題歌“Heart of Madness”(作詞・曲:うじきつよし)をリリース。同映画にはEDテーマとして“Purple Eyes”も提供した。

 

5月5日、横須賀の観音崎マリンスタジオで合宿・制作した8thアルバム『120%PURE』発表。

 

8月21日、テレビ版『北斗の拳』第4部(第83話〜第109話)OPテーマ“SILENT SURVIVOR”(作詞・作曲・編曲:うじきつよし)をEDテーマ“DRY YOUR TEARS”(作詞:KATZ&JICK・田中昌之 /作・編曲:うじきつよし)とのカップリングでリリースし、オリコン75位。

 

 

12月、テレビ版『北斗の拳2』主題歌“TOUGH BOY”において、うじきはサウンドプロデュース、編曲にも携わった。

12月28日、モップスのカヴァーをシングル“たどりついたらいつも雨ふり”としてリリース。


 

1987年、プライベート・スタジオを多用するスタイルに挑戦。

7月7日、10thアルバム『Before ZERO』発表。 

 

 

1988年、ブライアン・アダムスのスタッフを起用して、カナダ・バンクーバーにある「LITTLE MOUNTAIN STUDIO」にてアルバムを制作。

8月10日、移籍第一弾として11thアルバム『KODOMO BAND ROCK』をビクター音楽産業(当時)より発売。

 

10月10日、目標だった2000本ライヴ達成。活動休止状態に陥る。


 

1989年公開の日本映画『226』(監督:五社英雄)にて映画初出演、演技未経験ながら、クーデターを起こした将校の一人という重要な役を好演。これ以降、うじきには映画やテレビドラマなど俳優としての仕事が増える。

 

 

バンドの活動休止後は、ギタリストとして吉川晃司のツアーに長期に渡って参加。吉川の兄貴分として吉川初期のツアーには欠かせないギタリストとして活躍した。

 

 

1991年10月22日、クイズ番組『カルトQ』の放送開始、うじきは司会(MC)に抜擢された。これ以降、タレントとしての仕事も増える。

 

 

2007年12月31日、弟分吉川晃司のカウントダウンライヴにギタリストとして参加。なお、このライヴには、うじきの他、ホッピー神山(Key)、後藤次利(B)、村上ポンタ秀一(Ds)をはじめとするカリスマ的ミュージシャンが多数参加した。

 

 

2011年 バンドとしての再始動を宣言。解散とは一度も言っていないので、再結成ではなく「永久凍土解凍」と銘打っている。ラインナップは、デビュー時と同じ、うじきつよし(Vo,G)、谷平こういち(G)、湯川トーベン(Vo,B)、山戸ゆう(Ds)。

宮城県のエコキャンプみちのくで同年4月29日と4月30日に開かれるARABAKI ROCK FEST.に出演予定だったが、大震災の影響で開催延期。そのショーケースとして当初予定していた、ヤマハ銀座スタジオのライヴはそのまま敢行、4月18日を急遽、公開ゲネプロとし、同19日の二日間、再始動のお披露目を両日200名の限定で行う。32年前の1979年、前述「EastWest」出場の原点であるヤマハにこだわり、会場が選ばれた。

8月12・13日、北海道『RISING SUN ROCK FESTIVAL 2011 in EZO』(ライジング・サン・ロック・フェスティバル)に出演。

8月28日、各方面の尽力によって無事開催となった「荒吐ロック・フェス」みちのくステージに初登場。26年ぶりの東北ロック・フェス出演であった。

10月25・26日の二日間、日本武道館で開催された寺岡呼人氏プロデュース「Golden Circle vol.16」に出演。競演したジュンスカ、ユニコーンのリスペクト・アーティストとして、大トリを出演者全員参加の“サマータイム・ブルース”でしめる。

11月11日、ボックスセット『子供ばんど大百科1980-1988』をリリース。

 

 

 

 

2012年2月18・19日、「拾得40周年突入記念ライブ」を神戸「ウインターランド」と、かつてツアーのホームグラウンドであった京都「拾得」で開催。時を超えた再会をファンとともに喜び祝い、感動を共有した。

4月4日、ベストアルバム『ザ・ベスト 〜入門編〜』をOCTAVEから「子供ばんど」名義でリリース。

 

 

 

 

4月29日、二年連続出演となる「荒吐ロック・フェス」みちのくステージが決定。さらに「東日本LIVEサーキット」の第一弾として、福島県・いわき市「club SONIC iwaki」出演も急遽決まった。

 

 

2013年5月5日、四半世紀ぶりとなる12thアルバム『Can Drive 55』をリリース。

 

 

2015年5月5日、13thアルバム『ロックにはまだやれることがあるんじゃないのか』をリリース。

 

10月19日、一般女性と2014年2月4日に結婚をしていたことが明らかになった。うじきは初婚である。

 

 

2021年7月10日、「ライブを絶やすな!関西ライブハウス支援プロジェクト・子供ばんどプレミアムライブ」のテーマのもと、40年越しの恩返しとして、子供ばんど再結成ライヴ&配信を実施。

 

 

 

 

 

 

 

 

(参照)

Wikipedia「うじきつよし」「KODOMO BAND」